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その後44(『魔脈』と婚姻届け)

 

 今回のオペラで上演された戯曲は王都でも人気作品なのでセオドリックも何度か観たことがあるが、音響トラブルはあったものの演出や演技、舞台芸術など凝っており、素直に見応えがあり楽しめた。


 これにもあのセシリアの父オルコット氏が関わっているのなら、やはりオルコット氏はかなりできる人物らしい。

 

 舞台が終わり観客のアンコールの声がかかる。

 それに応えて幕が開き、キャストの面々が横並び一列で観客に向かって膝を折って挨拶をした。


『これにこそ、ブラボーを言わないのか? アニエス』


 使い魔を通してセオドリックがアニエスにからかうように言う。だが、アニエスに反応がなかった。


 不審に思ったセオドリックがアニエスを見ると、板に釘で打ち付けたようなまっすぐな背筋に、膝の上で指先までぴったりと揃えた手と怖ろしく良い姿勢で、舞台を見つめたまま紙のように真っ白な顔色にうつろな目のアニエスが無言で座っている。


『アニエスどうしたんだ、もしや気分が悪いのか? 少し横になるか、それとも外に出るか?』


 セオドリックがその様子に、アニエスが酒に酔って具合が悪いのを必死で我慢しているのかと思い、心配して声をかける。


 アニエスはそれでもしばらく舞台上への視線を泳がせながら黙っていたが、急にハッとしたようにセオドリックの使い魔に視線を合わせた。


「あ、殿下、大丈夫です。お気遣いありがとう存じます。少し思うことがあってボーっとしてしまいました」


『ずいぶんらしくないじゃないか……なにか、(さわ)りがあることなのか?』


「いえ、いえいえ……。あの殿下……もし、もしも気が狂うほど人を愛することがあって、自分の気持ちにその人が応えなければ、極端な話いっそ殺して、たとえその人の一部でも自分のものにしたいと思うものでしょうか?」


 アニエスが急にあまりにらしくないことを言うので、セオドリックは不審に思う。


『どうしたんだ急に? ……あれは物語で、センセーショナルな内容で客の関心を引くためのただの演出だろう』


「そうですね……そうなのですけれど……でも」


『アニエス、酔って変な妄執に囚われているんじゃないか? しっかりしろ』


「殿下、あの私の目が舞台が始まってから変なのです。……魔脈(まみゃく)が……見えるのです」


魔脈(まみゃく)? そんなのは君には最初から見えているだろう』


 アニエスは魔力ゼロの魔力無しだ。


 その代わりに……というわけではないが、アニエスには他の人間には見えないものが見える。


 人には見えない人や生物。そう有機物、無機物関わらず、身体に流れる魔力の姿やその魔力の湧いてくる来る根源がまるで人体模型の血管のような形の『魔脈(まみゃく)』として見えるのだ。


 また、魔力の強さにもよるが、魔力の使われた後の残滓(ざんし)やそれが誰の物なのかもある程度の広範囲で識別できる。


「はい、これは幼い頃からの私の体質です。でもそれも近頃では長年の訓練により、自分でコントロールが可能になり、普段は気にならないよう見えないように自分の中のスイッチをほとんど切っています。だから、おそらく他の人の視界となんら変わらない世界が見えているはずです」


『出会い頭にその体質のために、私もとんでもない目にあったからな』


「……もちろん、それは感情的になった当時の私が一番悪いのですが、殿下が私に手出ししなければ、私も殿下に何もしなかったはずなのですが……?」


『まあ、あれは運命だから仕方ないよ』


「何でも良いようにとらえますねこのセクハラ殿下は! ……話を戻します。魔脈はさっきも申し上げたように普段は見ないで過ごせています。なのに……舞台が始まると同時に、勝手に目の前に膨大な魔脈の情報が溢れ出しました」


 アニエスは片方の手の拳をもう片方の手でギュッと握る。手が震えるか、汗がひどいのかもしれない。


「魔脈があんなイルミネーションみたいに見えたりするとは思いもよりませんでした。何の感情もなければ心から楽しめそうなくらい光が何重にも重なり広がっていて美しいくらい」


『酔っていたから、体質のコントロールが甘くなったんじゃないか? 酔っていていつも出来ていたことが出来なくなるのは往々(おうおう)にしてあることだ』


「私もそう思いたいのですが……。でも異変はそれだけじゃなくて……昔ヴァルハラ帝国の現皇帝陛下にされた古い神話が、なぜか急に頭に鮮明に浮かんできたのです」


『皇帝陛下、というか、君の実の兄にあたる人だろう?』


「……………………どうしてあの方を兄と呼びたくないのか、最近頂いたお手紙に同封されたものを殿下にもお教えしましょうか? 皇帝陛下の署名済みのヴァルハラとローゼナタリア両国の『婚姻届け』と結納品の一覧表ですよ?」


 ヴァルハラ帝国のだけでなく、ローゼナタリア連合王国と、念のため両方の婚姻届けをわざわざ用意しているあたりに、皇帝陛下のヤバさ加減が二乗して現れている。


『……うん、何にもお変わりなく元気そうだということはよくわかった……』


「あの方は私の中で『名前を呼んではいけないあの人』ですからね!」


『それ、もはや伝説の魔王扱いじゃないか……? で、その皇帝陛下からどんな話をされたんだ。……よければ私にも話してみてくれないかアニエス』


「古い神話、お伽話の類で殿下にとっては余りにくだらなくて、ご興味を惹かれないかもしれません」


『アニエスが自分から話したいという話に、私が興味がないとでも? ここからは余計なちゃちゃを入れたりしない。だから、どうかその話を私にも教えてくれ』


 セオドリックの使い魔の目に、アニエスの姿だけが真っすぐに映っている。

 使い魔は先ほどまでのくつろいだ伏せの姿勢から、お座りの態勢へと姿勢を正す。真剣に聞こうとするのがその姿からうかがえた。


 アニエスはそれを見ても一瞬、話すのを躊躇(ためら)いながら、静かにその神話……物語を語ることを決める。




「……ある所に、全ての力の根源、『執着』の行き着く先とされる。けれど非力で無力な娘がおりました……」



 こうしてアニエスはその古い神話でありお伽話であり重要な物語を語り始めるのであった。






~セオドリックとアニエスの出会い~


 パブリックスクール『エールロード』にエースとアレクサンダーに会うために侵入したアニエスに、興味を持ったセオドリックが王宮でアニエス12歳の唇を奪ったことで、アニエスの強い怒りにあい魔脈の流れを止められ、一時期セオドリックは魔法不能になってしまった。

 その後セオドリックの妹姫タニアの計らいで、大変反省していたアニエスがセオドリックの治療をするという取り成しにより和解。

 これがセオドリックがアニエスと親しくなり、惹かれていくきっかけとなる。

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