その後61(ロウリュ満喫と怪しい入口)
「ふう、熱くって気持ちいいわね」
「本当ですね! 汗が止まりませんが、悪いものが出ているって気がします!」
「そうなのよね。まさにこれこそデトックスだわ」
アニエスとロドリスは並んで座り、いよいよ本格的にロウリュを堪能していた。八十度から百度の室内は普段体験することのない暑さだが、体中の毛穴という毛穴が解放されダバダバと惜しげもなく汗が噴き出す。
「……というか、貴方、毛穴なんてあったのね?」
ロドリスはアニエスを見て、汗を流している姿に思わずそう言った。……そう言いいはしたものの水滴が出て流れているからそう思うのであって、それが出てくる穴は少なくともロドリスの肉眼では確認できない。これはいったいどういう仕組みなんだろうか?
「当り前じゃないですか? 人間なんだから」
「貴方……人間だったの?」
「疑いそこからですか!?」
アニエスはプリプリしながら、外に行くドアへと向かった。
「もういいです! 熱くなったのでいったん外に出てきます!」
このロウリュ。外に出ると他から見えないように木で出来た高い塀に囲われており、ドアの目と鼻の先には小さな湖がある。
まあ湖と言っても半分プールのようなもので降りるためのハシゴも設置してあり、意外にも深さもそんなには無い。
もともとロウリュの冷水浴用の湖なので、事故などが起きないようにという配慮からだ。
その湖までは丸太を切って平らな部分を表に並べた通路があり、それを渡って湖へと渡る。
通路からわきには真新しい雪が積もっているのに、通路が乾いているところを見ると、どうやら王太子一行が来る前にちゃんと雪をどけて整備しておいてくれたみたいだ。おかげで足が汚れたり、余分に冷えたりせずに済んでありがたい。
アニエスはそそくさと通路を行くと、体がゆだっている内に冷たい湖にえいっと入って行った。
「うううああああああっ!」
思わず変な声が出るが、何だろう。なぜか全身が解放されたような脱力感が気持ちいい。これがいわゆる『ととのう』というやつだろうか?
しばらくすると、ちょっと寒くなってきたのでアニエスは急いで湖から這い出て、またロウリュの室内に戻っていく。
「うわ、今度はまた熱い!」
当然わかっていることなのだが、迎える熱すぎる空気に思わずそう言ってしまった。アニエスは、またそそくさとロドリスの隣りに座った。
見るとロドリスも体中、真っ赤になっている。
「ロドリスさんはまだ行かないのですか?」
「うーんじゃあ、次行くとき一緒に行く?」
「はい! 是非」
そう言いアニエスは、またしばらくすると顔を真っ赤にし汗も滝のように流し出した。
「お嬢様、ロドリス様、どうぞレモン水です」
裸であってもコーラは相変わらず献身的だ。彼女も頬もおでこも鼻の頭も真っ赤になり、肩や背中も真っピンクである。
「ありがとう、コーラもしっかりと飲んでね? そうそう、このあと湖に行くのだけどコーラも一緒に行きましょうよ。セシリア様も一緒にって……あれ? セシリア様はどこに行ったの?」
「先ほどまで、そちらで休まれて、ソーダを飲んでいらっしゃいましたが……」
「お花でも摘みに行ったんじゃない? すぐ戻ってくるわよ」
ロドリスは気にしていなかったが、アニエスはふと何か引っかかる気がした。
「あーーー! もうさすがに無理! もう行きましょう」
そのロドリスの言葉を合図に三人は外の湖へと急ぐ。
じゃぶんと冷たい湖に入ると最初はキーンと冷たさが体を駆け巡るが、次第に全身から力が抜け、極楽リラックスモードへと体が切り替わる。
「はあ、気持ちいい!」
「生き返る!」
「これぞ正に究極の癒しですね?」
それぞれ体が『ととのう』のを満喫し、ざばっと出てもう一度熱を入れる。
そんなこんなで、これを七回も繰り返し、三人が三人とも今むかれたばかりのゆで卵のようにお肌がプリプリのつやつやに生まれ変わってしまった。
「そろそろ隣で休みましょうか?」
「「賛成です」」
三人はそのまま隣の休憩スペースに移動し、バスローブも着ないで並べられた木と布で出来たビーチチェアのようなベッドにバスタオルをひろげ、バスローブやタオルを枕に横になる。
この休憩スペースには暖炉があり、部屋は一定の温かさに保たれていて、香を焚いたような良い香りがした。思わずうとうとと本当に眠ってしまいそうだ。
(あ、そうだ、セシリアさんがまだ戻っていません……)
アニエスはがばっと起き、周りを見渡した。
ロドリスとコーラはすでに軽い寝息を立てている。
アニエスは、そっと立ち上がり、自分たちの着替えを置いた場所へと行ってみた。だが、そこにはしっかりセシリアの着替えが置いてあった。
(ということはやはりお手洗いなのでしょうか? おなか痛いのかな?)
アニエスがその辺りをうろうろしていると、何だか飾り戸棚のような家具が微妙に動いた形跡があった。
(なんだろ、これ?)
その家具を動かすのにアニエスが力を入れると、どうやらもともと力を入れずとも動くものだったのか勢いよくズルリと滑った。
そこには隠し階段があり、その下にはゆらゆらと円形に揺れる転移陣が浮かんでいる。
アニエスは驚いて好奇心のまま降りようとしたが、いやいや待て待てと自分を制止し、いったん戻ると服に着替え、荷物を持ち、念のため飲み物と休憩スペースに置いてある焼き菓子をいくつかハンカチに包み、コートのポケットに滑らせた。
(あ、メモも残しとかないと)
アニエスは自分の手帳の一ページをビッと破き半分にして、万年筆でメッセージを書くと、そのメモをコーラとロドリスの手にそれぞれ握らせる。
(さてさて、この先はどこに繋がっているのかな?)
アニエスはその顔にワクワクと顔を火照らせ、好奇心で目をらんらんと輝かせた。
そうして、先ほどの入り口の上に立つと、階段をほとんど使わず飛び込むように転移陣の中へと自ら吸い込まれたのだった。




