その後27(マーケット)
会食が終わりセオドリックたちは雪まつりのマーケットにやってきた。
マーケットは鮮やかな赤や緑や金の装飾で彩られ白い雪降るこの街に華やぎを与えている。
アイススケートをした時に飲み物を買ったマーケットよりもこちらの方がずっと本格的だ。夜にはランプや蝋燭、ランタンでそれはそれは幻想的な風景になるらしい。
セオドリックたちは市長に連れられ、伝統的な木工工芸品の店をまずは案内される。トナカイやフクロウの両翼などを木彫りで模ったもので魔よけの効果があると信じられているそうだ。大きなものだと人間の腰まで来るほどの大きさだ。
だがやっぱり手のひらサイズで持ち運べるものが一番人気らしく、その種類も二百種類くらいある。
「香木で作ったものもリラックス効果があると人気なんですよ!」
「この北の街に来たのは今回初めてですが、こんなに観光資源が豊富な場所だとは来るまで全然知りませんでしたよ」
セオドリックが市長の案内に好意的な反応を示す。それに、市長も丸い赤ら顔をさらに赤くしニコニコ興奮しヒートアップする。
「これも全てオルコット卿のおかげなんです。正直、数年前まではいかにも田舎のあか抜けない街でした。ですがオルコット卿による度重なる支援とコンサルティングやプロデュースにより、街は目に見えて変わりました!」
「……オルコット卿?」
オルコットとはセシリアの姓にあたる。つまりセシリアの父親だ。
「あ、いや実は殿下がお泊りになっているあの屋敷も元は廃墟同然のものをオルコット卿が破格で買い上げ、全て改修工事をしたものでして……いずれは上流社会の人々向けの高級ホテルかイベントを開いたりする施設にしたいとのことで……」
「なるほど、それでまず私の仮宿にして屋敷に箔をつけたいと」
「あ、あの、決して殿下を利用したいとかでは……!」
市長は王太子の気分を害したかと青ざめオロオロしている。しかし、セオドリックはそれに対して実に冷静だった。
「いや、良いと思いますよ。オルコット卿のやり方は正しいし頭の良い方だなと思います。私が卿でもこのチャンスは絶対利用するでしょうね」
でもなるほどとセオドリックは思う。
妙に市長がセシリアの肩を持ち、好意的なのは彼女の父親の影響だったようだ。この街の根っこの因習は古いままだが、今回のイベントや街の華やかさは王都にも決して引けを取らない。
都会的なセンスのいい人物が予算とともに大改革を行ったことで、確実に街の価値は大きく上がってる。
「この街の産業にもオルコット卿は寄与しているのですか?」
「はい、そちらも卿が手を尽くし発展を目指していますが、なにぶんこの街は交通の便が悪く……正直難航しております」
「鉄道網も届いてはいないし……」
なのでセオドリックたちがここへ来るのに移動系の魔法陣を使ったが、この移動方法は多くの一般市民は利用できない。上流階級が避暑に来るのには問題ないだろうが……。
「水はローゼナタリアでも十本の指に入るほどの透明度と豊富さを誇ります。資源だって……ただどれも整備や予算が間に合ってないのが現状です」
「なるほどわかりました。帰ったら国の議会でも検討してみましょう」
「ありがとうございます!」
これは、なかなか見どころがありそうだ。だがこれは国家予算の会議にかけるよりも他にもっといい方法がある気がする。
セオドリックはチラリと後ろを振り返った。アニエスが澄ました様子でセオドリックの後ろに付き従っているが、耳ざといこの娘が今の話を聞き逃しているはずがない。
「サーシャ(アニエス)、お前さては知っていたな?」
セオドリックが問うと、アニエスは伏せていた目を一瞬パッチリとあけまた伏せて見せた。いやいや、これはどっちの反応なのだろう。
その様子にセオドリックは何ともいえない表情になった。
「これだから狸なんだよ」
「殿下たぬきの工芸品が気になりますか?」
「いやこっちの話です。お気になさらず」
「では出ましょうか。次は移動式遊園地に案内します」
移動式遊園地のエリアでは、出入り口でピエロがジャグリングをしたり、背の高い一輪車に乗って出迎えている。
子供たちは出入り口でキャンディーがもらえて大はしゃぎだ。
中にあるライドは高速回転木馬や観覧車。空中ブランコやハンマーでコマを打ち上げるハイストライカー、ぬいぐるみがもらえるカーニバルゲーム、ミラーハウス、バイキング、迷路、お化け屋敷などなど……移動式とは思えない本格派だ。
「へえ、これは賑やかで楽しそうだ」
「殿下もどれかお試しになりませんか? 殿下の記事を書きたい記者も喜びます」
「そうだなあ……ところでここにあるものはスカートでも乗れるものがほとんどですか?」
「というと?」
「家庭で金銭を稼ぐのは多くの場合は男性だが、使い方の先行きを決めるのは主に女性です。街の発展にお金を落としてほしいならばまずは彼女たちの視点に立たないといけないのではないでしょうか? 女性たちは自分をのけ者にする楽しみにお金を出したがりはしないはずです」
「なるほど! 確かに確かに!」
「なのでスカートでも楽しめるということを証明するために、彼女と一緒にここにある乗り物を試してみてもいいでしょうか」
そう言いセオドリックはアニエスの手と腰に自分の手を添え、アニエスを市長の前に出した。
「安全だと口で言うより、写真の一、二枚あった方がずっと説得力が増すでしょう?」
「おお! ですな、ですな!」
「せ、セオドリック様いや、私はちょっと……」
「おお、晩餐会で殿下のパートナーだった確か……サーシャ殿! そうですなそうですな! 彼女ならうら若くて美しくて華がありますし、写真も実に映えしそうです!」
セオドリックはニヤリと悪い顔になった。
「というわけで仕事だサーシャ」
「殿下ひどい! 午前中のことをもう忘れになられましたか?」
「いや本当にそうだな……わかった。じゃあカードゲームの『貸し』を一つ消費しよう!」
「ひ、卑怯者ー!」
というわけで、アニエス(※ここではサーシャ)はセオドリックと移動式遊園地のアトラクションを回ることになったのである。続く!




