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その後49(錬金術師とスラング)

 ーー回想。晩餐会。



「それにノートン、多分このメンバーは私を歓迎してそれなりに考えた上の選考だよ。だいぶ的外れで下品ではあるが」


「というのは、じゃあ彼女たちは彼らの愛人でありつつ殿下へのコンパニオンだと……」


「そういうことだろう。悪いけど彼らと棒兄弟になるのはごめんだ」


 この会話も古ローゼナタリア聖語である。

 古代魔法を使う時くらいしか使わないので、少なくとも超名門エールロードを出るくらいの知識階級層じゃないと理解できない。

 この会で、それがわかる知識階級はここにはまずいないだろう。


「殿下の噂は津々浦々に轟いているのですね」


「いや、アニエスお前はなんで理解しているんだよ」


「でもわからない単語もありましたよ。『棒兄弟』ってなんですか?」


「……」


 クスッ。


 その時その笑った声をアニエスの耳はしっかりと拾っていた。


 その声の主こそロドリスである。アニエスはさきほどから彼女がこちらに聞き耳を立てているのに気付いていた。

 正確には他の何人かも聞き耳を立てていたが、自分たちの話にそうして反応できたのは彼女だけだ。


 アニエスはそこでピンと来るものがあった。


(もしかして……彼女は)


 運がいいことにそのあと彼女の方から先にアニエスに対して、お友達になろうと話しかけてきた。


 ノートンやセオドリックは、いきなりアニエスと友達になりたがる姿勢に警戒し、難色を示すことはアニエスも重々承知していたが、アニエスとしては女友達はもとより万年募集中だし、何よりこれは願ってもないチャンスでしかない。

 アニエスはその申し出を喜んで受け入れた。


 とはいえ彼女の正体は確信に至るにはまだ材料が乏しかった。


 アニエスはロドリスをよくよく観察してみる。

 するとそこでロドリスがワインを飲んでいるその手に、金の腕輪をはめているのがアニエスの目にとまった。


 一見すると花をモチーフにした美しい腕輪だが、アニエスはそれが隠し意匠だということに気付き勘が働く。

 なぜなら単なる花のモチーフにしては妙な凝り方をしているからだ。


 けれど、よく見ようにも腕輪についている宝石の乱反射と、晩餐会特有の明るすぎず仄暗いとさえいえる照明の弱さで、視力自慢のアニエスにさえ、それが本当は何を表す意匠なのかがこの距離では正確に掴めない。


 何とか近くで見れないものかと思った矢先。ロドリスがまたもやアニエスにチャンスを運んでくれることになる。


 ロドリスはアニエスに言った。


「ねえ、せっかくなら握手をしませんか? 友情の握手です」


「まあ『友情の握手』? こちらの風習かしらぜひ喜んで!」


 なんというタイミングか! アニエスは思わず小さく小さくガッツポーズをとる。そのまま、すぐさま自分の右手を差し出した。

 ロドリスはそんなアニエスの右手を凝視していたが、アニエスも同じくその時ロドリスの右手にはめた腕輪をじっと見ていた。そしてその結果は……。


(…………ビンゴ!)


 隠してあった意匠。それは自らの尾を噛む蛇『ウロボロス』。


 世界創造が全にして一であることを示すシンボル。相反する者の象徴にして錬金術の絶対的象徴。


(間違いない。彼女は錬金術師だわ!)


 何という巡り合わせか。よもや、新規事業のために必死にかき集めている錬金術師の新メンバー候補がまさかここで見つかるとは……。


 アニエスはいてもたってもいられず、しばらくしてお化粧直しをしたいと晩餐会の席を立ち、晩餐会会場の管理責任者のところへと急いだ。


「もし! すみません。こちらに外線の通信機はありますでしょうか? すぐに連絡を取りたいのですが……」


「それでしたらクロークの前に専用機のご用意がございます」


「ご親切にありがとう!」


 アニエスはクロークでコートや貴重品を管理する使用人にも声をかけてから受信機の受話器を取り、外線の呼び出しをした。


『はい、ご利用ありがとうございます。回線をどちらにお繋ぎいたしますか?』


「エールロード校の第一棟寮に繋いでいただけるかしら? 番号は三〇三です」


『かしこまりました。少々お待ちください』


 しばらく間があり、無事繋いだとの連絡があってから電話には中高年の紳士が出た。


『はい、どちら様でしょうか?』


「夜分遅くすみません。アニエス・ロナ・チャイルズ・アルティミスティアと申します。申し訳ありませんがアレクサンダー・ライザーマンはご在寮でしょうか? 至急連絡したいことがあるのですが」


