その後1(大きすぎる贈り物)
「お嬢様、王宮よりお荷物が届きました」
「ええ? 昨日も届いてはいなかった?」
「はい、これで四日連続でございます」
アニエスはその日、ロナ家のタウンハウスで事業に関する資料に目を通していた。
あの、セオドリックとの約束をしてからの数ヶ月は文字通りの平和な日々で、それなりに身構えていたアニエスは肩透かしを食らった。
だが数ヶ月過ぎてある時期から、毎日、それは沢山の荷物が王宮から届く。
しかし、アニエスも仕事が溜まってきていたため非常に立て込んでおり、届いた初日にお礼状を自ら送った後は、対応と整理を自身のヤングレディーズメイド……つまりは侍女であるコーラを中心に任せていた。
で、ようやく少し目途がつき余裕が見えてきたためアニエスはコーラにその後の進捗について尋ねた。
「届いているのは殿下の行啓訪問の時に付き添う際の王室指定の衣装とかよね? 詳しい内容を教えてくれる?」
「承知しましたお嬢様。まずは……帽子や日傘、雨傘、手袋や靴にストッキング。扇子、ハンカチ、ストール、ショール、毛皮の防寒着、薄物、下着にネックレス、イヤリング、ブレスレット、指輪、時計、香水、お化粧品類、石鹸、外出時の筆記具、外出時のお茶のケトルランプを含むご用意一式、それに合わせたハチミツと砂糖数種類、菓子類、暇つぶし用の書物、外や中で使う敷物一式、リネン類、クッション、枕、寝間着、あと我々使用人の分の衣装の用意一式などなど他にも……」
間。
「ちょっちょっ、ちょっと待ってちょうだい! ドレスそのものは分かるわよ? 格式もあるから……。でもその他あちらでの用意不要な大多数はいったい何なの?」
「はい、しかもドレス、靴、帽子、手袋は五着分。女給の月の給金三分の一が飛ぶ絹でできた最高級ストッキングは一ダース分」
「え、え?」
「確かにご令嬢は一日に寝間着を合わせて六回は着替えるのがマストですし、ストッキングは伝線しやすく、替えはいくらでもいります。でも衣装やアクセサリー類はその後三日間も同じように届けられています」
「四日間のトータルの話じゃないの!? え、配送ミス?」
「いえ、衣装は全て違うものなので、配送ミスは考えにくいかと……」
「四かける五で二十着!? そ、そんなことになっているのにそのまま放置していただなんて、私ったらとんでもない無礼者じゃない!! コーラはきちんと報告してくれたのに、忙しすぎて適当に流してしまっていたわ……」
「いいえ、お嬢様は本当にお忙しくて、ここ数日食事も睡眠もまともに取れない状況でいらっしゃいましたから……お礼状はその後、手真似の上手い者に詳細な指示を出し、お嬢様の筆跡で十分な内容でお送りいたしました」
「コーラ本当に助かったわありがとう。でも、さすがにこれはお礼状だけでなくお礼の品をもってちゃんと一度挨拶に行かないと……」
「あの……それがその、届けられたものの中に他にも気になることがございまして」
「……はい? まだあると?」
「私では判断しきれず、お嬢様に見ていただきたく……そしてその内容的には足るお礼の品がこの世に存在するのかどうか……」
アニエスは勢いよく机の椅子から立ち上がった。仕事漬けでぼろぼろでここ数日お風呂にも入っていない。いいかげん、お風呂に入りたい。
でもそれどころではない!
「行きましょう!」
アニエスはコーラとともにすぐに荷物の保管されている部屋に競歩で向かった。時速十六キロは超えていただろう。つまり自転車より速い。
そして、コーラに案内され目にしたものは……。
「こ、これは……」
世の中にはおよそ王族しか身に着けられないものがある。
時に国宝とも呼ばれ、その資産価値はとても値段がつけられない。
目の前にあるのは今もその輝きは増すばかりだが、そのアクセサリーは今の流行りのデザインではなかった。ひと昔? ふた昔? それとも何世紀?
譲り受けられた歴史が、まさにこの国の歴史に重なる。
「このデザイン、この色、この宝石、この標章……これはどう見ても王族所縁の数々」
代々の王妃、王太后、姫君が肖像画の中で身に着けるであろう品々。
というか、アニエスが実際目にした肖像画にも描かれたものとまったく同じ品物が「やあ! ぼくのこと知ってるの?」とでもいうようにちょこんと鎮座していた。しかも、何点も「やあ!」「はーい!」とばかりに……。
「私はアンティークに詳しくなく、風格が箱からまったく違うもので疑問に思うものの絶対的な確証を得ず……。とりあえず心臓の止まる思いで警備だけは強化いたしました」
「……コーラずいぶんと手間と心配を掛けたわね。ふがいない馬鹿な主人で本当にごめんなさい。とりあえずお風呂に入って出かけなくちゃ。無礼に無礼をぬり重ねることになるけれど緊急事態よ致し方ない。いま居るのが王都で本当に良かった……」
王都から遠く離れた領地にあるカントリー・ハウスでなかったのがせめてもの救いだった。
「王太子殿下に会われるのですか?」
その問いにアニエスはうーーーんと唸り首をひねる。
「……いいえ、まずは行き先は王女殿下、タニア様のもとへと向かうことにしましょう。急ぎ電報を送って」
アニエスはそう言いながら風呂に向かって早速、服のボタンをはずし始めるのだった。