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その後29(黒王子とカーニバルゲーム)


「殿下。いちゃいちゃするのも程度をわきまえてください」


 最初のライドを終えて戻ると、ノートンはセオドリックに足早に近づき注意した。というのも、回転木馬に乗る際のその親密さに木馬が回転を終えるまで記者たちは困惑から始終ざわめいていたのだ。

 とはいえ記者はあんな発表があった後では下手に突っつくわけにもいかず。彼等には何とも言えないモヤモヤする気持ちが渦巻いていた。


「もう、今は余計な疑惑を持たせる段階にないと言ったのは貴方でしょうが!」


 だがそれに対しセオドリックは慌てた様子もなく。のんびりと構えてノートンの話を聞いている。


「そうかそうかつまりこのことを勘ぐり、記事にしたくて記者たちはうずうずしているわけだな。セシリアのこと以上に」


「それは……! 殿下もしや最初からそのおつもりで」


「買収したところで、特ダネを真っ先に発信したい人間に対しては一時の抑止力しか持たないからな。なんなら会社を通さず自分たちで勝手に発表しようとするやつもいるだろう。だがこっちにだって計画があるんだ邪魔されるわけにはいかない」


「それにしたってやり方が乱暴ではありませんか?」


「一時は計画全てがご破算になるところだったからな。それに比べたら時期尚早なのはまだマシだ」


「とはいえまだ準備は整っておりません」


「そうだな。だからさっきの注意喚起がしばらくの間はかなりの抑止力を持ってくれるだろう」


「まあ職権を激しく乱用しましたからね」


「でも、記者には相当フラストレーションが(たま)るだろうなあ。言いたくて言いたくてうずうずするに違いない」


「そうでしょう? ですから……」


「そこでもし、しっかり閉めていたはずの栓を少しでも(ゆる)めようものなら一体どうなるだろう? ボンッッ! 大爆発だ。ちょっとやそっとでは火消しも間に合わない。たとえそれがあのロナ公爵閣下であろうとも……」


「……」


「まあ、これは例えばの話だがな?」


「こ、怖っ。その発想と行動力。あまりに恐ろしいですよ殿下!」


「さてさて次のライドはどうやって楽しもうか」


 こんな爽やかな笑顔を振りまく人物が、あんな黒い考えを持っているだなんて誰も想像しないだろうなとノートンは思わず遠い目になる。

 一番恐ろしいのはもしかするとこの王太子かもしれない。


「ところでアニエス、どうして私からそんなに離れて歩いているんだ?」


 それにアニエスはギロッとセオドリックを睨んだ。


「近くに痴漢をはたらく方がいるからですよ」


「いやあれはスピードが凄くて、体が勝手にその位置になっただけだ。これが世に言うラッキースケベというやつなのか……?」


「まごうことなき意思が働いていましたよ。指先が動いていたではありませんか!」


「何か柔らかい素敵なものが手に当たると勝手に指先が動く。それが男の動物的本能なんだよアニエス女史」


「あんなところ体を乱暴にゆすられても普通は手が届きません!」


「しょうがないな。じゃあそれなら、本当に意思を持って触った場合どうなるのかしっかり検証して見せないといけないな」


「ち、近付かないで!」


「殿下やりすぎでございますよ」


 これで何にも関係がないと誤魔化すのは本当に無理がないか? とノートンは思いつつもセオドリックのこの暴走は明らかに長きに渡る禁欲生活が影響している。果たしてこんな状態でセシリアに会わせてよいものかノートンは非常に心配になった。そんなノートンの心配をよそに……。


