その後47(土足とやぶ蛇)
「サーシャ様、あの人に何かされたのではありませんか?」
ロドリスに連れられて彼女のテーブルに向かう途中。アニエスはそう切り出された。
「あの人とは、……オルコット卿のことですか?」
「あら、ご存じだったのね」
ロドリスが意外そうな顔をする。普段は表に出てこない人物なのだろうか? その割にはずいぶんとフットワークが軽い印象をアニエスは受けた。
「いえ、実は私が見知らぬ人に絡まれていたところをオルコット卿が助けてくださったんです」
それを聞き、ロドリスがやれやれと言った感じで肩をすくめる。
「ナンパから救ってくれて恩人かと思ったら、その恩人もナンパをしてきて……だいぶ呆れたのではありませんか?」
「……えーと、ただフットワークが軽いだけなのでは?」
「そんなことは無いですわ。昨日、晩餐会でサーシャ様を一目見て、それはそれは大層、お気に召していたもの。おそらく最初から今日あたり声をかけようと思っていたのを、先客がいて横からかっさらって行ったというところでしょう」
「卿は昨日の晩餐会にもいらしてたんですね。知らなかったわ……ですが、オルコット卿はセシリア様のお父上なんでしょう?」
「ええ、そうですよ。顔もよく見ればそっくりでしょう?」
「ええ……確かに似ていますね。けど私はセシリア様より年下なのですが……」
「男なんて十代半ばから後半なんてそれこそ大好物でしてよ? 娘より上とか下とか関係ないわ。特にあの一族は好色だもの。私もそのくらいの年齢であの人に食べられてしまいましたものね。ぺろりって具合に」
「……」
「あら、ごめんなさい気まずい思いをさせて。でも、別に彼のことは嫌いじゃないわ、顔もまあまあタイプだし? その娘に娼婦呼ばわりされるのだけは釈然としないですけど……」
「……あの、ではお二人は今も恋人同士なのでしょうか?」
「うーん、ビジネスパートナー? 腐れ縁? 今もたまに抱きたいとかほざ……言ってくるけれど、のらりくらりとかわしていますわ。私、あそこの奥様とも仲がいいからこじれるのは避けたいのよ」
たった一分二分の会話でずいぶん人様の家庭事情に踏み込んでしまい、アニエスは聞いてしまったことをひどく後悔し、反省した。しかし……。
「すみません、人の家のことにずかずか踏み込む気はなかったのですが……でも余計ついでに、もう一つだけ聞いてもよろしいですか? セシリア様とはいったいどうして?」
それに、ロドリスはため息をついたもののしっかりと答えてくれた。
「彼女とは卿の紹介で一時の遊び相手というか、お勉強を適当にみたりしていて……セシリアさんとは年が近いし、私これでもなかなか勉強ができるんですのよ? それであの子、本気で『王宮宮廷行儀見習い』を目指していた時期があって、でももともと勉強嫌いだし集団生活にも向かない性格だし、二度ほど受けたけど二度とも一次で惨敗。けどなぜかそのあとも彼女やオルコット夫人との交流は今でも続いているんです」
アニエスは聞いてますます反省する。
「ごめんなさい。また、やぶ蛇を……」
「『王宮宮廷行儀見習い』に落ちたのは本人の姿勢の問題でもあるし、サーシャ様が気にされることないわ。むしろ周りに一人もいないから『王宮宮廷行儀見習い』ってもはや都市伝説なんだと思っていたくらい。本当に優秀ですのね。やはり幼い頃からそのための準備を?」
アニエスは気まずさを誤魔化すように頬をかきながら言った。
「いえ……ほとんど成り行きというか、なんというか、もちろん試験は受けたのですが」
アニエスが王宮宮廷行儀見習いになったのは、十二歳で竜持ちの『ドラゴニスト』になったため、国の人質という立場を隠すために王宮宮廷行儀見習いになり、自ら囚われの身となるしか、選択肢がなかったという裏事情がある。
「それは、王太子殿下にすでに見初められていたから、やらざるおえなかったということでしょうか?」
それにアニエスは両手をぶんぶんと振って見せた。
「いえいえいえ! 違います。そもそも殿下と会ったのは王宮に入ってしばらくたってからで……、それまでは私にとっても殿下は遠い殿上人な存在でした」
「あら、そうなのね。てっきり幼い頃から約束した間柄なのかと……」
「殿下は私などにはもったいないお方ですわ。きっとその内ふさわしい候補者が現れるに違いない。性格? 手癖? 以外は完璧な方ですもの」
そう謙虚に否定するアニエスの横顔は、文句のつけようがない完璧な姿形をしている。
「サーシャ様は自己評価がだいぶ低いようですね。貴方が王太子殿下の隣りに立って文句を言う人なんてきっといませんわよ?」
「いいえ、私は魔りょ……この張りぼてをどうにかこうにか取り繕っている様な状態ですのよ。それに、これでも身の程はわきまえているつもりです」
「そう? だけど殿下はそんな張りぼてさんに夢中みたい。あのセシリアがコテンパンにやられるくらいにね?」
その時、アニエスは急にあるテーブルを指さした。見覚えのある青髪の青年が座っていてこちらに手を振っている。
「ロドリスさんの席ってもしかしてあの席でしょうか?」
「ええ、そうですよ。よくわかりましたね」
「はい私、目だけは良いので!」
アニエスはそう言い、席に急いだ。
どうやらロドリスはかわされてしまったようだ。
その後ろ姿を追いながらロドリスはアニエスをじっと観察した。
(果たして良いのは目だけかしらね?)