『ああ、彼ならちょうど帰っています。お呼びしますので少々お待ちくださいね』


「ありがとう存じます」


 しばらくの間があった。いま出たのはおそらく寮長先生……ハウス・マスターだろう。アニエスはそわそわしながらアレクサンダーの登場を待った。


『……もしもし、お嬢様ですか。いったいどうされましたか?』


 テノールとバリトンの中音域の美しい声がアニエスの鼓膜を優しくなでる。アニエスが聞きなれたお馴染みの声。アニエスの幼馴染にして専属従者の銀髪の人外級の絶世の美少年、アレクサンダーだ。


「ああ! アレクサンダー聞いてちょうだい! ……ううん、その前に聞きたいことがあるの!」


 アニエスの弾む声に驚くとともに、アレクサンダーは口角を上げ優しく聞き返す。


『ずいぶん機嫌がよさそうですねお嬢様。はい、なんでしょう?』


「古ローゼナタリア聖語の『棒兄弟』って現代ローゼナタリア語でどういう意味なのかしら?」


『…………………………はっ?』


「だから、古ローゼナタリア聖語の『棒兄弟』って現代ローゼナタリア語でどういう意味なのかしら?」


『馬鹿なんですか?』


 アレクサンダーからすれば、最愛の我が君が、息を弾ませ自分に喜び(いさ)んで連絡してきたことに心臓が跳ねる思いだったに違いない。

 だが、それなのに飛び込んできた言葉がよりにもよって『棒兄弟』である。

 頭が痛くなり、こめかみを押さえ「何言ってんだこいつ?」という言葉がすぐに頭に浮かんだ。


「今はそれがとっても重要なのよ。それがどうゆう言葉かによって彼女への見方が変わるかもしれないわ!」


『本当に意味が解りませんが……………………どうしても教えないといけませんか?』


「アレクだけが頼りなの! お願い教えて!」


 出来ればその言葉はほかで聞きたかったとアレクサンダーは思った。なんて気の毒なのだろう。

 しかし、アレクサンダーは優秀なアニエスの従僕として、なるべく下ネタっぽくなく、学識ばって、無感情にその言葉をちゃんと説明した。そして彼はなんて献身的な良い奴なのだろうか。


「……なるほど、どうりでアレクやエースに見せてもらった教科書を丸暗記していたはずの私も知らないはずだわ……そんな古ローゼナタリア聖語のスラングにまで精通しているだなんて、彼女は間違いなく名ばかりの錬金術師とは違うということ。なんて素晴らしいの!」


『あの一人盛り上がっているところ申し訳ないのですが。本当に何なんですか? 仕事なんですよね?』


「うん! あ、ついでに古ローゼナタリア聖語の錬金術用語も教えてもらえる? ちょっと待ってね。いまメモ取るから」


『お嬢様、人を辞書か何かと勘違いしていませんか?』


「だって古ローゼナタリア聖語の辞書なんて専門機関でしか閲覧できないじゃない。しかも閲覧にも許可がいるし!」


『本当に自由だなこの人』


 そう言いつつもアレクサンダーはこれに関しても丁寧にアニエスに教えるのだから、なんだかんだ本当にお人よしである。


「わーい、ありがとうアレク! ちゃんとお土産買っていくから楽しみにしててね? フクロウは好き?」


『……』


「愛しているわ! それじゃあ、おやすみなさい」


 アニエスは聞きたい用件を聞くとさっさと通信を切ってしまった。まるで台風一過だ。

 通信を終えたアレクサンダーはどでかいため息とともにハウス・マスターに通信を終えたことを報告する。


「お、終わったか。若い女の子からだったがライザーマン君も隅に置けないね!」


「いえ、そんな色っぽいものでは決して……」


「なんだい、出る前は嬉しそうだったのに?」


「いや、出たことをただ今ひどく後悔しています……」


「おやおや、喧嘩でもしたのかい? まあ、遠く離れていれば行き違いもあるよね?」


 アレクサンダーはその言葉にぴくりと反応をみせる。行き違い……確かになんだかアニエスの様子はおかしい。いや、いつもおかしいのだけれど。


「あの、ハウス・マスター」


「ん? どうしたんだい我が寮じまんの優秀な監督生(プリフェクト)のライザーマン君」


「相談があるのですが、少し宜しいですか?」


 新たに一人のメンバーがこの物語に加わろうとしていた。

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