その後46(夜会とナンパ)
夜会が始まった。
長い一日もこのイベントで最後になる。
セオドリックは先ほどのアニエスの様子が気になり、すぐにでも駆け付けようとした。だが……。
「殿下! お目にかかれて光栄でございます!」
「その黒髪……まるで星と闇を統べる夜の王者のような美しさですわね!」
「殿下、よければ行啓訪問後に我が領地にいらしてください。最高のおもてなしをさせていただきますわ!」
だが、この夜会は今までの物に比べ肩ひじ張らないものだという点。更に先ほどセオドリックもうっかり、身分の上下関係なく遠慮せず無礼講で楽しもう。……などとスピーチで煽ってしまったゆえに、セオドリックが一歩進むごとに、セオドリックとお近づきになりたい人々が芋ずる式に一人現れれば、倍、十倍とずるずると釣れてしまう。
(どうやら、昨日、晩餐会に呼ばれなかった奥方たちも今日は全員いらしているみたいです)
(だろうな。流石は年の功、熟練の技。実に無遠慮にぐいぐいとくる!)
セオドリックとノートンがアイコンタクトをする。
十年以上の付き合いでお互いに目と表情で、何となく言いたいことがわかった。
もはや今後は隠語として古ローゼナタリア聖語も使う必要がないかもしれない。
(くっ、晩餐会や舞踏会と違いカップル入場の規定がないのがネックだったか)
セオドリックがそんな風に人々に囲まれもみくちゃにされている一方。
アニエスは夜会服に身を包み、鼻歌交じりに立食形式の料理で軽くお腹を満たしていた。
屋外オペラの件はまだ頭の中で引っかかるものの、今はそれよりもアニエスにはここである目的があった。
キョロキョロと辺りを軽く見渡すが、目的とする人の姿はなかなか見つけられない。
今日は貴族や議員、有力者の奥方たちが全員、参加していた。だとしたら昨日の晩餐会のメンバーは今日は不参加なのかもしれない。
(会えると思って、トランクの奥からコレを引っ張り出してきたけれど、無駄足だったのかな?)
アニエスはもう少し会場の奥に行ってみようと向きを変える。すると、目の前に男性の厚い胸板が現れた。
アニエスはそれを避けようと左に行こうとする。すると相手も左に、右に行こうとすると相手も右に移動するのでフェイントをかけ合うみたいになる。
(『連続回避本能』が働いているのかしら?)
「失礼、少し通していただけますか?」
アニエスが声をかけると、なぜか相手はよけずに急に会釈をしてきた。
「やっと気づいてくれましたね?」
燃えるようなオレンジっぽい赤い髪、目も燃えるような朱色。実に整った顔。このような地方都市にいるのがもったいない洗練された身のこなしの若き美丈夫。
「? あのごめんなさい、少し急いでいますので通していただけますでしょうか」
それに赤髪の美丈夫がにっこりとほほ笑んで見せる。
「でしたら、僕が案内しますよ。薔薇さえ恋に落としてしまいそうなお美しい方」
だいぶ歯の浮きそうなセリフに、アニエスは苦笑いしつつ、こんなことならコーラを連れてくるべきだったと悔やむ。
目的のために、コーラがいると何かと不都合なため、別に控えてもらったのだ。
「おいおい、警戒されているじゃないか。お前も形無しだな?」
「お嬢さん、大丈夫ですか? ガラの悪いのに引っ掛かって怖かったでしょう?」
アニエスが絡まれている所に、赤髪の後ろから同い年くらいの青年二人が顔を出した。
赤髪の男に比べれば一、二段劣るがこの二人も美男のカテゴリーに入るくらいの容貌をしているし、おまけに三人とも恐ろしく背が高い。
アニエスがスーパーモデル並みの身長なのに、そのアニエスが見上げるような背丈だ。
おそらく六フィート六.七四インチ(約二百センチメートル)は超えるだろう。寒い北方出身だからであろうか?
