その後63【閑話】乳房談義 (※挿し絵あり)
「ねえ、コーラ」
その日アニエスは自室でいつものように裸族になっていた。
白金髪の綺羅星放つ長い髪も下ろし、竜封じのアンクレット以外その身になにも付けていない。
鏡台の大きな三面鏡の前に身体の半分以上を占める長い脚を組み、まじまじと鏡の中の自分を見つめていた。
「うーん、やはり私の仮説は正しいのではないかしら?」
アニエスはその仮説を更に確かなものにすべく自分の胸に手をやり、ぷにぷにと揉んだり、持ち上げたり、つねってみたりする。
白い二つの巨峰は今日も相変わらず色と張りといい、形といい、まさにこの世の絶景、美景。それをアニエスはこれでもかと弄りたおしていた。
「コーラ、やっぱりおっぱいって毎日、顔というか表情が変わる気がするわ! 大きさや固さも毎日変わるし、丸かったりちょっと四角っぽくなったり、それに色も違うのよ。少し赤かったりオレンジがかる日もあればピンクがより薄くなる日もあるし、ベビーピンクっぽくなったり、青ざめたピンクになる時もあるみたい! それにその周辺がぷっくり小さく膨れているときもあるの」
アニエスはそう言ってさらに胸を揉んだ。
「今日は昨日より柔らかいみたい、なんだかふわふわしてる!」
コーラはアニエスが今日着るドレスの準備にバタバタと忙しなくしていたが、アニエスに声をかけられて動きを止めて応える。
「女性には月の巡りもありますし、もともとデリケートですからね。体調やストレスや興奮によっても変わるのかもしれませんわ」
その見解にアニエスは感心して頷いた。
「なるほど! ……というかおっぱいって本当よくよく見ると不思議な形だわ。どうしてこんな形なのかしら?」
アニエスは体を傾けたり、前かがみになったり、後ろに反ったりしてみる。すると先ほどまでまん丸に見えていたものが三角やボールの半分みたいになったり、楕円形につぶれてみせたり、元が餅みたいに柔らかいため様々な形に変化してみせる。
「あはははは! 面白ーい!」
「お嬢様、自分の胸をおもちゃにするものではありませんよ?」
「えー? そんなこと言ったって、この子には困らされることもたくさんあるんだもの。こうやって遊んでたまにはストレス発散させて貰わなきゃやっていられないわよ」
「ストレスですか? いったい何が不満なんですか?」
見たところ、それはファビュラス以外、形容しようがなく。不満に思う点など見当たらない。コーラが不思議に思うのも無理はなかった。
「だって、この子のために以前みたいに気軽に走り回ったりできなくなったのよ? ちょっとスピードを出すと遠心力でちぎれるんじゃないかってほど痛くなるんだもの。あんまり痛すぎて泣きながらエースに助けを求めたくらい……」
それに、コーラはぎょっとした。
「え!? エース様に助けを求めたのですか!?」
「うん、以前にユニコーンを捕まえる際に裸になるのがユニコーンをおびき寄せるのに一番手っ取り早いとわかったものの、ユニコーンは動きが俊敏だし、力もあるから、裸でそのまま走り回るのには限界があると思っていたの。だって動かないように胴着を巻いたり、コルセットをきつめに押し付けるわけにはいかないでしょう? だから、そういう用を十分に足すような、しかも他からは見えない透明なものを作れないかって相談したのよ」
「で、で、どうなったんですか……?」
「それはさすがは天才の我が弟は十分にやってのけてくれたわ! なんとあのスライムを応用して作ってしまったのよ? 本当にエースの多才っぷりには驚いてしまうわ」
「それはまあ大変な才能ですね……複雑でしたでしょうけど。エース様は本当にプロの中のプロでいらっしゃいます……」
「本当にそうよ! 今も運動するときはコルセットの上に身に着けたりするとすっごく快適なのー」
アニエスはそれを思い出すように、鼻歌交じりに上機嫌になる。
「そうなんですね……他には何かありますか?」
「あとは、寝るときの態勢かな? うつ伏せだと胸が圧迫してきて息苦しいし、仰向けでも重力がかかって重いし、かといって横向きばかりで寝ると体を悪くなりそうだし……」
「お嬢様みたいに胸が張って、形がしっかりしていると余計そうかもしれませんね」
「それから先ほど月の巡りの話をしたじゃない? そのお月様が来る直前は胸が張りすぎてコルセットがきつくてとっても苦しいの。時々、収まりきれずにはみ出てくることもあるし……」
「お嬢様それはコルセットのサイズを変えた方がよろしいですよ!」
