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その後51【閑話】竜と引継ぎと悪寒

 

 パブリックスクール『エールロード寄宿舎学校』。


 ローゼナタリアで最も権威のある教育機関の一つであり、全生徒数千三百。入学倍率二十から四十倍。入学年齢は十二、三歳で、順当にいけば卒業は十八歳。ただしその六年で卒業できる人間は入学者の三分の一という超難関魔術・魔法エリート校だ。


 そんな超エリート校を六年に満たず単位全取得。超々難関大学の入学を早々に決めた天才がいる。


 それがエース・ロナ・チャイルズ・アルティミスティア。


 ロナ家に養子として迎えられた次期公爵家の跡取りであり、アニエスの義弟、そして何より竜と契約した『ドラゴニスト』だ。


 そんなエースと契約したのが、普段はエースの中にいて姿を現すときは鷹の姿の『タカさん』である。


「エース殿、拙者が作った『魔符(マジックカード)』評判はいかがでござるか?」


 このタカさんという竜は話し言葉が独特で、なんだか昔の誠を重んじる戦士のような話し方をする。実際、その性格は騎士道というか武士道に通じるところがある。


「問題ないと思うよ? 試験や試作もあんなにしたじゃん」


 そんな自分の契約する竜に対し、寮の監督生(プリフェクト)の引継ぎ準備に忙しいエースが書類の整理をしながら答えた。


「いやいや、それはあくまでこちらの身内ないで行ったことで、外の人間の意見はまた違うと思うのでござるよ。……制作側がベストだと思っていても、使う側からすれば『そうじゃない』『なんか違う』『そういうことは求めていない』ということは往々にしてあるのではなかろうか?」


 その発言に、仕事の片手間に聞いていた竜の話に対し、エースは仕事の書類から目を離し、顔をタカさんの方へと向き直した。


 その横顔は、相変わらず他の人間とは別の世界からやってきたのではないかと思うほどあまりに整っている。

 西洋らしい彫刻のような姿の中に、東洋的な研ぎ澄まされた繊細さと刃物のような危うさと鋭さが内包している。


 そのタンザナイトのような輝きを放つ瞳に捕らえられると、人は一瞬息を止め指一本動かせなくなってしまう。そんな深淵のような底知れない美しさがこの黒髪の少年にはあった。

 何しろ、その少年と契約しているこの悠久の時を生きてきた竜ですら、こんな美しい人間の少年は数えるほどしか知らないくらいなのだ。


「竜なのに、そんな魔符(マジックカード)を使う相手のことを考えるんだね?」


 その美少年がこともなげにそう言うと、タカさんは珍しくむっとした様子で反応した。


「何事もやってやりっぱなしというのは気分がよくないでござるよ。そもそも自分のことだけ考えて生きることの、一体何が面白いといえようか?」


 その言葉にエースは感嘆の声を上げる。


「さすがは世界で最も尊い高位高等な知能を持つ最上級種族の意見だね」


「エース殿、からかっているのでござるか?」 


「いや、本当に感心したんだ」


「自分のためだけにしたいことのてっぺん……というか底は知れているが、誰かや何かのためにすることには無限の可能性があるとは思えぬか?」


「その考え方面白いね」


 エースは頷きその考えに賛同する。


「だからエース殿。アニエス殿が帰ってきたら詳しくアンケートを取ってもらいたい」


「別にいいけど、……アニエスの意見は一般的ではないと思うけど参考になるの?」


「無いよりはそれでも余程ましでござるよ!」


「そこは否定はしないんだ……」


 竜にも残念な子扱いされる我らが主人公アニエス。


「でも、そうでござるな。確かに他の人間にも使って使用感を聞けたならば、なお素晴らしいといえる」


「うーんじゃあ、他にも誰かあたってみるか……」


「エース殿のその行動や考えに柔軟性があるところ。拙者、大好きでござる!」


「これまたタカさんは飴が上手いね?」


「この間も実に関心したでござるよ。今までクオリティや技術先行型だったエース殿が安全性により重きを置くようになったのはすごい成長ではござらんか? 何か商品を作る場合、一に安全。二に品質。三に納期で四に費用が鉄則でござろう!」


