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その後48(ビジネスと核心)(※NEW挿絵あり メイ&ハナ)


「こんばんは、良い夜ですね」


 席に着くと青髪の青年がアニエスに挨拶した。確か彼はウィンターという名だったはずだ。ロドリスの古い友人だという。


「ウィンターさん、お茶の席ではご迷惑をおかけしました」


「いや、大丈夫です。驚きましたが面白かったですし」

 

 面白がられていることにアニエスは若干、恥じ入る。


「それにしても、てっきりサーシャさん(※アニエスの偽名)は王太子殿下とご一緒なのかと思いました。だから、ロドリスも会えないかもなって」


「晩餐会とは違いますから、パートナーで参加する必要もないですし、パートナーにしても私である必要はありませんからね」


 それに、ウィンターは目を見開き、動きを止めた。


「え、だってあのお茶の席の話をまとめると、サーシャさんは殿下の本物の婚約者候補なのではないですか!?」


「と、とんでもない! 私には現在決まった相手はおりません。確かにあの場で言っていたことは……その、間違いではないのですが、私は単なる場つなぎの間に合わせのようなものでして……」


「いやいやいや、間に合わせの相手にあんな贈り物はしませんよ。それだったらどうしてセシリアさんに王家ゆかりの指輪の一つも贈らないんですか? それだとセシリアさんは間に合わせにも選ばれていない相手ということですよ?」


 アニエスはうっと言葉を詰まらせる。

 こういうことが想定されるから、最初から受け取りたくなかったのだが、それももはや後の祭りでしかない。 


「……ウィンター、口が過ぎるわよ。そんな野次馬がしたいだけなら、サーシャさんとあっちに行くわ」


「い、いやいや、申し訳ない。つ、つい好奇心が前に出てしまって」


「だったらさっさと要件を話したらどう?」


 そう言われ、青髪ウィンター氏はごほんと咳ばらいをし、テーブルの自分のスペースを片付けトランクを出した。


「……サーシャさん、噂に聞いたのですが、この街に早速二千ログニスク(※日本円で約九千万円)寄付されたとか……」


 アニエスが今度は目を丸くする。今日の昼近くにあったことが、もうそんなに噂が広まっているとは想定以上の早さである。


「もし余剰があるのでしたら、僕がやろうとしている事業にも良ければ出資しませんか?」


「……どのようなことをされるのですか?」


 アニエスはいろいろ考えながら、一度その話に乗ってみることにした。


「では、こちらをご覧ください。こちらは新興国の新しい鉱山から掘り当てた宝石になります。クリソベリル、ガーネット、ピンクトルマリン、パパラチアサファイア、シンハライトなどまだ市場で安定供給されていない。高価なものばかりです」


 クリソベルはイエローグリーンに、ガーネットは暗い赤色に、ピンクトルマリンはピンクに、パパラチアサファイアも同じくピンクに、シンハライトは橙に近いイエローに輝く宝石で、確かにこれらは王都でも安定供給されておらず希少性も高い。


「原石ばかりですね。カットしたものや、すでに商品の形をしたものはありますか?」


「それについては、これから準備を始めるところです」


「なるほど、では販売はお店で行うのでしょうか?」


「店はこの北の街の中心街に出す予定です。知り合いが勧めてくれている場所があって、家賃も破格です。目の前に大きな道が通っていて横切るようにもう一つ道路、人通りは申し分ないですよ」


「それはつまり、T字路の先にお店があるということですか?」


「はい! そうです」


「なるほどなるほど、あの、もしよろしければ事業の損益計算書(そんえきけいさんしょ)(B/S)と貸借対照(たいしゃくたいしょう)(ひょう)(P/L)を見せていただくことは可能でしょうか?」


「そん……? すみません、それは何でしょうか?」


損益計算書(そんえきけいさんしょ)は会社の成績表。貸借対照(たいしゃくたいしょう)(ひょう)は資産や負債などを一覧にしたリストです。そうですね。個人で言えば給与明細と預金通帳、家計簿をまとめて見やすくしたものと考えればよいかと思います」


「はあ、わたしは算数は苦手でしてそれに関しては事務を雇ってやってもらおうと思います!」


「そうですね。誰にでも得手不得手はありますね。……あのでは、次は一気に質問をしてもかまわないでしょうか?」


「はい! はい! どーんと来てください」


「わかりました。では……事業規模はどれくらいですか? 投資をするとして後々の我々への見返りは考えていらっしゃいますか? 私の他に投資予定の方はいるのでしょうか? またメインバンクはどちらですか? その銀行でどれくらいの規模の融資を取り付けていますか? お店の月の営業日数は何日ですか? 一日の見込み客数と顧客単価は? ターゲット層は男性女性、何歳? 定休日は? 従業員数は? その従業員の基本給は? 宝石の加工をしてくれる職人のツテは? その際の外注額はいくらになる予定ですか? またその際何年で契約を結ぶ予定ですか? この土地の交通の便は非常に悪いようですが、どうやってこれらの原石を安定供給されるつもりでしょうか? その輸送費は平均いくらかかるのですか? 王都では今、象牙や七宝、獣角、色ガラスと宝石の異なる質感の統合を目指し自然美をテーマにした高い技術の彫刻などを施すデザインが一大ブームになっており、ただ希少な宝石というだけでは見向きもされない風潮が強くなっていますが、それらに打ち勝つ強いテーマやコンセプトはありますか?」


