その後32(竜とは何か)
「では殿下、夜の屋外オペラと夜会で後ほど。どうぞそれまで殿下のご休憩用にご用意した街一番の歴史と格式のあるホテルでお休みください」
「気遣いありがとう。では、また後程よろしくお願いいたしますね」
セオドリックはにこやかに手を振る。
実は市長らの知らないところで八時間もぐっすり休んだため、今は夜もドンと来いという感じだ。
対して、セオドリックの隣りに立つノートンは通常営業だったためその顔に疲れが出始めていた。
「……殿下、ノートン様も休まれた方が良いのでは?」
「確かにノートンは常にハードワーク気味だし休ませたいな。アニエス、さっきの魔符は今は何枚所持しているんだ?」
アニエスは手持ちのカードの残数をひーふーみーと確認する。
「あと四枚です」
「で、もし買い取るとして一枚いくらだ?」
「こちらの一部を差し上げてもかまわないのですが、通常買い取りだと……うーんいくらだろう? 正直、魔符の制作にどれほどの手間暇がかかっているかを推し測れません。同じ魔法でも目の前で行うのとこういった道具に込めるのとでは魔力効率にだいぶ差があって二十倍の魔力を込めてやっと『一』の効力を発揮するとは言っていましたから」
このような経緯からだろうか。
近年、国から公式に販売の許された通常魔法の魔符もお値段はお高めだ。
だからよっぽど珍しい魔法でもない限り、魔法が使える人間はあまり魔符には手を出さない。
「それが竜の亜空間維持だと、いくら魔力ほぼ無尽蔵製造人間の竜持ちエースとはいえ負担は相当大きそうだな。下手したら一枚、二千三百ロゼニクス(※日本円換算だと約一億三百五十万円)くらいしてもおかしくないんじゃないか?」
「いやいや流石にそんなには……ああ、でも非合法の非売品だしあり得なくはないのかな?」
考えてもみれば竜のプレミアアイテムだ。
「そもそも、あいつはアニエスのためだけに作った魔符を私に使ったことを知ったら、値段うんぬん関係なしに二度と作らなくなる可能性も十分あり得る」
「それは、私も困りますね……うーんエースになんて言おうかな。タカさんは割とすんなり承諾してくれそうだけど……」
『タカさん』と呼ばれるエースの竜は、普段、外に姿を現すときは美しい銀と黒に輝くタカの姿をしている。
何形態もの他の姿があるらしいが、アニエスたちが目にするときは主にこの姿が多い。
この鷹が竜だと知っているのは、王室とエールロードと軍の上層部の一部だけで、パブリックスクールのエールロードでも何の変哲もない使い魔ということで普段は過ごしている。
とはいえ、人の言葉で会話をする使い魔は他にはほぼいないため、エールロードではかなり知られた存在だ。
「……人間よりよほど話のわかる地上最恐生物って何なんだよ」
「タカさんはとくに中間子だから余計に配慮が深いんですよね。大人で常識があって、あと最新トレンドにもやたら詳しいですよ? 時々『女子か!』って思うくらい。たぶんパーティーの幹事をさせても上手にこなします!」
「これ、竜の話で合っているんだよな? なんなんだその人間社会への熟れ感」
「アレクサンダーの竜のネコさんもかなり人に慣れていますよ。周りにめちゃくちゃ可愛がられて、最近は自分の竜の超最高ステータスより『おいらすごく可愛いからそれだけで最強だもん!』ってドヤッってなっていました。タカさんに『調子に乗るんじゃないでござるよ!』ってつつかれて怒られてましたけど。まあ、でも超モフモフでかわいいことは確かですね!」
『ネコさん』はアレクサンダーの竜で、普段は青と黄色のビビットカラーのマヌル猫のような姿で現れる。
かなり愛らしい容貌なので、どんなにわがまま横柄でもみんなネコさんの機嫌を取ろうとするため、近年わがままと自信過剰に拍車がかかっており、兄であるタカさんによくそのことで叱られていた。
「人間社会ライフをだいぶ謳歌しているな」
「竜はもともと社会性が強い生物ですからね。だから一柱でも生きていけるのに兄弟で群れをなしているわけですし」
「アニエスの中の竜はその中でも長兄に当たるんだろう? どんな奴なんだ」
「私も最初、対峙した時くらいしかまともに話していないので、ずっと自分の中にいるのによく存じあげていません。ご存じの通り私は魔力無しだから、この『金竜』もずっと冬眠状態というか仮死状態というか……だからタカさんやネコさんみたいに出たり現れたりもありません」
「それって生きているのか?」
「タカさんやネコさんと時々話をしたり、お土産を分けてもらっているみたいなので生きていますね。私も時々自分の中に蠢いているものを感じますし、というか以前にも殿下やタニア様に金竜の力を貸したことがあるではありませんか?」
