その後22(真・雪合戦 ~stone in a snowball~ )
「陣中雪合戦は川を隔てて二手に分かれ、雪球を当てられた人間は退場。最後まで残った方が勝ちです」
「ずいぶんシンプルなんだな」
「はい、ただし雪球の芯には石が入っていて、みんな防具をつけていますが当たり所が悪ければ死にます」
「うん?」
「あと盾や簡易的な櫓を立てていいのでそこに隠れられたら雪球は当たらなくなりますよね? だからやられるのを覚悟で単身船……というか川が凍っているのでソリを船に見立てて敵陣に乗り込むか、『てつはう』のような炸裂火器や火矢や使って燃やしたり、巨大な投石器でぶっ壊さないとなりません」
「死人が出そうですね?」
「はい、四年前は記録があるだけで十余名亡くなっているそうです」
「……」
雪まつりは特別な催しで四年に一度開催される。
この雪まつりを街やその周辺の人々は四年の間とても楽しみにしており、開催期間はほとんどの仕事や学校が十日ほど休みを取るのが一般的だ。
そしてその中でも特に大人気なのが人死にが出るこの陣中雪合戦である。
予選はさすがに火器等や投石器、雪の中に石をいれるのを禁止しているが、決勝本番はガチなので人々の腰の入れようが違う。
雪まつりの賭け事をやんわり公に禁止しているが、この陣中雪合戦でお金をを賭ける人も多く。また、仲の悪い地域同士が戦うとひときわ人々は盛り上がる。
陣中雪合戦の盛り上がりによって街の経済活動もだいぶ変わってくるらしい。
ある意味この北の街の人々は陣中雪合戦のために生きていると言っても過言ではないのだ。
「なんて刺激的なのでしょう! すごくワクワクします」
「アニエス……そういうところだぞ」
「そりゃあもちろん私だって人に死んではほしくはないですよ? ですが本人たちもそれを承知の上でのまさに本物の真剣勝負だし、こんな凄いものはそうそう見れるものではないではないですか?」
「まあそうだな。だから人気なのだろう」
「うーん、どっちに賭けようかなあ。迷うなー」
「おい」
「だって、リストが回ってきましたよ?」
「ゆるっゆるだな! こっちは外部の来賓だぞ?」
「まあまあ、だからこそ街の発展に外貨を落とすべきでしょう。うーん、二千ログニスク(※日本円でいえば約九千万円)くらい入れとこうかな?」
一般的な二百名以上を招待する舞踏会の一晩にかかる金額が約百十二ログニスクから百七十八ログニスク(※約五百万円〜八百万円)と言われている。
そこから考えるこの金額が如何に破格かは想像にかたくないだろう。
「いきなり一回目の額がでかいな? あと君の賭け事は禁止だ。オッズが成立しなくなる!!」
「なるほど確かに! じゃあこれは寄付金でお送りすることにしますね」
「太っ腹ですね。街もアニエス嬢に感謝しますよ」
「えへへ、これも未来の投資です!」
「今回、君に出す報酬のいったい何倍になると思っているんだ。あんまり羽目を外すと後悔するぞ?」
「まあこの寄付が後に良かったのか悪かったのかの『良かった』方に賭けたとでも思えばいいでしょう」
「君は本当に何にも考えていないのか、何もかも全てを計算の上でやっているのかがまるで見えない人間だな……」
「特に何にも考えておりませんよ。いつもその場のはったりですから」
「狸がよく言うわ」
陣中雪合戦はもうすでに火器を使用していた。使用しているものが実戦でも使われるものばかりでお互い力は拮抗しており、自然とセオドリックたちも夢中になっていく。
死人が出るのはよくないが、確かに他では見ることができないこの競技は魅力的で、北の街の人々が夢中になるのも頷けた。
何人かが頭や身体から血を流して退場する。一人減り二人減り、いよいよ二対一にまで追い詰めた。
ここまで来たら二人残っている方が勝つだろう。
何しろその二人は岩みたいな大男でしかも敵陣に乗り込んでいる。もう片方は子供みたいな小男だ。誰もがそう思う中、しかし奇跡は起こった。
二人の大男が投げるどんな豪速球もその小男はさささっと避け、むしろ最後にはその二人が投げた雪球を素早くキャッチするとパパンッ! と二人の顔や胸に投げ返し、見事勝利を収めてしまったのだ。
それに会場は大興奮と大歓声の嵐が巻き起こり、この瞬間一人のヒーローがこの街に誕生した。
「すごい!」
アニエスも思わず叫び。セオドリックとノートンもお互い顔を見合わせて笑顔になる。
「これは表彰するのが楽しみになったな」
セオドリックは素直にそう思った。この王太子をファンにしたのだから彼も誇らしくなるに違いない。
だがこの陣中雪合戦はこれだけでは終わらなかった。
胴上げされるヒーローがそこから降りると、観覧席に座る一人のレディーを目指し走り出した。
手には仲間から声援とともに渡された花束を持って彼女のもとを目指す。
「こ、これはロマンスの香り!」
セオドリックやノートンの手前、大人しくしていたコーラが堪え切れずに叫んだ。
「お嬢様! はい、オペラグラスです!」
「う、うん」
若干コーラの迫力に押されながら、アニエスはオペラグラスを覗いた。
小さな彼が膝まづいた相手は十八歳くらいの乙女だろうか? 水色っぽいウェーブがかった銀髪に桃色の瞳。遠目にもハッとするような美しい人だとわかる。
「コーラ見えたわ! 相手はかなり綺麗な人みたい。コーラも見てみて!」
そう言いアニエスはオペラグラスをコーラに渡した。
「……ううむあれは、このあたりの方ではないですね。もしくはこの辺りでもかなりの富豪のお嬢さんか……最近、王都で流行っている個人ブランドのドレスを着ています。帽子も最近王都で人気のスタイルで……ここまで流行は届いていないものです。そして、おやまあ!? なんと事件です! 彼女ニコニコしているけれど、どうやらあの彼を振ってしまったみたいですよ!」
なんと今日の彼を振ってしまうなんて! 一体彼女は何者なんだろうか?
「いったいどんな女性なんだ? 彼は今日の英雄だぞ!?」
すっかり彼のファンになっていたセオドリックが、彼の気持ちを愚弄したような相手の態度を聞き憤慨する。
「殿下もご覧になりますか?」
アニエスがコーラからオペラグラスを再び貰いセオドリックに渡す。
セオドリックはそれを受け取るとオペラグラスに映るその先を睨んだ。
「……嘘だろう」
だがっその先にあったものは予想外なものだった。双眼鏡を見るセオドリックの背中に一筋の冷や汗が流れる。
水色に近いの銀髪にピンクの瞳の彼女。それは……。
セオドリックの元カノだったのである。




