その後30(撮影会と脱衣)
市長が是非にということで、セオドリックたちはご自慢の観覧車に向かうことになった。
この観覧車に関しては他国の万博の技師を呼び寄せて作らせたもので、評判が良ければ現在の移動式のものをそのまま常設に改装して街のシンボルにしたいとのことだ。
なので、市長としてはぜひここ一番に宣伝をしたいのだろう。
ただこの提案に浮かない顔をする者が一人いた。
アニエスだ。
アニエスは子供の頃のナニーの度重なる虐待のトラウマから閉所暗所恐怖症を患っている。
何度か克服しようと試みるも今だ解消には至っていない。
車や馬車はさすがに慣れ、緊張するものの問題なく乗れるのだが、あまり慣れていない閉ざされた狭い乗り物は下手をすればパニックになるかもしれない。
アニエスはバクバクと激しくなる心臓をなだめ、やたら乾く唇を湿らせよとこっそりと舐めた。
それでも観覧車のライドの出入り口に向かおうと歩を進める。だがその手前でアニエスの進行をスッと止める手があった。
「皆さん、そういえば私単体の肖像写真は十分に撮れていますか?」
セオドリックがにこやかに振り向き記者たちに質問する。
それに記者たちは最初何と答えて良いかわからず、互いに顔を見合わせた。しかしその中の一人が勇気を出し挙手をしてセオドリックのその問いに進んで答えた。
「はい王太子殿下! 全然足りていません。ですのであと百枚は撮らせていただきたいです!」
それを聞き他の記者たちはその答えに笑うと同時に深く同意し、同じように何人もが声を手を上げた。
「では、この観覧車の写真は私の写真を撮っていくことにしましょうか。希望のポーズがあれば私に遠慮することなく言ってください。ただし脱ぎはしませんよ? お昼にトナカイと鹿のステーキをたらふく食べたばかりでお腹が出ているので」
王太子の茶目っ気と冗談に記者たちはハハハハッと声を上げて笑いつつ、信じられないその出血大サービスに目を輝かせた。
「殿下、ですが次の予定が……」
ノートンが難色を示すとセオドリックはそれを静かに制止する。
「そちらにはすぐに連絡して、ホテルには先にティールームで彼女達をもてなすように取り付けてくれ。政府高官に対するような特別扱いをするようにと」
セオドリックはそう伝えその手に観覧車のチケットを持った。
なのにここでノーの声を上げる者がいた。
「で、殿下! 確かに素晴らしい申し出ではありますが、やはり一枚くらいは男女が乗っている写真もあった方が良くはないでしょうか? 観覧車はスカートも全く問題ないですし」
それにセオドリックはわざとしょぼんと悲しげな表情になる。
「やはり、私だけでは写真も間が持たないか……」
それを聞き市長は青ざめ慌ててぶんぶんと頭を振った。
「いえいえそんなことは……すみません。先ほどの女性たちに受けるかどうかのの話で頭でっかちになっておりました。でもよくよく考えてみると殿下の写真が一枚でも多く載った方が女性には受けがいいに違いない。そうですね、是非一枚でも多く殿下の写真を載せましょう!」
そうして、観覧車はすっかり王太子殿下のスペシャル写真撮影会場になってしまった。
セオドリックが観覧車に乗る瞬間の写真。
セオドリックが窓から身を乗り出して手を振る写真。
セオドリックがただ仁王立ちする写真。
どこから連れてきたのか犬と戯れるセオドリック殿下の写真。
セオドリックが物思いにふけって憂いある表情でベンチに座る写真。
セオドリックがライドのチケットのもぎりをするおじさんと肩を組んで、白く輝く歯を見せながら笑顔になる写真などなどなど……。
セオドリックがプロのモデルのように一瞬でポーズと顔を決めるので、本当に短時間のうちに百ポーズ以上の写真が撮られた。
これには記者もカメラマンも市長も非常に満足気な顔でホクホクとしている。
「これが載るのって各社の新聞、雑誌ですよね? 写真集ではなく」
ノートンがそんなノリノリの皆さんに鋭く突っ込みを入れた。
アニエスもノートンの隣りでこの怒涛の展開に驚きながら、ただ黙って殿下の顔を遠くから見つめている。
そしてようやく撮影会が終わり解放されるとセオドリックはヘトヘトになって戻ってきた。
「写真の撮影って大変なんだなー。ああ、この寒いのにだいぶ汗をかいてしまった」
「殿下風邪をひかれます。すぐにお召し替えを」
セオドリックが達成感からか息を切らしながらヘラッと笑いつつ、アニエスを振り返る。
