その後53(破瓜とおふざけ)
「よおし! 今日のメインイベントだ!」
「い、いえーい……」
セオドリックの使うこの屋敷で一番の部屋で、セオドリックのテンションがやたら高い中、アニエスは今から車に乗せられドナドナされる子牛のごとく、そのテンションは悲壮感でいっぱいである。
「どうしたんだアニエス? ずいぶんと元気がないじゃないか」
「うう、今度は何をされるのですか? 痛くしないでね?」
「ははは、痛いことなんかしないぞ……たぶん」
アニエスはプルプルと震えながらコーラにしがみついた。コーラはそんな主人の頭を撫でながら、キッとセオドリックを強く睨む。
「殿下、どうか卑しい身分の私が発言することをお許しください」
そんな怯えるアニエスの様子を見て、コーラがセオドリックに勇気をもって直訴に出た。
「ああ構わない。無礼講でいい」
「それでは……ごほん。先ほどは殿下を信じ、お嬢様にご無体を働かないと判断し二人きりにしましたが、お嬢様はロナ家の大事なお嬢様。今後定めし夫君に綺麗な体で嫁ぐことになるお方です。ですので一時の火遊びなら私たとえ鞭打ち百回、磔、絞首刑になろうともこの身をもってお嬢様の盾になる覚悟でございます!」
「こ、こーら……!」
アニエスがコーラの真っすぐな忠誠心にジーンと感動する。
「……ですが!」
「ん?」
だがその雲行きはすぐに怪しくなり、暗雲が立ち込めた。
「お嬢様を心から慈しみ、お嬢様を心から溺愛し、今後お嬢様だけを愛し、お嬢様の意思を尊重すると誓い、正式な妃殿下としてこの宣誓書に血判を押し、こちらの弁護士の先生方に作っていただいた何やら物々しい法的拘束力の鬼高い書類一式にサインがいただけるのでしたら、真冬の世の夢として、私は今夜この目を節穴といたしましょう!」
「え……コーラ、貴方はいったい何を言っているの!?」
アニエスが自身の侍女の暴走に驚き、目を剝く。
一方セオドリックはそう言って差し出されたコーラの書類一式をそのままもらうと、スタスタと大机に歩いて行きその書類をさっと広げた。
「ノートン、血判用の針はあるか?」
「ああ、持ち合わせていませんね」
「じゃあ、私のピアスのピンでかまわないか。よっと」
「って! 何を当たり前に契約しようとしているんですか!? 没収、没収!!」
だが、セオドリックはアニエスがそれらを回収する前にひょーいと書類をまとめアニエスに届かないように頭上にひらひらと持ち上げる。
「殿下、それをどうかお渡しください!」
「いやいや、話を持ち出したのはそちらだから」
「私はそれには関与していません!」
「……いや、でもアニエスのサインがあるぞ?」
「そんなの書いた覚えは一切っ」
そこでアニエスはハッとした。
皆さまも覚えているだろうか? ロナ家には相手の筆跡を完コピできる使用人を囲っているということを……。
「……か、改ざんだ!」
「思いがけないプレゼントだよアニエス。大丈夫だ初めてで怖いかもしれないが私が出来る限り痛くないように一本ずつ少しずつ広げて、まずは慣らすよう工夫するから……というか、伸びたり普段の生活で破れたり実際痛くない場合も多いし、さほどの心配はしなくていいと思う。だから、そのあといっぱい私と一緒に気持ち良くなろうか?」
「何が!?」
いったい何が痛くなるというのだろうか? というか、セオドリックはどうしてそんなに、そのことに、こんなにも詳しいのだろうか?
「くっ、どうか非礼をお許しください!」
アニエスは勢いよく机に飛び移るとそのまま蹴り上げ、頭上高く飛び上がり、セオドリックの手から書類一式をバッと掴んだ。そして勢いよくそれらを奪い取りクルンと見事な着地をした。
後ろではセオドリックの近衛兵たちがその一連の鮮やかな動きにオーッと歓声を上げ拍手している。
「……あの、っというか皆様この暴走を止めてくださいよ」
「ああ、楽しかった。冗談はこれくらいにして」
「寿命が縮む冗談は本気でやめてほしい!」
セオドリックが手を横に突き出す。
「近衛兵は部屋から出てドアや廊下に待機、ここからは私の本気のお楽しみとする」
そう言われ、近衛兵の皆さんがぞろぞろとドアから順番に出ていく。ちょっと渋滞していて何ともシュールな絵面だ。
そうして部屋にはいつものアニエス、コーラ、セオドリック、ノートンのお馴染み四名が残った。
「……で、本当は何をなされるおつもりなのでしょうか殿下?」
それにセオドリックはニヤリとした。
「ああ、着せ替え人形をする」




