その後55(報告とお友達と便所飯)
「アニエス、お疲れ様」
「く、くたびれました。もう今すぐにでも寝たいです……」
「よし、じゃあこっちにおいで!」
セオドリックが両手を広げるが、アニエスは着ていた衣装をノートンに返しつつ華麗にスルーをする。
「では、ノートン様、私たちはこれで失礼します」
「アニエス嬢、殿下のわがままに付き合ってくださりありがとうございました」
素直に礼を言われてアニエスは人差し指で頬をかく。
「いえ、もとはといえば私の配慮が足りなかったのが原因ですので……」
アニエスは今回のことで外線通信をするときは、必ず周りに細心の注意を払おうと心に決めた。
「あ、そうだわ。それから報告したい旨があったのを忘れていました。殿下、あの、実は私の会社にロドリスさんを入れたいのですが……」
それに、セオドリックは首をひねった。
「……彼女をか? とても事務員や工場の工員に収まるタイプには見えないが」
アニエスはそれに首を振る。
「いいえ……彼女を錬金術師として我が社に入れようと考えています」
「は? 何をふざけて……」
「いいえ、私は一切ふざけておりません。彼女は優秀な錬金術師に間違いありません。実は……」
アニエスは事の顛末をノートンとセオドリックに話した。すると二人の顔はみるみる驚愕の表情へと変わっていく。
「……じゃあ、アニエス嬢はそれを全て知っていたからこそロドリス嬢と仲良くなったのですか?」
「本当に恐ろしい奴だな君は、そんな下心があって仲良くなっていたとは……」
だが、そう言われアニエスは心外だとばかりにぷくーっと頬を膨らませた。
「確かに、それがあったからこそロドリスさんに興味もわきましたし期待もしていますが、それと同時にお友達になりたいという気持ちもまた、私の純粋な気持ちでございます!」
アニエスが猛烈に抗議するのをセオドリックは冷ややかに眺めて言う。
「いや、別に不純な気持ちをなじるどころか、こちらとしては大したものだと感心していたのだが……アニエスは『おともだち教』にでも入信しているのか? 何なんだ君のその『お友達』への無垢な信仰心のようなものは?」
アニエスはそんなセオドリックの言い分に、あーもう本当にわかっていないなとばかりにかぶりを振った。
「人気者の殿下はお解りでないのです。お友達とは実際、尊いものなのですよ? ……お友達がいるということは一人ぼっちじゃなくなるということなんですから! 先生にペアを組めと言われて迷いなくペアを組めて、最終的に誰も相手がいなくて先生と組まされたり『誰かアニエスさんとペアを組んでくれる人はいませんかー? あらあら、みんなどうしたの? そんな急に目を逸らしたりして……そんなにアニエスさんと組みたくないんですか? 皆さんそんな仲間外れはいけませんよ。アニエスさんが可哀想だとは思わないんですか?』なんて先生に言われてさらに胸をえぐられ惨めな思いをする……そんな状況から救ってくれるまさに救世主なんですから!」
「やめろ! こっちが泣いてしまうわ!」
「ああ、思い出すなあ……王宮宮廷行儀見習い期間の間。この『ペアを組んで』という言葉にどれほど恐怖を抱いていたことか……。なんだかんだいっつもあの鬼の教官である女官長とペアを組んでいたおかげで、それこそ恐ろしい勢いで上達しましたが、心にはいつもぴゅーぴゅーと北風が吹き込んでおりましたっけ……。 食堂の席についてもよく他のグループの宮廷行儀見習いの子達に締め出されて、私はどこにも行くあてがなく、最終的にお手洗いの個室でご飯を食べたり……あ、お手洗いはそれこそいっつも私自ら『鏡の間』と称されるくらい、ぴっかぴかに磨き上げて徹底消毒もしていましたから下手なお部屋よりもずっと清潔だったんですよ? ……それでもちょっと生んでくれた親に申し訳なくて当時は泣くこともありましたっけ。えへへへ!」
「……その話。ただ聞いているだけの私の心のポイントゲージまでガンガン抉られていくんだが……」
「アニエス嬢……そんな過酷な中、王宮であんなにいつもニコニコと笑顔で元気で……まるで悩みなんか無さそうにしてらっしゃったのですね? ……それを今まで気付いてあげることが出来ず、本当に申し訳ありません」