「前にそういえばあったな……」
「タカさん曰く彼は『全知全能の存在。そして究極の身贔屓で末っ子のネコさんを甘やかしすぎるのが玉にキズ』なのだそうです。ネコさんは『超勉強好きで超研究好きなスーパー根暗イケメン』だと言っていました。竜にもイケメンって概念が存在するみたいですね?」
「じゃあアニエス、エース、アレクサンダーの三竜の中で一番強いのはどれなんだ?」
「私の中にいる金竜が圧倒的な力とスキルを誇るそうです。……というか、だからこそ宿主を私にしたんじゃないかともタカさんが言っています」
「それは神にも劣らないを世界を変える実力があっても……実現不可能だからということか?」
「……少なくとも理由の一つだろうって」
「ずいぶんと理性的な考えだな」
「圧倒的な実力差がある中、無茶な子どもと半ば成り行きで契約しているし、その辺はどうなんでしょう? けっこう適当な気もいたします」
「当り前のように話しているがこんなことが他国に知られれば恐ろしいことだ。特に魔力が無いのに金竜を持つ君はバレたならそれこそ相手は死に物狂いで攫いに来るぞ!! もともと人質という立場は国で存在を守るための意味合いもある」
「だから海外にも行かずに今も殿下のお側で大人しくしているのですが……。それに私を攫ってもアレクサンダーたちと違って、ただ魔力が無尽蔵になるだけですよ?」
「だからそれがすでにチート級なんだよ……。感覚が麻痺しているが例えばお金が無限に湧いてくる泉があったら、悪さを働いても欲しいと思う人間が少なくないだろう?」
「確かに言われてみれば……私ちょっと竜の存在に慣れすぎていますね!」
「君を虐げて馬鹿にしていた貴族も君が竜持ち……ドラゴニストだと知れば今までの扱いは百八十度、手のひらを反すように変わるだろう」
「それは少しだけ見てみたい気がしますが、……でも、やっぱり面倒ごとは御免こうむります! 王室も同意見でしょう?」
「……私個人の意見は少し違うが、やりようによっては国家転覆どころか世界征服すら可能だからな? それを三柱も持ちながら国に渡してきたのだからロナはあまりに無欲というか……無頓着だ」
「そんななすでに歴史的に実証済みでございましょう。ロナ家は本来ものすごい面倒臭がり……というか分かりやすい権力よりも自分のしたいことだけしかしたくはないと本当は考えているような一族なんですよ。たぶん」
「無欲の最高の実力者……なんだか竜と性質が似ている気がする」
「無欲なのではなく欲のベクトルが違うだけのような……。だいぶ脱線してしまいましたね……そろそろ話を戻しましょうか。ではこちらの四枚のうち三枚の魔符を……あーどうしようかしら」
「なんだ、こちらに分けてくれるんじゃないのか? なら、いくら出せばいい?」
アニエスはセオドリックをチラチラと見ている。これは何か別の要求がある時の目配せだ。
「……言ってみろ」
「カードゲームの残りの貸し二個のうち一個をチャラにしていただけますか?」
「まあ、それでも安いくらいだ。よかろう」
「毎度ご贔屓ありがとうございます!」
話がひと段落するのを見計らうように、そこでノートンが二人に声をかけた。
「お二人ともずいぶん話し込んでいますね。そろそろホテルに到着になりますよ殿下」
「ありがとうノートン。後でご褒美にノートンにも特別休暇をやろう」
「はあ? ありがとう存じます」
これでノートンも一気にリフレッシュできるだろう。アニエスは役に立てたことにニコニコし、義弟エースに深く感謝する。
そして、ホテルに無事に着くとアニエスは待ち構えていたアニエスのメイドのメイに呼び止められた。
「お嬢様、お嬢様あてにホテルに遠距離通信がございました! 折り返し連絡が欲しいとのことです」
「え? いったいどちらからかしら。あのノートン様……」
ノートンはすぐに理解し頷く。
「緊急のようですね。お茶会はこちらで言っておきますので、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「ご配慮をありがとうございます」
アニエスは一礼し王太子一行の輪からいったん外れ、ホテルのフロントに急ぎ向かう。
フロントに話すと、通信の対応をした係の人間が奥から出てきた。
「アニエス様でございますね。お待ちしておりました。ジオルグ・アルマ様からすぐに折り返しご連絡を……とのことで賜っております」
「……え?」
その連絡の相手はジオルグ・アルマだった。
アニエスのお師匠様にして、天才錬金術師。
また、アニエスの初恋の相手、その人である。




