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その後45(残酷な神話と警鐘)


※今回のお話には非常にセンシティブでショッキングな内容が含まれます。

 人死や拷問などが苦手な方は今回のお話は避け、次回のお話をお待ちください。

 (今回のお話を読まなくても、本筋には影響がないようにしています)



 

 アニエスは話すのを躊躇(ためら)いながらも静かにその神話……物語を語ることを決めた。


「……ある所に、全ての力の根源、『執着』の行き着く先とされる。けれど非力で無力な娘がおりました……」





ーー


 ある所に、全ての力の根源、『執着』の行き着く先。けれど非力で無力な娘がおりました。


 娘は幼い頃は、人の目を引くような七色に輝くオパール石の瞳以外とくに目立つところのない娘でしたが、この娘に関わると不思議と人々は知恵を授かり、新たに力が目覚め、目を見張る早さでみるみる強くなっていきます。


 その中には、人々から熱烈な支持を受け預言者となる者。

 千や万の軍勢をなぎ倒す英雄となる者。

 奴隷同然の身からどんどん力をつけ国王になる者。

 もともと封じられた男神が封印を解かれ神として覚醒する者。

 

 娘に関わった者、関わる者は大出世をし大いなる力を得ていきました。

 気付けば世界のほとんどの権力の頂点とよばれる者たちが娘から力を得た者ばかりになっています。


 そして、娘は成長すると空に輝く太陽も目が眩むほど、それはそれは美しい娘になり、この娘から力を与えられた者たちは皆、娘を溺愛し、忠誠を誓い、喜んで非力な娘のその手足となることを望みました。


 しかし、この娘を狂おしいほど愛せば愛するほど男たちの間に醜い争いが生じ、娘を独り占めしようと戦い、奪い、攫い、隠し、娘は一時として心休まりません。


 ついに疲れ弱った娘は病気になってしまいます。


 そこで、王や男神たちは和平を結び、娘を無垢な花の姿に変えて、彼ら全員共有の永遠のものとして庇護下に置くことにしました。だけど、これは娘の望むことではありませんでした。


 実は、この娘には幼い頃からただ一途に思う相手がいたのです。


 彼も娘に関わり力をつけた者の一人でしたが、他の者のように大出世するわけでもなく、この娘を愛しながらも娘に何かを望んで要求したり、支配しようとはしませんでした。


 無垢な花にされた娘は男に言います。


「どうかわたしを連れてお逃げください。私はあなたの唯一人の妻になりたいのです」


 男は、娘の願いを聞き入れました。


 男は花になった娘を持ち去り、彼らも追ってこれない世界の果てを目指して逃げ出します。どこまでもどこまでも……。


 すると娘の姿は逃げているうちに次第に花から徐々に元の人の姿に変わっていき、二人は本当の夫婦になることができました。




 しかし、それは、決して許されない禁忌だったのです。




 ようやく世界の果てが見え、二人はこれで自由になれると喜びました。

 最初こそ追手が激しかったものの、今では誰も追いかけてこないことに二人はすっかり油断していたのです。


 世界の果ての出入り口が見え、娘の夫となった男がその出入り口に手を必死に伸ばしました。


 けれど届いたその瞬間、男の腕が吹き飛びました。

 追手は、二人の行き先を予想してずっと前に先回りして待っていたのです。


 捕らえられた男はまず、手足をすべて切りとられ、殴られ、目をつぶされ、耳と鼻を焼かれ、舌と歯を抜かれ、酸を飲まされ、男の男性自身を切り刻み、皮を剥がれ、骨をすべて折られ、猛獣に食われ、ありとあらゆるこの世にある拷問を全て受け、十回も殺されました。


 娘はそんな最も愛する者の非業の最期から目を背けることを許されません。そして、追手を差し向けた王や神が娘のもとに到着するとこう言い放ちました。


「花よ、花よ、我らの無垢なる最も愛しき華よ。今度は絶対に守れるように、逃げられないようにしなくてはならないだろう」


 そう言い直接、自らの手で娘を百、二百と切り刻みその一片一片をそこにいた王や神々、預言者や英雄に平等に分け、その懐に大事そうにしまいました。


 こうして娘は、世を総べる頂点の人々や神の『執着(花嫁)』にして弱点となってしまったのでした。



ーー





『なんだその誰も救われないどうしようもない話は』


 これが、最初に聞いた素直なセオドリックの感想だった。話し終えたアニエスもそれに力なく(うなづ)く。


「私も最初はそう思っていました。非道で滑稽で出所もわからない……というか、もしかすると皇帝陛下のその場で作った作り話かもしれない。神話というには学びや教訓もない話だなと……そんな風だから私も今の今まで忘れていたくらいです」


『まあ、娘の特徴がアニエス自身に被るところがあるから気になるのもわかる 』


「……私のこの瞳の虹彩は、ロナには稀に現れる特徴なんだそうです。私の幼くして亡くなった姉にもオパールや他の石に近い虹彩を持つ人がいました」


『まるで会ったことでもあるような言い方だな。君の兄弟は、皇帝陛下を除いて、君が生まれる前に全員亡くなったと言っていなかったか?』


「…………ふふ、母がよく話してくれたもので」


『でも、娘がロナの者を指すのなら成る程、歴史とも重なるし、あながち全部が嘘とは言えず気になるか……』


「……歴史というか、私には強い警鐘(けいしょう)に聞こえるのです」


『警鐘?』


「殿下は、愛する者に裏切られたら、その相手を殺しても自分のものにしたいですか?」


『馬鹿を言うな。むしろ誰よりも生かしたいと思うし、幸せにしたいと思うものだろう』


「では、愛する者が愛して結ばれた別の相手はどうですか?」


『はあ? 十回で足りるか。万と二千回ぶっ殺す』


 セオドリックの使い魔がふうんっと鼻息を大きくぷんぷんしている。


「ええ? ……どれだけなのですか」


『こういうことに嘘はつきたくない』


「……殿下らしいお答えです。申し訳ありません、やはり私は今夜は酔っているようです。今夜、変なことを申しましたこと、どうかお忘れください」


『そうか、でもついでに言うと、どんな状況下でも惚れた女のたとえ一部でも誰かと共有するなんて私はまっぴら御免だ。髪の毛一本、爪の先まで、私の愛する者を誰にも渡したりするものか』


「さようで、それはそれで身の毛のよだつお話のような……」


『ああ、恐ろしいだろう? だけどアニエス、どうか忘れず覚えておいてくれ』


「私も、酔いが醒めた後のことは保証しかねます」


『じゃあ、酔っていないときにベッドの上でその耳元で囁いてやるしかないかな?』


 アニエスはくるりと後ろを向いた。


「コーラ、夜会があるからさっさと出ましょうか?」


「はい、お嬢様」


『おい聞けよ』


 果たして、この神話は事実かあるいは警鐘なのか、その正体は今はわからない。本当にたまたま関連ワードで頭に浮かんできただけかもしれない。

 けれど、アニエスは娘の夫になった男が、ジオルグの顔をしている気がしてならないのだ。そして、その娘の顔は……。


(全く子供でもないのに、物語の主人公にでもなったつもりなのアニエス?)


 アニエスの顔はもう赤くないし、脳みそはいつもよりクリアなくらいでアニエスの酔いは完全に冷めていた。けれどずっと動悸と手の震えが止まらない。

 

 

 アニエスのその胸に不吉な予感が着実に根を下ろし始めていた。

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