「うーん? どこかの企業理念かな? とはいえ、それはあくまで人を選ばない場合ね。人を選ぶんなら俺は今まで通り技術先行型で行かせてもらうよ」


 エースは必要なら人にも合わせるが、同時にロマンも可能な限り追求したいそんなお年頃なのだ。


「ふむ、確かにアニエス殿は人間の運動神経としては桁外れでござるが、女子であるゆえ下手な動きをしてあの乳房はちぎれたりはせぬか?」


「いやいやいや、いったいいきなり何言ってんだこの竜は!」


 竜の爆弾発言にエースは慌てる。


「拙者だって言いたくはないが、男子には知れない自分の意思で動かせないでっぱりが足を引っ張る辛さがあるのではないかと……しかも二つも」


 竜の思いやりが深すぎて、もはや余計なお世話レベルだ。


「……あー、言ってなかったけどそれについては対策済みだよ。以前、アニエスに胸の動きをしっかりと抑えて固定する透明なさらしか、その用を足すコルセットのようなものを作ってくれって言われて開発済みなんだ」


 それを聞き、タカさんの目が点になった。


「え? それを自分に懸想している男子に、弟とはいえ恥じらいもなく頼んだのでござるか? エース殿、もしかして男子としてちゃんと認識されていないのではないでござるか? ……大丈夫でござるか?」


「うるせーよ! さすがにそんなことは無い! はずだから……」


 エースは全否定するも、後半ちょっと声が小さくなっている。


「有能すぎるのも損でござるな……」


「ったく、竜はちょっと気が利きすぎて、変な気をまわしすぎるよ。余計なお世話!」


「面目ないでござる」


 タカさんは反省してシュンとうな垂れた。

 そんな竜の姿を見て、エースはツヤツヤした髪を乱暴にかく。


「……はぁ、でもタカさんの言う通りかもね。俺もいままでこの血の繋がらない弟という都合の良い立場に甘えすぎていたみたいだ。だからあんなおっさんに……あーむしゃくしゃするな!」


「拙者も女子の気持ちに疎いところはあるが、一般的に見てエース殿は有能で将来有望。見目も優れ相当人気とお見受けするがアニエス殿が初恋と称した男は、そんなエース殿より男が上なのでござるか?」


 それにエースは何とも言えない顔になった。


「……さっきも言った通りアニエスの意見は一般的じゃない。でも、アニエスが惹かれているとしたら、何となくその理由はわかる気がするんだ」


「それはどういうところでござるか?」


「えっと、まずはお人よしだし」


「エース殿もたいがいお人が良すぎると思うが……」


「あと、強いし」


「エース殿もずっと修業を積んで、拙者のスキルも大分引き継いでいるでござるよ。そのお力は拙者も太鼓判にござる!」


「あと、筋肉がヤバい」


「あーーーーーーーーーーーーーああ、ああ! それでござるな!」


 竜が納得した。


「いや、俺も筋肉あるけどそれについては!?」


「もちろんエース殿の鍛えに鍛えぬいた肉体は拙者も認めるところ。ながら、しかし、そんなエース殿さえ感服するのであればそれはもはや天稟(てんぴん)のものにござる」


 どうやらアニエスは竜にさえネジのぶっ飛んだ筋肉バカだと思われているようだ。


「うーんでも、そうは言っても正直アニエスが惹かれたであろうところを一言ではうまく言えない。すごい感覚的だし、なんというかタイミング? というか……同じ言葉でも言われる立場や状況で感動は変わるだろう? それに師匠は同時にダメなところも多いし。……主に男として」


「それは男の風上にも置けないクズなパワハラ、モラハラ浮気変態野郎ということでよろしいか?」


「なんでそんな言葉を知っているの……? いや、それが真逆なんだよな……女性に対して紳士的に振舞いすぎて相手に不満を溜めに溜めさせるタイプなんだ。いわゆる、どヘタレというか……」


「どヘタレ?」


「決めるところは決める人間なのにそういう良いところは、(ことごと)く女性に見られることが無い。というか危ないと最初から近付けさせない。挙句ほっとかれたと彼女に浮気され振られるのがお馴染みのパターン」


「その御仁は何をやっているのでござるか?」


「実際当時のアニエスにも『だめだこの人……早く何とかしないと』って言われていたし。俺たちも思ったし言っていた」


「……不器用な人間臭い人物であることは拙者にもわかったでござる」


「今回アニエスに拾われたのも、仲間に裏切られて今まで積み上げた実績やアイテムを全部持ち逃げされ、更に婚約者を実の弟に寝取られた上に普通なら一生返せないような天文学的な金額の借金を肩代わりさせられて、借金取りに脅されていたところに出くわしたらしいよ。昔、伝説とまで称された男が……」


