その後64(一方その頃セシリアは……)
女子サイドがあんなことになっているとは露しらず、しかしセオドリックたちのロウリュでも事件は起きていた。
「ふう、熱い………」
蜘蛛の巣のような細いレースで出来たドレス型の肌着を一枚羽織り……それについても流れる汗で肌にぴったりと貼りつき、ほとんど裸と変わらない。
むしろ裸よりけしからんことになっているその姿で、セシリアはセオドリックの前面中央に陣取り、現在、けだるげに座っている。
「うふふ、嬉しい。殿下の剣がもうそんなことになっている。殿下はどこもかしこも素晴らしいけれど、そこが何より一番、神々しいほどに雄々しく素晴らしいです!」
セシリアの頬が上気するのは熱さからか喜びからなのか……いずれにせよ、声にはたっぷりと潤んだものが含まれていた。
「最上のお褒めを頂き光栄だよセシリア。だが、言わせてもらえば健全な男で今の君の姿を見て反応しない者はあり得ないだろう。おかげで、私もすっかり薬の効果が吹っ飛んでしまったくらいだ」
それに、セシリアはクスっと色っぽく笑う。
「薬を使って抑えていたのですね? どうりで私のお誘いに殿下が乗らないはずです。あんなに誘惑したのに乗ってこなくて、私とっても傷ついたんですのよ?」
「君のプライドを傷つけたことは悪かったと思う。だが、この行動はいささかやりすぎではないだろうか? ……というか、大丈夫か? ノートン」
「殿下……できれば話しかけないで頂けますと……」
そして哀れにも、この現場に居合わせ巻き込まれたノートンがいま現在前かがみで己と必死に戦い、静かに耐えていた。同じく近衛のその他二名も……。
「だって、殿下の部屋には結界が張って合って入ることが叶わなかったのですもの。あの屋敷の構造は熟知していたのに……」
「私は仮にも王太子なのでな……というか寝室に下手に侵入出来ていたら殺されていたかもしれないから、失敗に終わってよかったよ」
しかし、そこで今まで機嫌がよさそうだったセシリアの顔色が急にガラリと変わった。
「私は入れませんでしたが……その時、壁の向こうから声が聞こえたんです。かなり遅い時間だったのに……殿下はサーシャ様と遊んでらしたのですね?」
「彼女とはやましいことはしていない」
「嘘よ!」
そこで、セシリアは叫んだ。その顔には悔しさとやるせなさと嫉妬が浮かび、今にも泣きだしそうになっている。
「殿下はあの身体に篭絡されたのでしょう!? ええ、認めるわよ彼女の身体は驚くほど美しかった。しかも触れると手が感動するくらい心地よくって、思わず手が離せなくなりそうなほどに……!」
「……はっ? どういうことだ」
「殿下はまだ白を切るのですね? 吸い付くような肌とは言うけれど、彼女のあの肌は麻薬よ! 悪魔よ! あんな肌と、肌を合わせようものなら……考えただけで恐ろしい!」
「そんな触れただけだろう……君は何を言っている?」
「何って、殿下こそ何をおっしゃっているのですか!? だってそうでしょう? この女の中の女と自負する私でさえ、触れた時、一瞬このまま抱いてしまおうかと脳裏をよぎったくらいなんですもの!」
「ほほう……なるほど、なるほど……そうか、そうゆうことか……!」
「……殿下、完全に話を聞く趣旨が本来のものと変わっていますよね?」
こんな時でも主人を諫めることを忘れない。そんなノートンはツッコみの鏡である。
「殿下、私にチャンスをくださいませんか? どうか一晩だけ私をお側においてください。絶対に彼女よりも満足させると誓います!! もう一度その剣で私の悪魔を貫き、天に召してくださいませ……!」
セシリアの目から涙がぽろぽろとこぼれた。
彼女だって貴族令嬢としてのプライドも恥じらいもある。ここにこんな格好で来たのだって本当はかなりの勇気を要した。
だが、それ以上にこのままセオドリックが離れて行くことをセシリアは何よりも恐れていた。
しかもその恐怖はアニエスの裸を目にし、手で触れたことでますます膨れ上がっている。
セシリアは今までその美貌と身体、その快楽のテクニックに関しては並々ならぬ自信があり、心のどこかでセオドリックが今は離れていても必ず自分のもとに帰ってくるはずだと見くびっていた。
けれど、その要となる自信が今はガラガラと音を立てて崩れさろうとしている……。
セオドリックはしばらくセシリアの姿を見つめていた。
非常に扇情的でさめざめと泣く姿さえ、ため息が出るほど美しい。そして体もこんなにも反応している!
