その後41(屋外オペラと使い魔・後編)
ーーこれは、セオドリック視点でのアニエスの席の様子。
「お嬢様! いいかげんにしてくださいまし! アレクサンダー様でなくとも怒りますよ」
「うーん、わかったわ。そろそろ控えるわね」
(こいつ……人が悩んでいたにもかかわらず、自由を謳歌して羽を伸ばしていたな)
セオドリックが使い魔を通してアニエスの席に行くと、アニエスはすでに三杯ものお酒のグラスを開けていた。
呂律はちゃんと回っているものの顔は赤く、酔っているのは明白だ。
目がいつもよりとろんとして頬はばら色に染まり、口角は常に上がった状態でほんのり緩んでいる。
(しょうがない奴だ。私の忠告通りちゃんとミルクを入れて酒を頼むあたりは、素直でかわいらしいが……)
セオドリックは使い魔の不可視状態をすぐに解除した。
こうすれば相手から使い魔は丸見えになる。
案の定、アニエスもそれでセオドリックの使い魔の存在にすぐに気付いてくれた。
「可愛いねえ、君はどこから来たの? ノラ? 良かったら家に来る?」
アニエスは使い魔にそう甘く囁く。
(……やさしい。こんなことをアニエスに言われたらどんな動物も着いて行くぞ? 大丈夫なのか?)
だが、ここからアニエスはセオドリックの予想もしていなかった行動をどんどんと取ることになる。
まず自分の手袋を外しセオドリックの使い魔の全身を撫でまわし始めた。
アニエスからすればそのふわふわの毛並みを直に触りたいという、当然の欲求からの結果だが、アニエスの手は世にも恐ろしい『滑め手』であり、触れられたものは恐ろしい快感を与えられることになる。
つまりそれは全身を敏感な性感帯にされるのと同義ということだ。
病気と称されるほど恋焦がれる乙女に、この手で何の覚悟もなく無防備に全身を撫でまわされた使い魔(=セオドリック)がどうなったのか、皆さんもぜひ想像を逞しくしていただきたい……。
案の定、セオドリックも散々撫でまわされた後、自分の席で悶え、息もたえだえになっていた。
「で、殿下!? 急に苦しみだして何があったのですか? 大丈夫なのですか!? お気を確かに!」
……はたから見ていればそうもなるだろう。
「あ、あいつ……とんでもないことを」
「攻撃でもされたのですか?」
「いや……あいつのしたことはもっと恐ろしいことだ……!」
「も、もっと恐ろしい……!?」
ノートンはごくりと生唾を飲み込んだ。
「身の安全のためにも、とっとと自分の正体を明かさないと……」
「流石はアニエス嬢……身元の知れない獣に対する警戒心もばっちりですね!」
セオドリックはその手が止むとすぐに使い魔を通してアニエスの膝に飛び乗り、アニエスの肩に前足をかけて話しかけようとした。
だが、使い魔を通して声を出すという訓練を、いままでほとんどしてこなかったため、思ったように声を出せない。
アニエスをじっと見つめたまま口を必死にハクハク動かし、ようやく声が出せそうになった。
「アニ……」
「んーーーーー!」
だが、その口はあっけなく封じられてしまった。夢にまで見る愛しい乙女の柔らかい唇によって……。
突然のことにセオドリックは使い魔を通してパニックになる。
だがそんなことはお構いなしに、酔ってかわいい動物を愛でているだけのアニエスはちゅっ、ちゅちゅっちゅっと何度もキスの雨を降らせた。
このような突然降って湧いた幸福に、人はどうやら混乱せずにはいられないらしい。
拒否も何も頭がフリーズして動けず、どこまでもされるがままになる。
「お嬢様、不衛生ですよ!」
なので、アニエスのヤングレディーズメイドのコーラが止めてくれたのはある意味セオドリックにとってありがたかった。
しかしアニエスはそれに同意を示しつつも、酔っているため本能に赴くままに……。
「そうね……ちゅっ」
不衛生と思いつつも、この使い魔の可愛さに抗えずにまたキスを落とす。
アニエスにとろんと愛しげに何度も使い魔を通しキスされたセオドリックは、そのあまりの夢心地に自分こそ酒にでも酔っているかのような錯覚を覚えた。