「ええ、ありがとうございます。それでは……」
しかしその二人にもアニエスを開放する気持ちはもとよりなかった。アニエスの腕を掴むと強引に自分たちに近付ける。
「待ってくださいよ! これも何かの縁、せっかくだからあちらのテーブルで一緒にお話ししませんか? よければ軽くダンスも……」
「……本当、見れば見るほど驚くような美人だよな」
「声も春を告げる雲雀のように美しい……!」
アニエスは考える。
(さて、どう穏便に切り抜けるか?)
どうやら三人とも確実にお酒が入っている。
何のしがらみもなければワインボトル一振りで解決するが、ここではセオドリックに迷惑をかけてしまう。
まずはここは冷静に、腕を掴んだ手をはがすのが先決だろう。
……と思ったその時。
「いやいやいや、探しましたよ!」
そう言いアニエスの腰と掴まれた腕を持って相手の手からするりと外すと、後ろからそのまま受け止める者がいた。
アニエスが振り返るとその人物は銀のハイライトの髪に整えられた髭の恐ろしいまでに美しい、ロマンスグレーだった。
(だ、誰……!?)
しかし、アニエスはこの男性にも見覚えは全くない。男性はアニエスの耳元で囁く。
「どうか話を合わせて……」
アニエスはそれを聞き、この人物も十分、怪しいものの三人とこの一人なら後者を選ぶ方がマシだと思い、その提案に瞬時に乗ることにした。
「私も探しておりました。人が多いし心配したわ」
「いやはや申し訳ない。レディーを一人にするとはこの私としたことが!」
それに対し、例の三人が文句を言おうと或いは喧嘩をしようとして一歩踏み出す。だがそのうちの一人が何かに気付いて叫んだ。
「おい、この男、オルコット卿じゃないか!?」
(オルコット……!? この人が? この街の開発を牛耳っているという)
「私のことを知っているようですね? でしたらここは私に免じて、引いていただけますか?」
ロマンスグレーのオルコット氏がにっこりとする。
それに、赤髪以外の二人が赤髪に何事かコショコショ耳打ちした。
「……これは失礼しました。オルコット卿のお知り合いのお嬢さんとは知らず」
「いえいえ、お酒が入れば間違いもします。全ては、お酒が悪い。では我々はこれで!」
そう言いオルコット卿はアニエスの腰をぐっと抱いたままスタスタと歩き出す。
「あ、あの、助けてくださりありがとうございました。でも私はここでもう……」
すると、オルコット卿がアニエスに顔を近づけて甘い声で言った。
「そんなことを言わずに、どうかせっかくですし……一曲だけでも踊りませんか?」
アニエスは目が点になった。
頭を整理しよう。
オルコット卿は確かあのセシリア嬢の父親ではなかったか?
ということは妻子がいて、下手したらアニエスの父より年上である。
というか、確実にセシリアよりアニエスは年下なのだが……そこのところはいったいどうなっているのだろうか?
「マスター。何をしているのかしら私の連れに?」
だが、天はどうやらアニエスを見放していなかったらしい。まさかの、アニエスが先ほどから探していた人物自ら、ここで名乗り出ててくれたのだ。
「……ロドリスさん!」
「やあ、ロドリス」
オルコット卿が大人の色気と余裕を見せ、ロドリスに甘い笑顔を見せる。
なんとなく、この二人はただの知り合いというには、空気に余計な熱を帯びている気がするのは気のせいだろうか?
「マスター、まずは私が彼女と話したいのだけどいいかしら? 別で埋め合わせをするから」
「しょうがないな。必ずだよ?」
「行きましょうサーシャさん。ずっと探していたのよ」
「ロドリスさん私もです!」
アニエスは嬉しそうに相好を崩した。
「あら、そうだったの? 嬉しいわ。あっちに席があるの早く行きましょう」
「ええ、あ、先ほどは本当にありがとう存じます。それじゃあ!」
アニエスはロドリスの後を追って、ロドリスの隣に並んだ。
(どうやらコレは無駄にならずにすみそう)
果たしてアニエスの目的とは? 次回へ続く。