なのに、以前のように燃えるように彼女を欲する気持ちは無く、頭は残酷なほど冷静だった。
もちろん身体は反応しているから、トイレが行きたくてしょうがないように、出せるものなら今すぐにでも出したい気持ちもある。……けれどそれには意外にも、いくばくかの余裕があった。
その余裕が、つまりは『ああ、彼女に対して気持ちも未練も今は無いんだな』という冷静な気付きをセオドリック自身にあたえることとなる。
セオドリックはそれに気付き、より気持ちに整理がついたことでそこでようやく口を開いた。
「……これが半年前だったら、私は君の誘いに喜んで応えてしまっていたに違いない。だけど、私が禁欲的な生活をするのにはそれなりの訳があるし、それにその禁を破るつもりは毛頭ない。なぜならこれは私が自分に課した法律だからだ……。王太子の立場ならなおさら法律は守らねばならないだろう。君もそうは思わないか? セシリア」
「そ、そんな……私がこんなにもしているのに……?」
セシリアはそれを聞き絶望してうなだれたが次の瞬間、意を決して立ち上がり、セオドリックに近付こうとした。だが……。
「ノートン」
「御意!」
瞬間的に張られた結界により、壁にぶつかるようにセシリアの進行は阻まれた。
「セシリアの名誉のために、今日あったことは無かったこととして不問に処す。……セシリアどうか帰ってくれ」
「―――――っっうう……!」
セシリアはそのまま、ロウリュの前室に続くドアへと泣きながら走って出ていく。そしてロウリュはこの一騒動の後ですっかりと冷めてしまっていた。
冷気がだいぶ入ったことと、場が白けたことで高ぶったものもすっかり今は大人しい。
「……ロウリュします」
ノートンがさっと水を汲んで、サウナストーンに再び水をちょろちょろとかける。
するとブワッと蒸気がもうもうと立ちだした。
しばしの沈黙がその場を支配する。
「……あとで、セシリアがどんな経路でここまで入ってきたのかを調べておいてくれ」
沈黙が続く気まずい状況で、まずは最初の一言を放つ気遣いがセオドリックの良いところである。
「わかりました。この後の食事がまた気まずそうですが……」
「そうだな。あんなに追い込むつもりはなかったんだが……もしもセシリアが帰ると言ったら近衛を付けて送ってあげてほしい」
「かしこまりました」
セオドリックはため息をついたあと、手をわきわきとさせその手を見つめた。
「……何をしていらっしゃるのですか?」
「いや、女に間違いを起こさせかねない身体とは、一体どんなものかと思って……」
「あの…………ひどい不敬をどうかお許しください。……種馬ですか?」
「うるさいぞ」
「さっきは少し感心しましたのに!」
「いや、一度たかぶってしまった身体はアニエスに治めてもらわないと!!」
「また、逃げられますよ……」
「どうやったら目隠ししてくれると思う?」
「最低!!」
「あ、次の食事をする時にゲームと称して目隠しさせ、何を食べさせられるかわからない状態であーんをするのはどうだろうか? きっと戸惑いながら恐る恐る口をひらき、時に怯えて震え、また、思いのほか美味しいときには頬を染め悦ぶ姿を見れるに違いない。我ながら天才なのか……?!」
「最低。だけど天才……!」
ノートンはセオドリックの本当にどうしようもない才能に震えた。
あの後出ていったセシリアはどうしたかというと……転移陣に乗っていた。
しかも、アニエスが乗った転移陣とは別のものに……。
だが着いた先は、アニエスと同じあの地中の中の古城である『廃ダンジョン』である。
そして、セシリアの姿を認めると全身をフードとマントで覆った小柄の人物が近付いてきた。
「やっぱり、生け贄はあの女にするわ。準備をしてちょうだい」
それを聞いたマントの人物も同意するように頷く。
セシリアのインベリアルトパーズのようなピンクの瞳に怪しい光が差す。
ノートンが危ぶんでいたセシリアの目の狂気の焔が熱く燃え上がろうとしていた。




