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その後54(着せ替えとケモ耳)


「着せ替え人形?」


 アニエスは言われた意味がわからず首を傾げた。


「ああ、ノートン持ってきてくれ」


「承知いたしました」


 そう言いノートンが引っ込むとその手に大きなダンジョンで見そうな宝箱型の収納木箱を持ってきた。


「この辺りには自然崇拝の少数民族が住んでいてな。時々、祭りの期間に降りてきて、工芸品やら自分たちが編んだ布製品なんかを売りに来るらしい。それが見てみたら物がなかなか良くてな。思わずまとめて買い求めてしまった」


 そう言いながら箱を開けると、そこには肌理細(きめこま)かな花をメインに赤や青の色とりどりの刺繍(ししゅう)が、胸や袖の側面全面に施される白ブラウスや、赤や黒のジャンパースカート。

 同じく精緻(せいち)な刺繍を施す黒のブーツに、白のエプロン。金の耳飾りや頭飾りに頭巾、レースで出来た小さな帽子など、この北方周辺の伝統的な民族衣装が何種類も納めてあった。


「可愛い! それをどの人形に着せるのですか?」


「そんなの君に決まっているだろう」


 言われてアニエスは、はい? という顔になった。


「コーラ殿、えーとまずはコレとコレとコレとコレで仕上げてもらえないか? 着替えはあのパーテーション裏で」


 それを聞いたコーラはその衣装を受け取ると、意気揚々とアニエスの腕を引っ張り、パーテーションの裏へと消えた。すると、その向こうからコーラが声をかける。


「殿下、髪形はいかがいたしましょう?」


「三つ編みのおさげか、まとめてお団子にするのが一般的らしいが貴方に任せるよ」


「承知いたしました!」


 そして十分ほどで出てきたのは、スタンダードに三つ編みを編んだ北国の民族衣装姿のアニエスだった。


「おお、可愛い!」


 セオドリックが思わずつぶやく。


「え、え、変ではありませんか? 私には少し可愛すぎる衣装のような……」


 普段着るバッスルスタイルのドレスは大人っぽいエレガントなイメージだが、この衣装は非常に少女チックというか乙女チックな印象が強い作りで、背の高いアニエスはいまいち着こなせている自信が無かった。


「そんなことは無い! 素朴な感じがなんとも愛らしく。ぼんやり隙だらけの君の性格に非常にマッチしている!」


「……なんか、ものすごく不本意な言われようなのですが!」


 アニエスは不名誉な言い分に憤慨する。しかし……。


「隙が無ければ馬車で、首筋にまたキスをされたりはしないんじゃないか?」


「っっ……!」


 この件に関しては、残念ながらセオドリックの言う通りだった。


「さーて仕上げをするかな……アニエス気持ち悪かったり、具合が悪くなるならすぐに言うんだぞ?」


 よくわからないが、アニエスはこくんと頷く。


 セオドリックが手をかざすと何やら光ともやに包まれ、目が開けていられなくなった。

 そのまま次に瞬きして目を開いたとき、アニエスの髪は栗色に、その瞳は翠に、そして何よりその頭とお尻にもふもふとした大きな耳と豊かな尻尾が生えていた。


「いぎゃあああーーーーーーーーーっ! お嬢様ぎゃわいい!!」


 コーラが貞淑な成人女性にふさわしくない、濁音に乱れた奇声を上げる。


「へっ! ナニコレ!?」


 アニエスも驚き慌てた。


「……いやな、私の変身能力には実は制限があって、例えば有機物にしか基本なれないとか、連続して変身すると魔力の消費が激しいとか……だけどどうにかそんな弱点を改善、克服して強化すれば、強力な武器になると思うんだ。例えばこの腕を鋼の盾や武器にするとかな」


 それにアニエスは、おおーっっと感心し興味を持つ。

 

「なるほど! でもそれと私の今のこの格好には何の繋がりが?」


「自分だけでなく、一時的に相手も自由自在に姿を変える魔法もついでに編み出そうと思ってな。でも、私は体のつくりが元々柔軟性が異常に高いし恐ろしく丈夫なんだ。疲れるのも精神面では疲れるし肩も凝るが、体力的には私は疲れというものをあまり知らない」


 セオドリックがあんな激務、勉学に社交をこなしながらも、夜も毎日たいへんお盛んな性豪でピンピンしていたのは、実はこういうわけがあったのである。


「たぶん急に大小と変化したり、あらゆる過酷な状況に細胞が耐えうるようにできているんだと思う。……ということは、そんな適性の無い人間を、いきなり小鳥くらいの小さなものにしたらどうなると思う?」


