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その後60(女性美と白き鹿)


「わあ! やっぱりいいわねここ」


 一糸(まと)わぬ柔らかな姿で、ロドリスは上機嫌にそう言う。


 いつもは下ろしている紫がかったピンクの髪を汗で濡れないように三つ編みを巻いて上で留め、いつもは見えない、うなじがなんとも色っぽい。


 肉感的な女性らしい愛らしさを秘めたムチムチとした体で、手首足首ウエストなどはよく締まっていてメリハリがあり、胸もツンと上がっていて殿方が実は一番喜びそうな体つきだ。



「久々に来たけど、以前より綺麗になったのではないかしら?」


 お次に入ってきたのは、水色っぽい銀髪に美しきピンクの瞳。上品であどけなさもあるが、まなざしはやたらと(なま)めかしい超美少女のセシリアだ。


 彼女は全体的に体は華奢で、白い腕は今にも折れそう。

 肌のきめが細かく彼女の肌に浮かぶ汗はすぐに球になってコロコロと転がり落ちてしまう。

 猫のようなしなやかな体つきは女性が目指す理想そのもの。

 特にその胸は大きく丸く柔らかく……。男性が一番吸い付きたくなる形をしている。

 実際吸い付けば、彼女の可愛いコマドリのような声が聴けることは、彼女の淫靡(いんび)な性格から考えて想像に(かた)くないだろう。



「皆さん、冷たいお飲み物も準備いたしましたので、どうぞご用向きがあればお声をおかけください」


 三人目はコーラだ。

 二十六歳でこのメンバーでは最年長だが、だがまさにこの年齢は脂ののった女盛りともいえた。

 アニエスに仕えるだけあり背がすらりと高く、清潔感と色っぽさが見事に調和している。

 体格はまさに中肉中背で、肉が付きすぎることもギスギスと痩せすぎることもない、まさに万人受けするベスト基準。


 胸もお尻も大きすぎず小さすぎず、胸はちょうど男性の手のひらにすっぽりきれいに収まるサイズ。いわゆるおわん型の胸だ。


 また、人に仕える人間として普段わき役に徹しているが、いやいや、どうして! いつでも主人公として舞台の中央に立てるほどの美貌を有する。


 特にその榛色(はしばみいろ)のグリーンとブラウンの中間の色合いのミステリアスなまなざしはジッと見つめられると、うっかり心臓を撃ち抜かれてしまう。



「わあ、中はこんな風になっているのですね? 面白い!」


 最後に真打(しんうち)の登場。アニエスだ。

 

「………………」

「………………」


 アニエスが入ってきた途端、ロウリュのサウナの室内は静まり返った。

 そのことに最初アニエスは気付かず、室内のあちらこちらを感激して見ていたが、誰も何も言わないことに不審に思い振り返った。


「皆さんどうかされましたか? 何か不具合でも……」


 シンと静まり返っていた理由はただ一つ。

 アニエスの姿に心奪われ、見惚(みと)れていたのだ。


 それは例えるなら、人に知られることのなかった原初の森で出会った真っ白な雌鹿(めじか)


 人が手を入れず、人が汚すことの(かな)わない無垢なる存在。

 その白さはまるで内側に煌々(こうこう)と輝く満月を閉じ込めているようだ。


 人間の小手先の芸当など到底及ばない、その美しさにセシリアとロドリスの二人は絶句したのである。


「な、なんなのよ……それ」


 ロドリスがようやく振り絞るような声を出した。


「え、この上腕(じょうわん)二頭筋のことですか?」


「いや、誰も筋肉のことは言っていないわよ! でも、おかげで正気に戻ったわ。どうもありがとう」


「はあ、違うんですか。残念」


「…………」


「セシリア様、大丈夫ですか? 先ほどから黙っていますが」


 すると、セシリアは何を思ったか、いきなりアニエスに向かって手を伸ばし、なんとその胸をわし掴みした。

 アニエスとロドリスはいきなりのことにぎょっとしたが、それ以上にセシリアが驚愕に固まった。


「………!? え、なんですって!?」


 この触り心地にセシリアは驚愕する。すべすべとかツヤツヤとかそんな次元を軽く凌駕する。

 それはまるで井戸しか知らない純粋な少年が、生まれて初めて海を見た時のような……ボロしか知らない物乞いが初めてチンチラの毛皮に触れたような……灼熱の中、長い距離の移動を終えてやっと口にしたキーンと冷えたソーダのような……あまりに新鮮な喜びと感動を(あた)えるものだった。


