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その後57(空飛ぶトナカイとオオカミの糞)

 

 アニエスはロドリスと自分自身も慣らすため、トナカイの背中に乗って、セオドリックたちの周辺をぐるぐるとゆっくり歩く速度で周ることにする。


 ロドリスは始め緊張してカチンコチンに固まっていたが、慣れてくると徐々に肩の力が抜け、周囲を見る余裕も出てきた。


「本当に……高いわね」


「ロドリスさんは高いところは平気なのですか?」


「私、木登り得意なのよ。煙となんとかは高いところが好きって言うでしょう?」


「なんとかって……ロドリスさんは賢いではありませんか?」


 そう言われ、ロドリスはふっと笑った。


「いいえ、馬鹿よ。錬金術師なんてやる奴はみんな馬鹿。ギャンブルで成功者になれると思っているのと一緒」


「そうなんですか? 私のよく知る錬金術師は、ただ成功を目指しているようにはとても見えませんが……?」


「それがギャンブル狂いよりさらに厄介なのよ。ただ利益を求めているのではなく、その上にご大層な理想が乗ってるから余計に始末に負えないの。そのせいで、実際、損がいくら出ようと『じゃあもっといい話やモノに乗り換えよう』って簡単には出来なくなるから。だから錬金術師の男って『飲む・打つ・買う』男よりもよっぽど人気が無いのよねえ……」


 『飲む』は大酒を飲むこと、『打つ』は博打を打つ……つまりはギャンブルをすること、『買う』は女を買って遊ぶことを指す。

 実際、こんなことにのめりこむ男性を女性は心からお断りだと思うものだ。

 しかし、錬金術師はさらにそんな男たちより女性の人気が無いと、このロドリスは言うのである。


「ああー……。なるほど確かに、錬金術師だというと逃げ出す女性が多いみたいですね」


 それに、実際の錬金術師の状況をよく知るアニエスも同意した。


「お金になるならまだしも、ほぼ一生大赤字しか招かない男の夢なんて、とても付き合ってられないわよ! おまけに本人たちはそれを悪いことどころか、神に近付くために生涯をささげる神聖なことだとさえ考えている節があるし」


「でも錬金術師は少年みたいに目が綺麗で、やりすぎなくらい紳士で、女性にすごく優しい方が多いでしょう? あと、なぜかやたらに鍛えて筋肉質な方も多いですし……」


「あらあ、何? ずいぶん肩を持つのね。もしかして惚れた殿方でもいるのかしら?」


 ロドリスは冗談のつもりでカラカラと笑いながら言った。ところが……。


「えぇ……と……そんな、ただ私は……」


 しかし、アニエスはその問いに急に口ごもった。


「…………え? もしかしてマジなの!?」


 ロドリスの目が好奇心でぎらりと光る。


「……えーと今のこの速度は常足(なみあし)ですが、そろそろ大股で歩く速足(はやあし)にしましょうか?」


 これは暗にそれ以上その話はしたくない。話題を変えろ! という意味だったのだが、どうやらロドリスにはまるで伝わっていないようである。


「え、ねえねえ何々? そのあたりもっと詳しく話してよ!」


「あ、平気そうですね。やっぱり駈足(かけあし)にしますか? 口を閉じてください」


 アニエスはさらに脅……圧をかける。


「やだあ……何を照れてるの? って、何!? このスピード!?」


 先ほどの常足(なみあし)とは比べようのない上下左右に揺すられ、腰がばんばん飛び跳ねる猛スピードに、ロドリスは舌を噛まないように歯を食いしばり、話すどころではなくなってしまった。