「それじゃあ、侍女のサーシャ(※アニエス)に着替えさせてもらおうかな?」
といつものふざけた調子で答える。けれどアニエスの反応はいつもと異なっていた。
「かしこまりました。ではすぐに着替えとタオルをお持ちいたしますね」
セオドリックたちがその反応に驚くなか、アニエスはさっさとセオドリックの衣装係に聞いて着替えの準備を整える。
「お着替えはどちらでいたしましょう?」
「あ、では馬車の中で」
「参りましょう殿下」
「あ、ああ」
セオドリックはアニエスはてっきり「またセクハラですね!」と怒ると思っていたのに予想外の反応に戸惑っていた。
セオドリックが馬車に乗るとアニエスも続いて馬車の乗り、着替えのために馬車のカーテンは下ろされて中は完全な二人の空間になる。
「殿下お洋服のボタンに手をかけてもよろしいですか?」
セオドリックは今まで何度となく女性にボタンを外されてきたのだが、まさかアニエスからボタンが外される日が来ようとは夢にも思わなかった。もちろん逆は何度も想像済みである。
アニエスがセオドリックの上着をまず預かり、次に軍服調の正装のボタンを丁寧に外し脱がせる。
「殿下、寒くはありませんか?」
アニエスがことのほか柔らかく優しくセオドリックにお伺いを立てる。しかし、セオドリックはこ今あるこの白昼夢にのぼせてしまい寒さなどはとうに忘れていた。
「ああ全然寒くない」
「ではこのままシャツのボタンも外してまいりますね……」
アニエスの細い白魚のような指がセオドリックのボタンを器用に外していく、そうするとセオドリックの引き締まった肉体が徐々に露わになった。
「殿下がご自分でされますか? それとも私が拭いてもよろしいでしょうか?」
ここで果たしてセオドリックが断る理由があるだろうか?
「頼めるか?」
「はい、ご承知いたしました」
そう言うとアニエスがセオドリックの首筋にタオルをあてがった。もう、セオドリックの気持ちはその時には高まりに高まっていた。
「アニ……!」
「先ほどは本当にありがとうございました」
今にも押し倒しかねない状況の中、急に礼を言われセオドリックは目が点になる。
アニエスはそれに気付いていないようで、セオドリックの身体を拭きながらそのまま話を続けた。
「私が観覧車を怖がっているのを知って、殿下はわざとあのように提案して助けてくださったのですよね?」
それにセオドリックは、自分の頬を掻いて斜め上に視線を向ける。
「果たしてどうだったかな。一時間も前のことはあまりに昔すぎて忘れてしまった」
その答えにアニエスはふっと笑う、けれどすぐに生真面目な顔になるとアニエスは続けた。
「申し訳ございません私は殿下の家臣失格です。殿下に心配させてお疲れの殿下に余計な負担までかけてしまいました」
そう言われてセオドリックはアニエスを見た。でもアニエスの方は一心不乱にセオドリックの身体を拭いていて視線は合わない。セオドリックはその手を掴んで拭く手を止めさせ、その頬に手を添え自分の顔に向きあわせた。
「私の株を上げる下心があったから心配するような負担にはなっていない。それに今この状況を鑑みるに見返りは十二分だ。わかっているのかアニエス? いま私と君はこの馬車の密室に二人っきりだぞ」
それにアニエスは眉間のしわを寄せ、複雑そうな表情をした。
「殿下の頭の中はそういうことが常にこびりついているのですか?」
「うーん。こびりついているとしたらそれはアニエスのことだな!」
「それはカビか錆なのでは……?」
「ほっとくと浸食も早いしな。間違いではないのかもしれない」
「はい、では拭き終わりましたカビ。殿下そのままではお風邪を召すので早くこちらの新しいシャツにお着替えくださいカビ」
「ああわかった。というかカビカビうるさいな。腕を通すのを手伝ってくれるか?」
言われてアニエスはセオドリックの後ろに回りシャツを開いた。
それにセオドリックは左腕右腕と通し、アニエスはまた回り込んでボタンを留めようとシャツの前に手をかけ一つ目を留めたその瞬間。セオドリックはがばりっとアニエスを抱きしめた。
抗淫薬の効果が今にも切れようとしていた。
~タオル~
1850年、トルコを訪れた英国人ヘンリー・クリスティーがターキッシュタオル(17世紀には既に存在していたタオルの原型モデル)をプレゼントされ、英国に持ち帰り、これを機に英国でのタオル製造がはじまったそうです。