「おそらく、体が耐えられず死に絶えます」


「そうだ、下手を打てばうっかり殺してしまう。だからどこまで調整が可能なのか実験をしたいんだ」


「つまり私はそのためのモルモットなのですね?」


「君はクォーターエルフだし、体力柔軟性も申し分ないからな」


「そういうことでしたら、私にドーンとおまかせを!」


「うん、ありがとう。というわけで三、二、一」


 パシャリッと派手な光とともに大きな音が鳴る。


「んっ?」


「いやあ、最新のカメラはいいなあ。王室付きの記者からいくつか借りたが、持ち運びができて、今までの撮影時間とは比べようがないくらい早い。これもフィルムという発明あってこそだな!」


「……あの、実験なのですよね?」


「ああ、だから記録を残さないといけないだろう? あ、次は椅子に座った一枚と、あと、こうなふうに手を添えて立ったポーズを一枚。あとは長椅子に寝転んだものも欲しいな……」


 セオドリックが自ら、奥にある長椅子をずるずると運んでくる。


「そんな、何枚もいりますか?」


「もちろんだ。あ、それから他パターンも何枚も撮るぞ」


「……あと、もうひとつ気付いたのですが、人間の耳は生えたままなんですけど、これは宜しいのですか?」


「ああ、下手に体に干渉しすぎてアニエスの身体に不具合や後遺症がでたりしたらとんでもないからな。その生えた耳は音や君の緊張や興奮に反応はするが本物の耳というより、耳に擬態した角やネコの髭に近い」


「なるほど」


「はあぁーーーーーぁあっ、ああ、楽しい。コレクションにしてアルバム作ろうっと!」


「……これは本当に実験記録なのですよね?(二度目)」


「当り前だろう(キリッ)。あ、頬に手を当てて、小首をかしげて左手はスカートを掴み、腰をこちらにギュッとまげて、片足を『えいっ』って感じに上げてもらえるか?」


「いや、だから何の記録なのですか!?」


「そう言いながらも、ちゃんと言われたポーズをやってくれる。そんなお人好しなアニエスを私は心から愛しているぞ?」


「もう、次はやりません!」


 そう言いながらアニエスは……きつね耳、猫耳、いぬ耳、うさ耳、くま耳、ひつじ耳(※角あり)、うま耳、フェネック耳、レッサーパンダ耳、たぬき耳、いずれも尻尾付きと衣装入れ替えあり、髪色、髪形、目の色、アクセサリーを変えたあらゆるバージョンで、昼間セオドリックが撮影された写真の何倍もの写真を撮られた。


「ぜえ、ぜえ、ぜえ……もうダメ」


 アニエスがこんなにも疲労困憊になる中、何故か時間がたつほど元気になるメンツがいる。


「殿下! 次は是非こちらで行きませんか!?」


「いいねえ! じゃあポーズはこうしよう」


 コーラとセオドリックだった。むしろ、生き生きと精彩を放ち若返っているようにさえ見える。セオドリックに関しては普段かけない眼鏡までかけて、まだまだやる気満々だ。


「な、な、なんでそんなに……元気なのですか……?」


 アニエスは信じられない思いで二人を眺めた。


「いやぁ、知ってはいたがアニエスは本当に何でも似合うな…………たぶん、骨格が特に秀でているんだよな……」


 それに、コーラはクワっと目を見開いた。


「そ、そ、そうなのです!! ……お嬢様の骨格はそりゃあ絶品、逸品、銀河一でして! 初めてお会いした瞬間、この方こそ私が生涯求めていた美のイデアの化身なんだと思ったんです!」


「骨格は美容整形魔法でもいじりように限度があるんだよな。まさにアニエスの骨はこの世の至高と言っていい」


「うっうっうっつ……生まれて二十六年。お嬢様の良さをこんなにも正しく理解してくださる方が、まさか現われるなんて…………お嬢様をどうか貰ってくださいませ! お嬢様をどうか宜しくお願いいたします!」


「ああ、この身にかけて一生幸せにすると誓おう……」


 ポロポロと涙をながし倒れこむコーラの手を膝を折ったセオドリックが両手で包み慈しむ。何とも感動的な美しい絵がそこには繰り広げられている。


「ぜえ、ぜえ、……何を勝手なことを!」


 だが、そこに本人の意思は完全度外視だった。


 そして、今までセオドリックのサポートとして動き回っていたノートン。彼もさすがに疲れたに違いない、ここで初めてセオドリックに圧をかけた。


「殿下、そろそろ近衛兵も順番に休ませますので、そろそろ締めに入りませんか?」


「ああ、もうすっかりこんな時間か! 時間がたつのが早くて忘れていたな、面目ない。名残惜しいがそろそろ最後にしよう」


 そう言いセオドリックは、今度はアニエスの姿をオリジナルの白金髪とオパールの瞳に戻した。


「……このまま写真を撮るのですか?」


「いや、もちろんオリジナルも撮るが」


 そう言い、セオドリックはカチャリと自分のかけていた眼鏡をはずし、アニエスの耳に柄をかけた。


「うっすっごく酔います。なにこれ」


「アニエスは目が良いからな。酔うかもしれない」


「殿下も目は良いでしょう?」


「……もともとかなり良い方だったんだが、ずっと目に魔法をかけっぱなしで色を変えていたからすっかり視力が落ちたんだ。治療を受ければばいいだけなんだが、それも時間がかかるみたいでな」