セオドリックが思わず苦しげに胸をおさえ、ノートンがやりきれなくて目を手で覆いおさえた。そんな二人をただ昔話をしただけに過ぎないアニエスが不思議そうに見つめる。
「あれ? 二人とももしや泣いているのですか? いったいどうしたのですか! まるで誰かに泣かされたみたいになっていますが!?」
「「いや、それ君だから!!」」
「へ?」
セオドリックが一度気持ちを切り替えるため、大きく咳払いをした。
「……でも、ほんのさわりにすぎないかもしれないが、君の気持ちはよくわかった。で、そのロドリス嬢はいつから君のところに入る予定なんだ?」
それにアニエスはバツが悪そうにする。
「いえ、実はそれが一度断られてしまって……いいえ、もちろん簡単にあきらめるつもりはないのですが。今は私の気持ちばかりが先走っている状況です」
アニエスはしょんぼりと肩を下げ、ため息をつく。
「なるほどな……ノートン明日の予定は?」
「はい、明日は今日のような街の広告、宣伝がメインの催しでなく、王室を歓迎するための、ほぼあちら側の接待というか、内々に親睦を深める内容となっております。トナカイに乗って雪山を散策し山の頂上に近い中腹にあるロウリュ……いわゆるサウナに入り、食事もそちらで取るとのことです」
「なるほど、それはある程度の融通は利くのか?」
「聞いてみないことには何とも言えませんが、王太子のたっての願いを断る人はいないでしょう」
「わかった、ならメンバーにロドリスを入れるように打診してみてくれ」
「殿下、宜しいのですか!?」
「一緒に過ごす時間が長ければ、君が口説き落とすのも時間の問題だろう。何しろ私は君の後援者だからな。その支援は惜しまない」
アニエスの目がキラキラと輝き、口は喜びで大きく笑顔の形になった。
「殿下、ありがとうございます!」
喜びのあまりアニエスはセオドリックに抱き着いた。
「嬉しい! きっとロドリスさんを説得してみせます」
そんなアニエスの背中と頭を撫でながら、セオドリックはアニエスを愛おしそうに見つめて微笑む。
「アニエスに喜んでもらえて嬉しいよ。それと、今日で君のことをもっと知りたくなった。明日のサウナではお互い隠し事なく色々と話そう」
「ふふ……それはお断りしますね!」
なん……だと……? セオドリックの顔が驚きの表情に変わる。セオドリックを斜めに見上げアニエスはジトリと咎めるような視線を送った。
「サウナに入る時には全裸になるではありませんか。しかもこの街のロウリュの個室は男女別々になっているはずなのに、どうして殿下と私が同室になるのですか?」
そうアニエスに言われセオドリックは無言でノートンの顔を見る。
「『王太子のたっての願いを断る人はいない』……ノートンは先ほどそう言ったな?」
それにノートンは頭を下げ、礼の姿勢をとって同意する。
「はい、申し上げました」
「じゃあ、どこか一つ男女同室にすることも私が頼めばできるのか?」
「まあ、おそらく割と問題もなく可能かと……」
「……ということだ! 心配事がなくなったぞ良かったなアニエス?」
セオドリックはニコニコだが、アニエスは黒いオーラを放った。
「システムの問題ではなく私個人の問題で全裸で殿下とお話し合いはできないと申し上げているんですが……」
「大丈夫。私も全裸だしお互い裸なら恥ずかしいことは無い。心も体も裸にして色々と深め合おう」
「どういう理屈なのですか? 殿下が裸だろうと服を着ていようと殿下の前で裸になるのが恥ずかしいから絶対に嫌なんです!」
「……ならしょうがない、そこまで言うのなら柔らかい透ける素材の服を一枚羽織ってもいいが、中はかなり汗もかくし……そうとう卑猥な感じになるがそれでもいいか?」
「だから、もともとサウナには一緒に入りませんから! なんでどうあっても一緒に入るおつもりなのですか!? 嫌だ、この人誰かどうにかしてくださいませ!」
こうして、入る、入らない。と今夜も平和に夜が更けていく……。
そして明日はいよいよみんな大好きなお風呂(※サウナ)回なのである!
待て、次回!