「う、うわあ。人生の不幸が総集結でござる」


「とはいえそこでアニエスに偶然出会うんだから……あの人なんだかんだ持っているんだよ」


 そう、普通はそこで「落ちぶれた英雄。今は見る影もなし」で終わる話でしかない。


「とはいえ、だからって指を(くわ)えてただ見てるなんてことを俺は絶対にしない。アニエスは他の誰でもない俺のものだ」


 それにタカさんはその美しい翼を大きく広げた。


「うむ! それでこそ男子といえようぞ」


 タカさんがエースを鼓舞する。ちょうどその時、エースのいる部屋のドアをノックする者がいた。


 エースが返事をすると、開いたドアの隙間からするりと人が入る前に何かが滑り込んでくる。それは黄色と青のビビットカラーの物体だ。


「にーちゃ! 遊びに来たぞ!」


 そう言い、そのビビットカラーのマヌルネコそっくりの生物はゴロゴロと鷹にじゃれつきだした。


「ネコさん。遊びに来たんじゃなくて用事で来たんですよ?」


 続いて入ってきたのは、銀の髪にアレクサンドライトのような昼のエメラルドと夜のルビーを閉じ込める冷めた双眸。神様の最高傑作のような美貌をたたえた少年、アレクサンダーだった。


「エース、この荷物もここに置かせてください」


 アレクサンダーは抱えていた荷物をどさっと床に置く。それを見てエースは口をへの字に曲げた。


「この部屋はゴミ箱じゃないぞ。アレク」


「ゴミは一か所に集めた方が業者も回収しやすいでしょう?」


「あーあ、監督生(プリフェクト)専用のこの部屋、すごく気に入ってたのにもうすぐ誰かの物になっちゃうのか」


「めでたいことでしょう。というかハウス・マスターが後継者にめぼしい人間がいるなら推薦しろとおっしゃてましたよ」


「じゃあ、トーマスでいい?」


「これから卒業試験に泡吹くことになる級友に押し付けるの止めてあげてください。鬼か」


 トーマスはエースやアレクサンダーの同級生でエースの元、寮の同室。エースとよく気が合い、アレクサンダーを除けば学校で一番の親友の仲だ。


「そういえばアレクサンダー、長期の外出許可取ったって聞いたけど短期ならまだしも長期は難しいんじゃないか? 軍も校長や理事会も渋っていると聞いたけど?」


「ええ、何でですかね。卒業単位もテストも論文も文句無しのオールAプラスを取ったっていうのに」


「いや……だって、俺たち国の人質だから」


「王太子の目が近くにあれば一緒じゃないでしょうか?」


 それにエースは驚きに目を見開いた。


「え、もしかしてアニエスの仕事に付いて行くのか? ……王太子をボコりに?」


「いやまあ、あのセクハラ変態クソ王太子はそのうち完膚なきまでにぶちのめすとして……」


「やっぱりぶちのめすんだな……」


「お嬢様がまたよからぬことを企んでいそうなので、偵察と監視に行かないとならなくなりました」


 アレクサンダーの目がさらに冷たさを増す。周囲の温度も一気に十度下がった気がした。


「サイコパスあほっ()がどうかしたのか?」


 そこに先ほどまで兄の『タカさん』にじゃれついていた『ネコさん』……もといアレクサンダーの竜がやってきて今度はせわしなくアレクサンダーの足に匂いをつけじゃれつく。それをアレクサンダーはさっと抱っこして持ち上げた。


「はい、お嬢様に説教と場合によっては折檻をしなくてはならなそうなので」


 怖いくらいの煌めく良い笑顔でアレクサンダーが言った。


「とんでもない奴だよな! あいつ」


 それにエースは抗議の声を上げる。


「俺のアニエスをいじめるなよ」


「誰がお前のだって?」


 対しアレクサンダーがエースを鋭い目つきで睨みつけた。だが、そんなのは見慣れているエースに堪えた様子は無い。


「いいなあ、じゃあ俺も行こうかな?」


「竜、三柱を何の監視も管理も付けずに一ヶ所に集結させるような愚を国は犯したりはしないでしょう」


 エースはぷくっと頬を膨らませる。


「アレクずるくないか?」


「許可は僕もまだ降りてませんってば。まあいざとなれば幕僚長(ばくりょうちょう)のコネを使いますが」


 いきなりの超大物をあごで使う気満々だ。


「アニエスは知っているのか?」


「……説教しに行きますって、普通は連絡しますか?」


「……」


 エースはタカさんと顔を見合わせる。そのまま目をつむり両手を組み、アニエスのために祈った。


(頑張れ、アニエス!)




 ーー 一方その頃



「くっしゅん!」


「まあ、お嬢様風邪ですか!?」


「どうだろう? 背中がさっきから悪寒でゾワゾワするけど……なぜか風邪じゃない気がするのよ」



 アニエスは本能で自分に迫る危機を察知しているのだった。




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