その後35(美少女と白金の薔薇)(※new挿絵あり)
「遅くなってしまい本当に申し訳ない」
ノートンの忠告に従い、ティールームに入る直前セオドリックはアニエスを放し客人の前に進み出た。
男性的かつ甘いマスクで微笑みかけ、女性陣の手の甲にキスを落とし男性には握手を求める。そして間髪入れずにノートンがフォローに入った。
「本日の予定が押しに押してしまい、このような時間になりました。これも我々側の管理の責任です」
それに対し待っていたセシリア嬢とロドリス嬢、ロドリス嬢の連れである青髪の青年紳士は首を振り、受け入れてくれた。
「もともと公務でいらしているんですもの。お仕事なら致しかたないのでお気になさらないでくださいね」
セシリアが代表してそう微笑んで返した。
「それからロドリスさんのお友達ですよね? 初めましてセシリア・オルコットです」
セシリアが美しい水色がかった銀髪を揺らし、アニエスに挨拶をした。
「ご挨拶いただきありがとう存じます。私はサーシャ。『サーシャ・ヘイズ』と申します。本日お会いできたこと嬉しく思います」
アニエスは制約があるため、仮名で挨拶を返す。
それにしてもセシリアは近くで見るとますます美しい少女だった。
まるで繊細な雪の結晶のような美しさで、ピンク色の瞳は神秘的に輝き、ものすごい美人をあまた見慣れているはずのアニエスさえ感嘆の声が洩れそうになったくらいだ。
しかもこんな儚げな印象なのに、ちゃんと出るとこは出て引っ込むべきとこは引っ込む。その美しい肌は常にこちらを誘惑するようにつやつやと光っている。
アニエスは他の二人にも挨拶すると一度うしろへ引っ込みノートンの隣りに立った。
「アニエス嬢、なかなか良い挨拶でしたね」
「……」
「アニエス嬢?」
「……腹が立つー!」
「はっ?」
アニエスはノートンにがばっと向き直り、鼻息荒く言った。
「何なんですかあのものすごい美人は! セオドリック様はあんな女神みたいな方とお付き合いしていたんですか!? 羨ましい。ただでさえあーんなすごい美人の妹のタニア様がいながら、どんだけ恵まれた羨ましい環境にいるんですか!!」
「アニエス嬢……アニエス嬢、落ち着いてください。羨ましすぎて『羨ましい』を二回も言っています」
「もう、爆発しろって感じですね!」
「アニエス嬢あんまり言うとあらぬ性癖を疑われかねませんよ?」
「はっ、セオドリック様のもとにあんな美しい方ばかり集まるから、世界の美人は多くの男性に分配されず。何なら一生結婚できない男性がいるのでは……?」
「どんだけスケールが大きい話になっているのですか。それはさすがにないのではないかと」
「何をごちゃごちゃ話しているんだ」
セオドリックが一度こっちに戻ってきて、ノートンに細々と指示を出す。それをアニエスはじーっと見つめた。
「アニエス、そんなに見つめていったいどうした?」
アニエスはセオドリックを見つめたまま、やがて目を瞑り、静かに合掌した。
「どうか可愛い女の子や美少女ともっとお友達になれますように……」
「拝むな」
「あ、セオドリック様これを……」
アニエスはセオドリックの手のひらに一ログニスク金貨を置いて握らせる。
「そして、お布施をするな」
セオドリックは渡された金貨をアニエスに返してその薄い肩を持つと、茶会の席にずりずりと引きずって行ってしまった。それをノートンはハンカチを振ってご武運をーと見送る。
「皆さんに遅れたお詫びを準備したので、どうか受け取っていただきたい」
そう言いセオドリックは女性二人にバラの花束と美しい毛皮の帽子をそれぞれプレゼントした。
これにはセシリアもロドリスも驚きつつも嬉しそう。
因みに青年紳士には木箱に入った高級シガーを贈っている。
果たしてセオドリックは遅刻をするたびに、まめまめしくこんなことをしているのだろうか?
いいや、そもそもセオドリックは基本的に遅刻をしないからこその今回の件の特別な配慮なのだ。
そして、そんな珍しい遅刻もアニエス絡みで我を通したためだった。
「サーシャにはこれを」
そう言いセオドリックはサーシャ……アニエスの髪に高純度の白金で出来た薔薇の一輪挿しをさした。
「殿下、私は何も待ってはおりませんが……」
「しかし、午前中に君に嫌な思いをさせただろう? そのお詫びだ」
それならもうとっくにお互い様のはずなのだが、セオドリックは薔薇を直すふりをしてアニエスの髪や顔に触れ、飛び切り甘い視線をアニエスに送り、微笑んでいる。
だが、その時。
ガシャンとセシリアの側のグラスが倒れた。
「まあ、ごめんなさい。グラスを倒してしまいましたわ!」
「おい大丈夫か! 手が赤いぞ!?」
セオドリックはそれを見てすっくと立ち上がり、セシリアのもとに移動した。
どうやら割れたグラスで指を少し切ってしまったようで、セオドリックは自分のハンカチで彼女の患部を押さえ、優しく声をかけている。
これに関してアニエスはセオドリックの親切さとフットワークの軽さにいたく感心したくらいだったのだが。その時、偶然にもセシリアと目が合った。
セシリアはアニエスを見つめるとそれはそれは意地悪そうに微笑んだ。
それにアニエスが驚き目を開くと、セシリアは急に辛そうな声を出しセオドリックに甘えだした。
「セオドリック様、なんだか眩暈がしてまいりました」
「大丈夫か? 血を見て貧血を起こしたのかもしれないな。誰か早く救急箱を」
セシリアはそのままふらっとセオドリックの胸にもたれかかる。まるで恋人のようなかなりの密着度だ。
そんな二人の世界は本当に額縁に飾った絵のようで、みんながセシリアを心配をするのもうっかり忘れて見入っていると、急に下からアニエスの袖がぐいぐいと引っ張られた。
それはロドリスだった。
アニエスが気付きロドリスを見ると、ロドリスは口だけを動かして「大丈夫?」と聞いてきた。
アニエスはそれに、なんだかよく解らないままとりあえず小さく頷く。
ロドリスはそれを見てニコッと笑うと、さらさらと貰ったバラの花に何かを書いて、そのままバラを一本アニエスにくれた。
そのバラにはこう書いてある。
『黒い羊に気を付けて』
黒い羊とは、集団内で身勝手で異質な成員を指して暗喩している言葉だ。
アニエスがロドリスを見ると、また意味ありげに彼女はニコッと笑う。
(つまりこれは、セシリア様は黒い羊だから気をつけろということかな?)
アニエスは何となくそれだけではないような……何か引っ掛かりを感じた。
(黒い羊……黒い羊を私は他の何か知っていたっけ……?)
アニエスが頭をひねる。が、いまいち思い出せない。
そして悩むアニエスの一方で、セオドリックの席では大変なことが起こっていたのだが、それはまた次回のお話。
セシリア




