その後58(セシリアへの負い目と語るアニエス)
「まあ、そうですのね? うふふふ」
いま現在、セオドリックたち一行はロウリュ(※サウナ)に向かっている。
その道中にて、注目の的はなんとセシリアだった。
セシリアの周りを数人の胸板が厚く逞しく凛々しい男性諸氏が取り囲み、超美少女セシリアの話をニコニコと聞いて、ほほを染めている。
まるで、姫とその周囲に侍られた騎士のようだ。で、この彼らの正体はいったい何なのか?
答え:セオドリックの親衛隊近衛兵
そう、セシリアはセオドリックの近衛兵が操作するトナカイの前に据えられる形で二人乗りでの移動、その周囲をトナカイに乗った同じく四人の近衛兵が囲んで護衛されているのだ。
王族でもないセシリアが近衛兵にこんな風に守られているのは実に不思議だが、それもこれも全てセオドリックの指示である。というのも……。
「殿下が私が以前、襲撃された件をこんなにも気に病んでられただなんて……皆さんも本当は殿下をお守りする方たちなのに、ご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「近衛兵は他にも沢山いるし、それ以外にも影で護衛にあたっている者たちもいる。セシリアは気にせず皆に守ってもらえばいい」
「はーい! 殿下はやっぱり私に特別お優しいですね!」
そう数年前セシリアが襲撃された件。それがあってセオドリックはいまいち今もセシリアに強く出られないのだ。
なぜなら……。
「まさか、セシリアさんがあのセオドリック様ファンクラブ(※A過激派)に襲われたことが実際にあるだなんて驚きました」
そう、あの立件証拠不十分のため、いまだ逮捕には至っていないが、過去にセオドリックと親密だったご令嬢やお嬢さんの何人かが彼らに消されたという黒い噂がチラホラと漂い、一部テロリスト扱いされているあの団体だ。
「というか、襲った時点でなぜ捕まえられないのですか?」
アニエスとトナカイの引くソリに同乗するコーラが純粋な疑問を口にする。それにアニエスがかわりに答えた。
「もちろん現行犯に使われた人は逮捕されたはずよ?……けどA過激派って実は全支部合わせると数万人~数十万人規模の会員を誇る巨大な団体で一部例外を除いて、そのほとんどはセオドリック様ガチ恋勢なだけのちょっとマナーが悪いかも? くらいの無害な人たちなの。それは逆にして言えば、そのほとんどの人達は王家に真正直な忠誠を誓っている市民とも言えるわ。だから、証拠も十分に立証していない状態で自分たちの支持する強固な団体を敵に回すことに、反対や難色を示す意見が王宮にも多いのよ」
「が、ガチ恋勢がそんなにも……? それでも、よく皆さん犯罪まがいのことをしている団体の会員になろうとしますね? 殿下のファンクラブは他にも沢山ございますのに……」
「年会費を払って会員になるともらえる会員特典がものすごく充実しているんですって。お誕生日に殿下の名前を使ってバラの花束が贈られてきたり、定期的に殿下速報の冊子や殿下の特別グラビアの写真セット。殿下の着けている香水や愛用品などの通販カタログ。最新特別グッズだと殿下の声で『おはよう』から『おやすみ』さらに甘い囁きをランダムで記録された特製魔法人形が数量限定販売で、発売当日に即完売したみたいよ」
「……あの、なんでお嬢様はそんなにも詳しいのですか?」
「タニア様が定期的に教えてくれるの。タニア様はさすがに正会員ではないけど妹姫だから特別に小冊子の一部とかが送られてくるんですって」
「もうがっつり中央の中央に食い込んできているではありませんか!」
「でも、それはタニア様があちらに食い込んで見張っているともいえるし……あと、タニア様もなんだかんだお兄様っ子だから殿下が好かれている様子が嬉しいのよ。他のファンクラブとも色々と懇意にしているみたいだし。……あ、そんなことより話の途中だったわ。話を戻しますが、セシリア様は怪我とかはされていないのですか?」
それにセシリアは頬に手を当てて小首をかしげた。