 まさに大波のような質問をアニエスは一息にウィンターに浴びせかけた。

 それに、何の対策もしていない青髪ウィンター氏はもちろんその波にさらわれ、ブクブクと溺死寸前になる。


「え……と、ですね……自己資金は取り合えず四百五十ログニスク(※日本円で約二千二十五万円)で」


 プルプルと子羊のように震える哀れなウィンター氏。それにアニエスはとどめを刺すように言った。


「それからせっかくお店を出す立地ですが、T字路の突き当りは人が先に進む道がないとわき道にそれるのでお店に接近する機会が減るし、事故や災害にも合いやすいので、お店を出すのは避けられる土地です。占いでもよく大凶だとされますし、実際長い間テナントが埋まらないから家賃も破格なのではないでしょうか?」


「ええ! そ、そんな」


 ウィンター氏はせっかく吉だと思っていたことも凶だと言われ絶望に打ちひしがれ、今にも泣きだしそうになっている。それを横で見ていたロドリスはため息交じりに言った。


「良かったわね。それ以上やけどする前に現実を突きつけてもらえて? だから最初から考えが甘いって言っていたのに!」


「ううっ……」

 

 どうやらロドリスも無理とわかっていながら、彼に機会を用意したようだ。二人がお通夜モードになる中、アニエスは続けて言った。


「そうですね……なので、融資は手付金で千八百ログニスク(※日本円で約八千百万円)で様子見ということでどうでしょう?」


「「……へっ?」」


 二人はアニエスのその言葉に耳を疑う。


「もちろん、それも今回私がした質問全ての回答と店舗立地の改善案を提出していただいてからになります。それに不備があった場合は再提出もありえます。……それでも構いませんか?」


「……ほ、本当に!? 本当に融資していただけるのですか!?」


「はい、ただし条件が二つ」


 ウィンター氏がものすごいチャンスと、どんなとんでもない条件が来るのだろうという不安の緊張からゴクリと喉を鳴らす。


「一つは決して私の大切なお友達のロドリスさんを傷つけたり足を引っ張たり、裏切ったりしないこと」


「えっ……!?」


 この条件にロドリスは驚き息をのんだ。さらにアニエスは続ける。


「あともう一つは当然ですが、事業に充てると言っていた融資を持ち逃げしないことです。というわけで、メイ、ハナ」


「はい、お嬢様!」

「お呼びですか? お嬢様!」


 アニエスが名前を呼ぶと、今まで気配すらなかったアニエスの専属メイド二人が急に現れ、ウィンターとロドリスは心底ギョッとする。


「このウィンターさんの特徴をよく覚えておいてね?」


「かしこまりました!」

「わーい! お仕事お仕事〜!」


 そう言い、二人のメイドはウィンターの周りをくるくると回りだした。そして、二、三周し終わると二人はにっこりと可愛らしく微笑んでみせる。


「お嬢様! 完了です」

「耳の形、骨の位置、歯並び、瞳孔、背丈、匂い。それからジャーン! 服についていた髪の毛も回収済みですよぉ?」


 ウィンターは小さく悲鳴を上げる。二人の行動にまるで喉元にナイフを突きつけられたようなヒヤリとしたものを感じたからだ。


「二人ともよく頑張りました。えらいえらい!」


 アニエスはそんなメイドの頭を撫でて二人を褒める。


「えへへー」

「褒められちゃった!」


「……それじゃあ二人とも通常業務に戻ってね?」


「わっかりました!(きゅるん!)」

「御用があればまたいつでもお呼びくださいね(キラッ!)」

 

 そう言うと二人はまた一瞬にして姿を消してしまった。


「……………………え、ま、魔物!?」


「使い魔!?」


「二人ともただの可愛い人間の女の子ですよ?」


((……ただの?))


 ロドリスはアニエスを睨んだ。ここまで来るとサーシャ(※アニエス)という存在はロドリスにとって怪しくてしょうがない。


「ねえ、サーシャ様、何でそこまでしてくれるのよ? 何か別の目的でもあるの?」


 そう言われアニエスは持っていたバッグから小さな革袋を取り出した。


「ロドリスさんこれをそっと開いて中を見てくださいますか?」


「なにこれ? ……危ないものじゃないでしょうね」


 ロドリスがそっと袋を開ける。


「『哲学者の石』『天上の石』『赤きティンクトゥラ』『大エリクシル』『第五実体』……………………『賢者の石』」


 ロドリスの耳がピクリと動き袋の中にあるものが信じられずに固まる。しかし、ウィンターはアニエスが何を言っているか少しもわからずぽかんと口を開けた。


「? ……え、な、なに? 外国語?」


 ウィンターに『古ローゼナタリア聖語』が理解できるはずがない。まして『賢者の石』の隠語をさらに隠語にされた単語などどうやって理解できよう?


 なのにこの場にはその言葉を発するアニエス以外にそれを正しく理解する者がいる。




「ロドリスさん、あなたはやっぱり錬金術師なのですね?」




 それがロドリスだった。



   挿絵(By みてみん)

   ※アニエスの専属メイド メイ&ハナ








 

 王都で流行っている装飾品については1897~1898年ごろの『ルネ・ラリック』をモデルにしました。因みにセオドリックが最初にプロポーズの際にアニエスに贈ったブローチもこの『ルネ・ラリック』がモデル。

 『ルネ・ラリック』はトンボや鳥や女性をモチーフにした怪しくて繊細でゾクゾクする魅力があり当時の人々を大いに魅了しました。

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