「だってこんなに可愛いんだもん! ……でも君はもしかして嫌だった?」
もちろん嫌なわけがなかった。アニエスとこうなることをセオドリックはどれほどの月日、夢みたか知れない。
灼熱の砂漠で水を欲するようにセオドリックは今までアニエスを求めてきたのだ。
ただ、それは使い魔を通してなどではなくちゃんとセオドリックをセオドリックと認識して、アニエスに求めてほしいという思いがセオドリックにはあった。
すりすりと頬ずりしてくる頬のベルベットのような柔らかさも、その実り豊かで綺麗な胸に埋もれるのも非常に嬉しく楽しいはずが、なんだか素直に喜べない。それはセオドリック本人にさえ実に意外だった。
だが、アニエスの猛攻は更に続く。
「今日はこの子には寒いんじゃないかな? 少しドレスを緩めて服の中に入れてあげたら喜ぶと思う?」
「引っ搔かれませんか?」
「大人しいから大丈夫よ。コーラ、この子を少しお願い」
アニエスは使い魔をコーラに一度預けるとするするとドレスを緩めだした。それに、セオドリックはたいへん慌てた。
「おまたせ、さあベビーちゃん、ママのお洋服の中に入っていっぱいいっぱい甘えましょう?」
(アニエスに赤ちゃん扱いされるのは気恥ずかしいし、何だか体の奥がムズムズするが、全くもって嫌ではないんだよな……って、言っている場合か阿呆か自分は!)
アニエスが胸の前を開き中に入れようとしたとき。セオドリックは使い魔の口で声を張り上げた。
『ま、待った……待ってくれアニエス』
「……へっ?」
アニエスの間が抜けた声が空に吸い込まれる。
「……殿下。セオドリック様の声が幻聴で聞こえる。飲みすぎたのかしら?」
アニエスはきょろきょろと見渡す。その声が、まさかその手の中にいる生き物からしているとは夢にも思っていないらしい。
『君の手にしている小動物だ。それは、私の使い魔だ』
セオドリックは、アニエスの使い魔に対する行動が止まったことで普段の調子をだんだんと取り戻してきた。
「……使い魔?」
アニエスは目の前のこの小動物からセオドリックの声がすることにいまだピンと来ておらず、どこかぼんやりとした返事だ。
『ああ、そして今、その使い魔と私は全身の五感のほぼ全てを共有している』
けれど残酷だろうが何だろうが、真実は告げなければならない。
「…………つまり?」
アニエスは、ようやく目の前に起こっていることを全て受け入れ、頭の中で状況を整理しだした。整理が完了し完全に理解すると、その顔からは血の気が引き、カタカタカタッと壊れたカラクリのように震えだす。
「え、え、え、では、それはつまりあれを私は殿下にしていたと……?」
ギャーーーッとアニエスは思わず声を押し殺してうずくまった。
しかし、その手に使い魔は抱えられたままでアニエスの胸に押し潰されそうになっている。これは、セオドリックを自分の胸で押しつぶしているのも同じことだ。
『ちょ、まっ、あに、そ、そんな風にされたら……!』
言われてアニエスはハッとして使い魔を自分の体から離した。
「な、な、なん……!」
『すまない、最初に話しかけようとしたら、その、……いきなり口を塞がれて』
アニエスの顔は冬の林檎のように赤くなり、首までその色で羞恥に染まる。
「~~~~~~~~~~~~っっ! う、埋めてください今すぐ! それが駄目なら殿下、どうか今すぐ記憶喪失になってください! 一生のお願いでございます」
赤く潤んで涙目になり、小鹿のように震えているアニエスは実に庇護欲をそそり、その願いをセオドリックは是非とも聞いて叶えてやりたかった。
……だがもちろんそんなことは不可能である。
『無茶言うな!』
アニエスはこうして新たな黒歴史をその身に刻むことになったのだった。
~アニエスの胸~
アニエスの胸は16歳時点でGカップ。
Gカップはトップバストとアンダーバスト(※胸の下の付け根のこと)との差はおよそ24.0~26.0センチメートル。
両胸でおおよそ2.1キログラム。フルーツに例えるとその大きさ。約中玉メロン2個分である。