「襲われてから一週間ほど意識が戻らなかったのですが、私も当時のことはよく覚えていませんの……襲われた時の状況も思い出そうとしてもあいまいで……目撃者がいたから、なんとか特定できたくらいで」
「それは災難でしたね」
「でも、仕方ないですわ。当時、私は特別殿下と親しくしていただいて溺愛に近い状況だったんですもの。敵を作ったとしておかしくないでしょう?」
「……まーた、下らないマウントをかけているの?」
そこで、ソリに布団や毛布を敷いて横になっていたロドリスがむくりと起き上がった。
「ロドリスさん、まだ横になっていた方がいいのでは?」
ロドリスはトナカイで空を飛んだあの後、過剰な興奮状態から冷めると一気に貧血のようになってしまいその場に立てなくなった。
そのため、アニエスとコーラが付き添う形でトナカイのソリに乗せられ、今までこうして看病されながら横になって寝ていたのだ。
「大丈夫よ。血圧が一気に上がったり下がったりしたからさっきは立てなくなったけど、休んでもうすっかり調子がいいわ」
「どうかサウナも無理はしないで大丈夫ですからね?」
「それは出来ない相談ね。私、結構それは楽しみにしているから!」
意外なことにロドリスは無類のサウナ好きらしい。
「マウントなんかかけていないわ。事実を言っただけよ? じゃあサーシャ(※アニエス)さんは彼らに襲われたことはあるのかしら?」
セシリアは澄まして何が悪いのかわからないという感じで言った。
「さすがにそこまでは……」
「ほらね?」
セシリアが形の良い唇を得意そうに結んで端を上げる。
「毎日、脅迫状と脅迫文とそれと、たまに釘の刺さった人形が送られてくるくらいで……あ、でも人形は釘を抜いて、我が家の犬にぽーいって投げてあげるとわーって大喜びで遊ぶので、定期的に犬のおもちゃが出来てすごく助かっています。うちのワンコ達は元気すぎてすーぐ、おもちゃを壊しちゃうので」
「……いや、おもちゃって、あと毎日って?」
「ええ、脅迫文も毎日書いてくるだけあって、文章が目に見えて成長しているんですよ? まるで家庭教師が日々成長する生徒を見守る気分というか『昔は誤字脱字も多かったのに、今はこんな洒落た文句に歴史的引用までこなせるようになったのですね……』とジーンときたり、だからたまにお返事も書いたりするのですよ?」
「脅迫状に丁寧にお返事書いている場合じゃないでしょう……」
ロドリスが呆れて言った。
「ですがロドリスさん! 激しく怒っている人というのは、まずは怒りを受け止めてほしいと感じているものなので、ふんふん、と親身に聞いていると相手は次第にクールダウンしてきちんと話せるようになるものなんですよ? その際は相手の気持ちに大げさなくらい同意をして、相手以上に相手がされたことに怒ってみせるのが私的な一押しポイントでございます!」
「貴方たぶん接客業むいてるわね……」
「サーシャそれ以上、口を開くな。阿呆がばれる」
非常識を垂れ流すアニエスに、さすがのこの一行のリーダーのセオドリックがトナカイを制止しソリがこちらまで来るのを待って苦言を呈した。
「え、私そんなにおかしなことを、言っていましたでしょうか?」
「そうだな、まず呪いの人形を犬のおもちゃにすることに何か疑問を覚えることから始めようか?」
「政敵から送られてきた人間の頭蓋骨を犬にボールがわりに投げてキャッキャと遊んでいる我が父よりはまともだと思ったのに……」
「閣下はいったい何をしておいでなんだ?」
因みにアニエスは外見は母に、内面は父に似ているというのが身内からの定評である。
「殿下! そろそろロウリュの丸太小屋が見えて参りました」
その時ちょうど良く、ノートンがそう声を上げた。
「ああ、やっと着いたか。とりあえず小屋の前の広場にいったん全員集まるように」
こうして一行はようやく本日の一大目的地に到着したのであった。
※ロナ家に呪詛のかかったものを送りつけても、ロナ家の敷地に入った瞬間、強力な呪詛返しか無効化に遭うようにになっています。