 そう、触れたこの手が喜びに叫び震えているのだ。

 そして触れた瞬間、二度と離したくはないという過剰な執着が沸き上がってくる。


「お、恐ろしいわ! この子!!」


 セシリアは恐怖におののき、無理やり手を離して後ずさりした。


「え……、何なんです?」


 だが、そんなことをされたアニエスは理不尽極まりない状況と言い分に、呆然とする。

 けれど、そんな二人の様子を離れた場所でじっと観察していた者がここで声を上げた。


「ふふふふふふふふっ……我がお嬢さまの正体に気付いてしまいましたね。お嬢さん方?」


 我らが大好きコーラ姉さんである!

 

「え、どういうことですの……?」


 セシリアがそんなコーラの言葉に反応した。


「何にもしてなくてもお嬢様の身体は、超天才なのです。その見た目の美しさはいわずもがな、薫り、毛が生えない肌とそのキメと手触り、鈴を鳴らしたような心地よい声、しなやかな動きの柔軟性と俊敏さ、全体のバランス。とにかく骨。いずれのレベルももとより奇跡のカンストレベル!」


「まあ、ずいぶんとご自分の主人を高く買いますこと……」


 それに嘲笑まじりにセシリアが合いの手を打つ。


「そうおっしゃるセシリア様もお嬢様の裸に、あんなにも感動していたではありませんか?」


「くっ…………! そ、それはただ……!」


「ですが、人というのは愚かなもの……持っているものが優れていればいるほどそれに甘え、奢り、当たり前と努力を怠ります……そしていつか失うのです……しかーし、我がお嬢様はそれに甘えることなく並々ならぬ努力をここまで積み上げて参りました! スキンケア一つとってもそう、食事にしてもそう、礼儀作法や所作においては言わずもがな王宮で軍隊並みの地獄の訓練を受け、運動に関しての意識はもはや世界大会強化選手。その努力を涙なしには語れません!」


「コーラ止まって! お願いだから、もう止めてちょうだい……」


 暴走するコーラをアニエスは止めようとする。……だがそんなことで止まるコーラではない!(※それは従者としてどうなのだろうか?)


「その努力。人類最大級と言えましょう! そしてその才能レベル九十九に努力レベル九十九が加わったことで、それは人類未到達の領域まで達したのです! そんな奇跡の到達点を見て人は感動せずにおられるでしょうか? いや感動せずにおれるわけがないでしょう!?」


 そこまで語りきったコーラは、言い切ったことに満足げに空を仰ぎ、熱い弁を奮ったことで肩はせわしなく上下していた。

 しかし政治弁論にも負けない、熱きアニエス弁論をいきなり見せられた者たちは、呆然と立ち尽くすほかない。



 因みに全員ここまで勿論すっ裸である。


「……すごい、熱の入りようね?」


「忠誠心からコーラが暴走しているだけです。……どうか本当にお気になさらないでください! どうか!」


 アニエスは羞恥で顔を真っ赤にし、両手でその顔を覆った。


「えーじゃあ因みに今日は運動とかはしたの?」


 ロドリスは何気なく聞いてみる。しかしその答えは……。


「へっ? 今日ですか? 特には何にも……えーと腹筋と背筋五百回、ヒップアップ、二の腕、胸筋の筋トレをそれぞれ二百回。ダンスの基礎動作レッスンにバランスレッスン、ストレッチとリンパくらいしかしていませんね? 本当はちゃんとしたいんですけど、旅先ではなかなか難しいんですよね!」


「……………」


 天才とは苦労を苦労と、努力を努力と思わず、それをただただ楽しんでいるだけの変態である(詠み人知らず)



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