「ずいぶんスピードを出しますね」


「ちょっと速すぎないか? 大丈夫なのかアレ……」


 はたから見守っていたノートンとセオドリックがのんきにそんな話をする。

 だが、もちろん大丈夫なわけがない。

 もともと騎乗に慣れていないロドリスの顔がだんだんと青くなってきた。


「気持ぢわる……」


「! わあっ、すみませんすみません! やり過ぎてしまいました! ちょっと待ってください今スピードを下げ……」


 ところが、意外なことにこれが予想外の功を奏した。


 アニエスの促す駈足(かけあし)に走るのが大好きなこのトナカイは気分を良くし、そのまま前足を振り上げると、急に今度は空中を前へ前へと蹴りだしたのである。



 つまりこの大トナカイが空へと走り出したのだ。



 空を走り出すと、今までの地面より跳ね返ってくる強い抵抗と衝撃から一気に解放され、乗り心地が急激に良くなった。


 不思議な浮遊感が体を包み、感じたこともないその感覚に心もとないと同時に奇妙な興奮が体を駆け巡る。


「え、え、え!? きゃあああああああああ!?」


「ロドリスさん落ち着いて! いま大声を出すのは命取りですよ? とりあえずこのトナカイに身を任せましょう」


「だ、だってどこか変なところに着地でもしたら……!」


 乗り心地はよくなったが、地面が遠のくたび不安がべったりと背中に付いて来る。着地うんぬんの前に落ちれば一巻の終わりだ。

 アニエスはそんなロドリスの不安を取り払おうと優しく語りかける。


「何も心配はありませんよロドリスさん。私がしっかりとロドリスさんを支えていますし、昨日、机上登山(きじょうとざん)をしているので、この山の読図(どくず)の予習はすでにできていて、その時の地図とコンパスを今も持っています。さすがにこのトラブルは想定外ですが、オオカミの糞を乾燥させたものと着火剤とマッチもあるので、どうしようもないときはトナカイが降りた先で狼煙(のろし)を上げて救援を待ちましょう」


「いや、用意周到ね!? 行楽の準備の仕方じゃないんだけど……というかオオカミの糞を持ち歩かないでよ!」


「オオカミの糞が入ると煙が真っすぐ上がるそうですよ? 眉唾かもしれないけど……」


「しかも確証も無いのに持ち歩いてるの!?」


「あと、さすがに爆発があれば周囲に気付いてもらえると思うので……ああ、でも雪崩とかが心配ですね?」


「他にいったい何を持ってきているのよ!?」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合う中、トナカイは悠々と空中散歩を楽しんでいる。

 シャンシャンシャンシャンと鈴を鳴らしながら、螺旋状にぐるぐる上昇したかと思ったら、今度はスキーで滑るみたいに優雅に降りていき、またUの字型に急上昇で上っていく。

 この時ばかりは、二人は振り落とされないようにトナカイに必死にしがみつくしかなかった。


「い、一体この先どうなってしまうの?」


 その時だ。


 地上からピーーーーーーーーッ。ピーーーーーーーーーーーッ という不思議な笛の音が鳴り響いてくる。

 それを聞いたトナカイの耳がピーンと立ち。今まで自由にしていたのが急に軌道修正し、もと居た場所に向かって飛び始めた。


 そのスピードは聞いていた最高速度の何倍もの速さで、ロドリスは本日、何回目かの死を覚悟することになる。


 しかしその速度も地上付近ではだいぶ落ち着きだし、地面に降りた時は拍子抜けするほど柔らかな着地となった。


 ロドリスはへろへろになりながらトナカイ引きのおじさんに手伝ってもらい地上に降りると地面にそのままへたり込んだ。

 一方アニエスは少し頬を上気させながらも、鞍からスチャッと華麗なる地面への着地をみせる。


「いやあ! 運がよかったですね。トナカイが最初から飛んでくれるなんて!」


 そう言いながら、トナカイ引きのおじさんがポケットからおやつを出しトナカイにあげている。それにトナカイは嬉しそうにもしゃもしゃとおやつを頬張っていた。

 どうやら先ほどの笛はこのおじさんが吹いてくれたもので、あの笛はおやつをあげる際に吹いているものらしい。


「はあ! 楽しかったですねロドリスさん!!」


 そう言い笑顔を見せるアニエスに、ロドリスが猛然と噛みつく。


「どこがよ! 死ぬかと思ったわよどうしてくれるの!?」


「まあ、本当にハラハラしましたよね。でも、そうは言いますがロドリスさん、顔がもの凄く笑っていますよ?」


「え?」


 そう、ロドリスは地面にへたり込んだが、その時からなんだかずっと笑いが止まらないでいる。

 たぶん恐怖がある段階を越えたためにアドレナリンが大量分泌され、あの恐怖が今はおかしくてたまらないのだ。


「やっぱり、死ぬかもってスリルが一番ゾクゾクして最高に気持ちいいですものね? 逆にヒリヒリとした痛みとともに生をより身近に感じ取れるというか……はあ、楽しかったなあ……またしたい」


「貴方の特殊性癖を一般論として語らないでくれる? ……でもまあ、確かにちょっとは、楽しかったわ」


「またやりましょうね? ロドリスさん!」


「絶対に嫌よ!!」


 そう言いながらもアニエスが差し出す手をロドリスはまたも掴んでいる。明らかにこの二人の距離はトナカイに乗る前に比べ近くなっているようだ。


「さすがはアニエス嬢。無茶苦茶ですがあっという間に距離を縮めましたね!」


「ああ、そうだな。二人の手助けはこれくらいにして、我々も冷えてきたしそろそろロウリュ(※サウナ)に向かうとするか」


 見守っていたメンバーも全員それぞれトナカイの背やソリに乗り、今度はいよいよロウリュに向かう。


 はたしてそこにはどんな裸祭りが待っているのか? 以下次回!

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