「えー! いやよ、いやだわ! だってただでさえカップの部分が大きくて可愛くなくてすっごく恥ずかしいんだもん! なんか人間のではなく……牛のみたいで……下着に関していうとA、B、Cカップが一番かわいくてレースやフリルや小花の装飾も映えるから良いわね。すごく可愛らしくて羨ましい」
それに、コーラはやれやれとため息をついた。
「ずいぶん贅沢な悩みですこと。怒られますよ? お嬢様」
「そうかしら……でもそれくらいが本当は一番素敵で魅力的なのではないかしら?」
(師匠の元カノさん達は皆それくらいだったもの。確かにシルエットのバランスがよくて綺麗で女性らしいし……ついつい、思わず守ってあげたくなっちゃうわ)
アニエスは口にこそ出さなかったが、少しため息をつく。
ジオルグに再会して、アニエスは今まで気にもしてこなかったことが最近、やたらと気になりだしていた。
他にも、髪が師匠の元カノさんみたいにブルネットだったらもっと知的で優しげに見えるんじゃないかとか、自分は背が高すぎるんじゃないかとか、そうやって気になると、なんだか恥ずかしくて不安でしょうがない気持ちになる。
思えば王宮宮廷行儀見習いであれほど女性らしさというものを教えてくれていたのに、その本質についてアニエスは近頃ようやく理解しようとしていた。
「それにしても私でさえこんな風に考えるのだから、レティシアお義姉さまなんて本当に大変だと思うわ。お義姉さまの胸は、Kカップでらっしゃるのよ?」
レティシアとはアニエスの実の兄、隣国の皇帝となったクラウディウスの第一夫人であり、実質、王妃のような役割を担っている方だ。つまり、アニエスにとっては兄嫁に当たる人ということになる。
「……それって想像もできないのですが、どれくらいの大きさなのでしょうか?」
「えーと確かKカップは一三・七ポンド(約六・二キログラム)だから、生後間もない赤ちゃん二人分くらい?」
「それは……驚異的な大きさですね……」
「それがね赤ちゃんは骨や筋肉もあるから、基本組織が脂肪である胸の見た目のインパクトはさらに大きいと思う」
「それは、……ちょっと一度見て見たいですね?」
「今度ヴァルハラに行く機会があったら、コーラを連れて行けるように掛け合ってみるわね。レティシアお姉さまは大きなお胸が魅力的だけど、それ以外もそれは最高のお方なのよ!」
(そうね。胸が大きくても、レティシア姉さまみたいに自分の魅力にしている素敵な方はいらっしゃるわ。今度、お姉さまに会ったらこの悩みにも解決の糸口がみつかるかも。だって、姉さまこそ、それについてたくさん悩んで、乗り越えてきたはずなんだもの!)
アニエスはそう考え、悲観的になるのは止めようと自分に言い聞かせた。
「楽しみにしていますね、お嬢様。ではそろそろ着替えてくださいますか」
「ねえコーラその前に、もう一つ聞いてもいい?」
「何でしょうか?」
「男の人って女の人に抱き着かれるとどんな気持ちなのかな? ほら、こちら側からすると、男の人は胸の筋肉が発達していることもあるし、お腹が出ていることもあるけど、基本はフラットでしょう? 何か違うのかな?」
「そりゃあ、気持ちがいいんじゃないですか? 柔らかいものは触れると気持ちいいでしょう?」
「うーん、そうなのかなあ……? ねえコーラ、ちょっとクッションを投げて!」
そういわれたコーラは手前の長椅子にある大量のクッションの一つを取り、アニエスに言われた通りポーイと投げる。アニエスはそれをしっかりキャッチするとぎゅっと抱きしめてみる。
「んー? んー、んーんー。……よくわからないな……」
「まあ、お嬢様には最初からクッションがついていますからね?」
「んー、そうね。わからないから今度、師匠に抱き着いて聞いてみることにするわ!」
気持ちがいいかは自分ではわからないが、相手が気持ちがよければいいなとアニエスは思った。
だって気持ちのいいことをあえて嫌う人間なんているだろうか?
ほんの少しでも相手にとって自分という存在が心地よいものでありたい。
アニエスはそう思い前向きになると、椅子の上に脚を上げて胡坐をかき、頬杖をついてにっと子供みたいに笑うのだった。
中和するためのロリアニエス
※ファビュラスの意味は「信じられないほど」素晴らしいです。“fabulus”「伝説上の、寓話のような」という意味がもとになっています。
※レティシア姉さまの胸を触って「胸が大きくなりますように」と願うと胸が大きくなるというジンクスがあります。これのおかげか、アニエスとタニアは見事二人とも大きく育つことになりました。




