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その後43(お伽話と首と罪)

 

 オペラの内容はこのような物語だった。



ーー

 あるところに踊りを得意とするそれはそれはそれは美しいお姫様サロンがおりました。

 彼女を愛する男性はたくさんいましたが、その中でも彼女にひと際、熱い視線を送る者がいます。

 それは、現国王ドロエです。サロンの伯父にあたり、サロンの父が死んだあと母が再婚した相手でもありました。


 ドロエはサロンの父に昔から強いコンプレックスを持ち、サロンの父を殺してその妻と地位を我が物にしただけでは飽き足らず、年々美しく成長するサロンも我が物にしたいと欲望を抱くようになりました。


 ドロエは事あるごとにサロンに薄い衣だけ身に着けて、その優美なダンスを踊ってほしいと懇願しますが、サロンは父王を殺したドロエの要求に微笑むだけで、さっといつもドロエから見えないように王妃の母の陰に隠れ、その要求に決してこたえません。


 ドロエのサロンへの想いはどんどん募っていくことになりました。


 国王ドロエには他にも悩みがあります。

 それは、ドロエが兄王の妻を娶ったことを天が怒っていると預言者ヨカナが自分を非難していることでした。


「国王ドロエはその報いを受け、必ず最も欲するものを失うことだろう」


 ヨカナはたいへん市民の尊敬と信頼を集めていたため、ドロエはこれ以上ヨカナを野放しにするのを危険と考え、捕らえて独房に入れてしまいます。


 これで、ヨカナの問題は解決したとドロエは思いました。しかし、そうはなりませんでした。


 独房に入れられる日に偶然その美しいヨカナの姿を見てしまったサロンがヨカナを一目で愛してしまったのです。


 それからというものサロンは足繫くヨカナのもとに通い、彼に愛を囁きます。サロンは姿だけでなく声も美しかったため、ヨカナでなければ、たちまち相手も恋をしたことでしょう。

 

 けれど、残酷なことに神にその身を捧げたヨカナはサロンに全く興味を示しません。むしろ彼女の存在を強く否定しました。


 最初はそれでもサロンはめげずに健気に想い続けていましたが、拒絶され続けるうちに、サロンの愛はやがて憎しみの加わったものに変貌していきます。


 ある日、決定的な拒絶をされたサロンはこのヨカナを服従させ、必ず口付けをすることを彼に宣言しました。


 その次の日の王宮の宴の席、サロンに踊るようにドロエは再度、要求します。今日はいつもと違いやたらしつこくドロエは決して折れません。ドロエは言いました。


「そなたが踊ってくれるなら、港でも領地でも宝石の山でも何でも好きなものをほうびにとらせよう」

 

 それに頑なだったサロンは目の色を変え聞き返しました。


「本当に? 陛下、本当に私が踊ったら私の欲しいものを何でもくださいますか?」


「ああ、余に二言はない。約束は必ず守ろう」


「わかりました。それならどんな踊りも私は踊りきってみせます」


 サロンは薄衣のドレスだけを身に着け、国王ドロエが満足する素晴らしい舞を踊って見せました。ドロエは踊りを見た後に言いました。


「素晴らしい舞だった。よろしいそなたの望むものを何でも一つ言うがいい!」


 サロンはそれを聞き嬉しそうに微笑み、悪魔のような一言を放ちました。


「それではどうか、私に愛しのあの方……ヨカナのその首をください」


 それを聞きドロエは絶望しました。しかし、王がした約束は絶対です。


「おお何故なんだサロン。いったい何故そんなものを……しかし、約束は約束だ……守らねばならない。おい、わが優秀な首切り役人よ。今すぐ独房に赴きそこにある盆にヨカナの首を乗せて戻ってくるように。……そして、私の可愛いサロンにそれを差し出すのだ」


 呼ばれた仮面の首切り役人は、数人の家臣を引き連れ独房へと向かいました。その仕事は一切の無駄なく行われ、盆には綺麗に拭われたヨカナの首をしっかりと乗せて戻ってきました。


 ヨカナは死んだばかりで、その血色には生きているかのような赤みが差し、暴れた様子もないその首は眠っているかのようで、生前の美貌はそのままです。

 その首を差し出されたサロンはうっとりとヨカナの髪を撫でました。


「ああ、ヨカナ、ヨカナ、ヨカーナ、ヨカナ、私の愛、私の純潔、私の毒、私の月よ。ようやく私のものになってくださいましたね。うふふ……私は約束を果たします。私と貴方はいま夫婦になるのです!」


 サロンはその唇に口付けをします。何度でも……。そして、その首の乗った盆を持ったままくるくると口付けを繰り返しながら狂い踊りました。


 宴の客もドロエも絶句し、そのおぞましくも美しい舞に釘付けです。 


「何ということか……!? 我が愛しき娘サロンは狂っている! 悪魔の子だ。……首切り役人よ。新たな仕事だ。あの娘の……首を狩れ!」


 首切り役人は立ち上がると、一歩二歩と近付き、サロンの踊る軌道の輪に自分も入って行き、自分も斧を持ちながらくるくると回ります。体面に踊る姿はまるで二人でダンスを踊っているかのように……。

 

 やがて首切り役人は踊りながら、タイミングを見て斧を構えます。

 そして、サロンが改めてその首に口付けした瞬間、首切り役人はその斧をサロンの首に対し垂直に薙ぎ払いました。

 サロンの首が切られその体から離れると、首は自由落下し、ゴロンと床に転がり落ちました。サロンのその顔は血にあふれる口に笑みを浮かべながら、幸せそうです。


 首切り役人は今度もまた見事に仕事を遂行したのです。


 首切り役人は斧の血を払うと背中に背負い、ドロエのもとへと歩を進め国王の前にその膝を折りました。


「……首切り役人よ。よくやった面を上げよ」


 首切り役人はその仮面を外し、面を上げました。

 それを見た人々は息をのみ、短く悲鳴を上げます。


 とり憑いたのか入れ替わったか、なんとその首切り役人の顔はヨカナその人だったのです。


『国王ドロエよ、私の言った通りであっただろう? 貴方は最も欲するものを永遠に失ったのだ』


 国王ドロエは発狂し天に向かって叫ぶのでした。


ーー


 こうして、このオペラは拍手喝采の中、幕を下ろしたのだった。





~オペラのモデルの戯曲~ 

1891年、オスカー・ワイルドによって書かれた新約聖書を元にした内容『サロメ』の戯曲を、今回の物語の舞台のモデルにさせていただきました。

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