 それにアニエスは息をのんだ。


「……もしかして、目や髪の色を戻したのはそのためだったのですか!?」


「まあ、タイミングはちょうど良かったよ」


 アニエスはそれを聞き自分の苦しみのように、その顔を悲しみに歪めた。その姿にセオドリックの胸がぎゅっとわし掴みにされる。


「ということなら頭皮も……」


 アニエスはさらに、悲しげにセオドリックの頭をじっと凝視した。


「ふざけるな。頭皮毛根はピンピンしている。今後もそちらはフサフサだ!」


 セオドリックもさすがにこれには怒る。


「でも、眼鏡を外してしまってよろしかったのですか?」


「まあ、大体はちゃんと見えるよ。それに……」


 そう言いセオドリックはアニエスに顔をぐっと近づける。アニエスも眼鏡の隙間からセオドリックの顔がよく見えた。


「これだけ近ければ、君のまつ毛の一本一本だって数えられるよ」


 ドキッ。


 ドキッ? アニエスは一瞬セオドリックにときめいたことに驚愕する。思わずセオドリックからアニエスはパッと顔を背けた。


(だって、だってあんまりにも真っすぐに、まるで射るように見つめるから……)


「アニエス何で顔を背けるんだ? もっと見たい」


「あ、あの、早く写真を撮ってしまいましょう? 皆さんが待っておいでです」


「でも、アニエスの顔がこんなに赤いままで撮影なんて無理だ」


 気付かれていたことに羞恥(しゅうち)を覚え、さらにアニエスの顔の熱が上がる。


「では、少し冷やしてまいります!」


「いや、このままここにいろ。ほら私の手が冷たいからそれで冷えるだろう」


 そう言い、セオドリックはその指の長い大きな手でアニエスの顔を包んできた。


「ああ、なんて小さな顔だ。まるで赤子だな」


「……いくら何でもそんなに小さくはないのでは?」


「それに、冷やしているなずなのに、どうして君の顔がこんなにもどんどん熱くなるのだろうか?」


「それなら意地悪を止めて、どうか外に行かせてくださいませ!」


「え? 眼鏡をかけたアニエスだけでも激レアなのに、羞恥に赤く染めた君の顔をこんな至近距離で独占できるんだ。私がおめおめこの機会を逃がすと思うか?」


「み、見ないで……ください」


「断る。……これは……君は、私だけのものだ」


 アニエスは後方にずりずりと後退することにした。けれど後ろはまさかの天蓋付きベッドの柱でアニエスの進行を阻んでいる。


「アニエスはそんなにベッドに行きたいのか?」


「いえ、これは単なる不慮の事故です。私はただ逃げようと……」


「痛くない痛くない痛くない楽しい楽しい楽しい」


「暗示をかけようとしないでください! もお、不敬を承知で一発殴りますよ!?」


「わかったわかった! 私も調子に乗りすぎたな。ほら、立って撮影しよう」


 アニエスはホッとしてその手を取った。だが、セオドリックは助け起こすと、そのままアニエスをベッドに勢いよく押し倒す。


「……なっ!」


 アニエスの怒りにカッと火が着こうとした。だがしかし……。


「よし、最高のアングルが出来たぞ。撮影に入ろう!」


「え?」


「……アニエス、からかって悪かった。最後の写真だからどうしても構図にこだわりたかったんだ」


「な、なんだ……そういうことだったのですね?」


「アニエスそのまま動いちゃだめだぞ?」


「はい! これで……よろしいですか?」


「ああ、最高だ。そのまま、そのまま」




「あの……殿下……」


 それまでの流れを黙認していたノートンがセオドリックに声を掛ける。


 その声に気を留めず……というか、ノートンが言わんとすることをわかっているからこそ、セオドリックはあえて無視をしてバシャバシャと写真を撮った。


 アニエスはベッドに仰向けにされ、髪は扇状に広がり乱れ、先ほどの衝撃で眼鏡がズレ、長時間の撮影で疲れから息が上がり胸や肩が上下にせわしなく動き、開いた襟元の肌はうっすらと汗ばんでいる。


 それを後ろで青い顔で冷や汗をかきながら、ノートンはその撮影風景を眺めていた。


(こ、この写真は殿下がアニエス嬢を押し倒した、まさにその瞬間を収めている……!)


「うん! 最高」


 そしてその撮影をしている間、今日一番のいい笑顔になっている自分が仕える主人にノートンは白目を()くのであった。




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