「あ、カーニバルゲーム」


 アニエスはぬいぐるみなど景品がもらえるカーニバルゲームに目が奪われた。お祭りなどに行ったときはよくエースやアレクサンダーと遊ぶのだ。

 やはり課題をクリアしてすぐにご褒美がもらえるというのは嬉しいし、大人数でも盛り上がれる。手頃だが手堅い人気のライドなのも納得だろう。


「市長殿、じゃあ次はこれをしようと思います」


 セオドリックの意見にアニエスも内心で同意する。これなら身体を密着する必要もないし安全だ。


「射的、くじ引き、輪投げ、ミニゲーム……どれがいいのか市長のご希望はありますか?」


「いえいえ、どうか殿下の気になるものをなんでもお試しください」


「解りましたではそうします。アニエス、君はどれがしたい」


「え、私が選んでもよいのですか?」


「もちろん。景品の好みもあるだろうからな」


「じゃああの九マスをボールで打ち抜くものがやりたいです」


 それはいわゆるフットボール、つまりはサッカーゲームのようなもので、九マスのどれを何枚打ち抜くかによって景品の豪華さ、選択範囲が変わってくるゲームだ。


「……わかったが手加減はしろよ?」


「かしこまりました!」


 アニエスはお金を払い、店主からボールを機嫌良く受け取る。すると、店主は眉を下げながら気遣いの言葉をアニエスにかけた。


「お嬢ちゃんこれはすごく難しいから、一マスも取れなくてもがっかりしちゃいけないよ。景品はオマケしてあげるからね」


「はい、ありがとう存じます!」


 アニエスはボールを指定の線の位置に置き、軽く腕やアキレス腱を伸ばす。


「お嬢様、上着をお預かりします」


「ありがとうコーラ」


 記者たちも「転ばないでねー」「気を付けてね」など優しい言葉を口々にアニエスに言って応援してくれる。それにアニエスは笑顔で手を振って見せた。


「では、いっきまーす!」


 そしてまずはボールに狙いをつけて足のサイドで素早く蹴り、マス自体ではなく枠を狙うことで、一枚打ち抜くとその枠に跳ね返ったボールが対角線上の二枚目のマスをも撃ち抜いてみせた。

 その計算とコントロールがされた動きにゲームのおじさんも記者たちもギョッとする。


「ああ、三枚狙ってたのにスピードの調整が甘くて二枚しか取れなかった」


 その結果を残念に感じているのはアニエスただ一人だけだ。


「おい手加減はいったいどうした?」


「大丈夫です。最後で調整をいたします」

 

 そう言うと器用にボールを足の裏で滑らせて持ち上げ、トントトントンとボールを膝で(もてあそ)んだかと思うとその次の一瞬でボールを蹴りあげ、今度は狙い通り三枚をそして次も同じく三枚を次々とクリアしてしまった。


「すみません。私はここで止めさせていただきます」


「アニエス、それを世の中では手加減とは言わない」


「ああでもゲームのボールが余っちゃった。殿下もよろしければ遊ばれますか?」


「しょうがないから付き合うか」


 そう言い今度はセオドリックが一回も落とすことなく、三回とも三枚を撃ち抜いてしまった。


「殿下ずるいです! 私には手加減しろといったくせに」


「君のあれは手加減ではないだろう」


 二人は盛り上がっているが、おじさんも市長も記者たちもポカーンと口を開けて驚きに固まっている。

 だがそんなのはお構いなしに、アニエスとセオドリックはゲームの景品を選び始めた。


「うーん、シャボン玉にしよ!」


「そんなのでいいのか? それは残念賞みたいなものであっちの大きい物も貰えるぞ」


「大きい物は持ち帰るのが大変なので……これから人にも会いますし」


「それもそうか」


「殿下は何にいたしますか?」


「君にやるから好きなものを選ぶといい」


「本当に!? わーいどれがいいかなあ!」


 アニエスは二束三文のおもちゃを真剣に選んでいる。もしかすれば先日セオドリックがあげた総ダイヤのティアラよりも喜んでいるかもしれない。

 割と複雑だがセオドリックは無邪気に選ぶアニエスの顔がかわいくて、ほっこりと癒された。


 そしてようやく正気に戻ったこの店の店主が慌てて、景品を袋に入れてアニエスに渡してくれた。


「お、お嬢ちゃん凄いねえ。プロの球技選手だって難しいのに……」


「えへへ、そうでしょうか?」


 その無邪気な笑顔が店主には逆に恐ろしかった。


「殿下、時間も押しているので次のライドで最後にいたしましょう」


「ああそうだなノートン。じゃあ次はどれに行けばいいか……」


「でしたら」


 そこで同じく正気に戻った市長がセオドリックに声をかけた。


「あちらの観覧車に是非ともお乗りください!」

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