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4、三つの条件


「条件?」


 そう言われアニエスはその言葉を繰り返した。


「そうだ。彼がとても有用なのはわかったよ。でもたとえその才能が本物だったところで資金が途絶えれば錬金術師はただの人。その研究にはどちらにしろ莫大な資金がかかるは明白」


「せっかくのチャンスを他の人や他国にみすみす取られてもかまわないと?」


「ああ、確かに無限にどんな金属……例えばミスリルさえ生成できれば、それは私にも国にもいずれその資金をも超える大きな利をもたらすだろう。だがすでに我が国には君を含めた三柱(みはしら)もの竜のカードがある。世界そのものすらひっくり返しかねないほどの超ド級の最強カードだ。それがこれだけ手中にある中、ジオルグ・アルマというカードはあるとまあ便利だけれど……それほど魅力的だとは思えない」


 セオドリックはさらに続けた。


「……というか、そのわずかな利得のために君を奴のそばに置くというのは私の個人的感情としては、大損もいいところだ!」


「いつも国益を第一に冷静なセオドリック様がここで個人を出すのですか?」


「それは君も一緒じゃないかな。私の機嫌を損ねるくらいなら彼を切った方がよほど懸命だぞ?」


「なるほど……ではその条件というのはつまりは、セオドリック様のご機嫌取りなわけですね?」


「さすがは、お話が早いアニエス嬢」


 アニエスは少し考えてから、スッと聞く体制になった。どうやら条件を聞くつもりになったようだ。


「条件は三つ」

「えっ三つ!?」

「なんだ不服か?」


「セオドリック様の出す条件の一つ一つがとても軽いものとは思えないのですが……」


「これでも十分譲歩していると思うよ。私は彼を社会的、精神的、肉体的に抹殺することなんて造作もないことを考えればな」


 それを言われたらアニエスはぐうの音も出ない。

 列強であるローゼナタリアの王太子セオドリックのプライドを傷つけたのだ。

 その代償の大きさにアニエスは改めて打ちのめされた気がした。


 しかし、そんなプライドよりもセオドリックの強い愛憎が絡んでいることを当の本人のアニエスは全く分かっていない。そして、それが何よりも厄介であることも……。


「わかりました。できる限りの誠意をお見せしたいと存じます」


「ありがとう。では一つ目の条件。ジオルグ・アルマと私が同席した場合必ず私の隣りに座ること」


「はい」


 一つ目の条件は思ったほどのものでもなかった。


「二つ目は、私は国王就任に向け宣伝や視察の意味も込めて度々、行啓訪問(ぎょうけいほうもん)することを予定している。期間は少なくとも数か月。月に多くて二、三回。日帰りもあれば距離や天候によっては何泊あるいは十日ほどの泊りも発生する。その際に、君は私の専用の侍女及び秘書の一人として私の要望があれば必ず同行をすること」


「え! ノートン様がいるのに側仕えの経験もろくにない私がでございますか?!」


「ああ、その際はもちろんノートンも一緒に同行する。君を同行させるのはその場の空気を和らげたり、いわゆる美しく花を添えるといった意味でだ。君は先日のデビュタントの新聞記事でたいへん評判が良かったからな。同行する王室メディアもさぞ喜ぶ」


(うわぁっ、嫌ことを思い出させる……)


 アニエスは思い出して頭を抱えた。

 ロナ家は一切手を回していなかったにも関わらずアニエスのデビュタントの記事が各社の新聞の一面をにぎわせた。

 それも多額の寄付金を新聞社に送っていた他のご令嬢を差し置いてだ!


 あの後どれほどの恨みつらみの手紙と脅迫状を受け取り、しばらく堂々と外を歩けなかったことか……。思い出すだけで胃がシクシクと痛む。


「各地では様々な行事にも一緒に参加してもらう。祭りや観劇や晩餐会。スポーツや各地の名物や地ビールやワインを食したり、時には飛行船で空からの視察。船からの視察。その際は偶然にもイルカやクジラにも遭遇するかもしれないな……。それらを常に私の隣りに立って、私の世話をしながら一緒に周ってもらう」


「あの…………真面目な行啓訪問の話のはずなのに非常に楽しそうな内容に聞こえるのは気のせいでしょうか? 内容だけならまるで新婚夫婦の旅行やデートの予定みたいです……」


「そうか? それは受け取り手によるのではないのかな。あくまで公務だ!」


「で、でも、私も自分の事業を起こしたばかりでそちらに手いっぱいでして毎度毎度、伺えるかどうか……」


「それについては大丈夫。事業の運営スケジュールは毎回報告を受けているし、それに合わせてノートンが完璧に調整してくれるからな!」


 ぶえっくしょん! と誰かが遠く廊下側で盛大なしゃみをしている気がした。


「でも……臨時の予定が入るかも……」


「ふうん、それはつまり今までもたびたび臨時の予定が入っていたのかな? そんな話は今初めて聞いたのだが? 私はいわば君の事業のスポンサーで筆頭株主。そんな私にそれを今の今まで報告もせず、いわば虚偽の報告をしていたと?」


「そ、そこまでは! でもいつどこで突然のチャンスに見舞われるかわかりません。ある程度のフレキシブルさは当然、必要です!」


「そうだな。ジオルグ・アルマの件みたいにな。チャンスが来たら一晩じっくり過ごさなきゃわからないし!」


「……わあ、楽しい予定がいっぱいの訪問で楽しみだな! 仕事の予定の変更はすぐにご報告しますので、どうかなるべくのご配慮をお願いしますぅ!」


 アニエスは先ほどから背中の冷や汗が止まらない。

 何故にこんなことになってしまったのだろうか? 


 これ以上悪い方向に行かないよう出来るだけ礼儀も怠らないよう迅速に行動したつもりが、その思いとは裏腹に波はどんどんアニエスに不利な方へ不利な方へと、逃げられない沖へと流されていく……。


「そして、三つ目だが」


 そうだ、まだあったんだ! とアニエスはうな垂れた。そして今回はなんだかとびきり嫌な予感がする。


「今ここで私と口付けをすること。これが飲めないのなら今までの話は全て何もかも白紙に戻すこととする」


 やはり嫌な予感は当たるものだ。

 こうして最後に爆弾が投下されたのだから……!

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