その後18(真のすがた)
北の街の年間最大の行事『雪まつり』は、今回の行啓訪問の最重要イベントだ。
セオドリックは国王代理として挨拶をし、優秀な成績の者に記念品を授与することになっている。
またセオドリック個人は王太子として今回、街の人々とより身近な交流を持ちたいとも考えていた。
国王はまだまだ一般人、とくに労働者階級の人々にとっては実に遠い存在である。
しかしセオドリックはそれではこの国が真の一枚岩の強国とはいえず、階級の上下で国や王室への思い入れが異なるようでは、やがてローゼナタリアの大きな弱点になりうるに違いないという考えから自ら積極的に国民に近付こうとしていた。
そしてその行動の現れの一つがこれだ。
「殿下その髪、どうされたのですか!?」
翠の黒髪と灰色の瞳。
これはセオドリックが亜麻色の髪と碧眼からわざわざ変えたわけではない。
そもそもセオドリックの姿は本来こうだからだ。
最近では瞳はそのまま灰色で変えていなかったが、髪の色まで戻したことに周囲はざわついた。
「どうって、魔法で変えなかっただけだよ。いつまでも偽った姿で国民の前に立つわけにもいかないだろう?」
「それはそうとも言えますが、……しかし、よろしいのですか?」
セオドリックが髪色や瞳をわざわざ変えたのは別に周囲の関心が欲しいからではない。
そもそも黒髪は非常に魔力が強い人間にしか現れないステータスシンボルで今の今まで髪色を変える行いは、むしろそれに逆行していた。
だがセオドリックがそれにもかかわらず言ってみれば偽った姿でいたのは、その姿が処刑された母親の姿と瓜二つだったからだ。
鏡を見ればそこに亡くした母そっくりの姿があった。
「ノートン…………私はもう十分大人だ。この姿と母上のことはもう全く別物だと割り切っている。ただ今までそのタイミングがなかっただけなんだ。まあ、今までの髪色や瞳の色ももはや私の一部だし、気に入っているから気分によってこれからもちょくちょく変えることにはなるだろうがな。でもやっぱり慣れは必要だ」
「きっとみんな驚かれると思いますよ」
「一応このこともスピーチで軽く触れようとは考えているが……その他でいちいち説明するのは面倒だから急に仕事を増やして済まないが、そちらでその時の対応と連絡を頼む」
「御意にございます」
「さて、アニエスはどんな反応をするかな?」
もちろんアニエスもその姿を見て驚いた。
セオドリックのもともとの姿を知ってはいたが、アニエスがその姿を見たことがあるのは片手で足りるほんの数回だ。
「びっくりいたしました殿下!」
「変かな?」
「いいえとってもお似合いです。凛々しさが増してよりキリッとされたような気がいたします!」
「そう言うと思った。君がこっちを好いているから変えることにしたんだ?」
セオドリックは軽口をたたくが、もちろんそうでないことをアニエスも承知している。
だってそれだったら今まで頑なに魔法を解かなかった理由にはならないじゃないか。
髪色が戻った時も本人の意思とは関係なく、やむを得ない状況下でのみだったのだから……。
「アニエスのお守りもあるしな」
「お守りってもしかして昨夜の私の髪の毛のことでございますか?」
「ああ、すでに効き目がある」
「それならこんなに沢山あるのだから私にこそ効果があるのでは?」
「私が持つからこそ意味があるんだ」
雪まつりの会場に向かう道中、皆がセオドリックの姿に驚きざわざわと反応を示した。亜麻色の髪しか知らない者の中には王太子はどこに行ったんだという反応の者もいる。
だが、セオドリックのファンクラブの方々はもちろんセオドリックのもともとの姿も認識しているため、その姿のレアさに狂喜乱舞だ。
雪まつりの会場に着くとそこにはすでにロドリスの姿があり、セオドリックとアニエスを見るとすぐに挨拶にやってきた。
「王太子殿下、サーシャ様、本日はお招きいただきありがとうございます。後ほど私のパートナーも紹介に伺いますが、お先に私だけ挨拶を失礼いたします」
さすがに上流階級に出入りする婦女子でエスコートのない者はいないので、ロドリスだけの招待でも当然そうなるだろう。
アニエスのように場合によっては変装したり、台車にのって乗り込もうなどという考えはもちろんもっての外だ!
「ああ、ごきげんよう。ゆっくりしていってくれ」
セオドリックが外づら百パーセントで挨拶する。
「ごきげんようロドリス様、お席が離れてしまって残念です。どうか、あとでゆっくりお話しいたしましょう」
反してアニエスの挨拶にはロドリスへの親愛の情がすでに滲んでいた。
「会場に飛び込みで入れていただけたのですから、それだけでも光栄ですわ。ではその時に他のお友達もご紹介いたしますね」
「まあそれは楽しみ。会場は寒いようなので何かあれば私に言付けてください!」
「もともと地元なので寒さには慣れていますが、では何かあったらサーシャ様を頼らせていただきます」
ロドリスはにっこりと微笑むとそのままさっさと自分の席に行ってしまった。その姿をアニエスはただただ名残惜しそうに見つめる。
「……アニエス、君の侍女にも言われたことを忘れたのか? 初めて会ったその日に友達面するやつを信頼するものじゃない」
「そんな……殿下が雪まつりにお誘いになったのではないですか?」
「それは君があんまりにも残念そうにしていたからで……君が関わっていなければとっととあんな人間は追い出している!」
「お心遣い心より感謝申し上げます。え、でもじゃあもしかして本当はもっと私の席に近いところにもできたのですか?」
「何を言っているんだ。君の席は私の隣りなのに、怪しい人間を近くに座らせるわけがないだろう……?」
「ええええ! 私の席は殿下の隣りなのですか?」
「当り前だろう?」
「……あ、当り前の意味が分かりません。たかが秘書か仮の侍女が、婚約者でもないのに公の場で王太子の隣に座る意味がっ!?」
「……君はその場への彩りだと言ったはずだが?」
「……そうですね……ですが、恐れ入ります。……そもそも本来、華は殿下だけで十二分に事足りているのでは? みんなが見たいのは麗しき王太子殿下であって、ましてや変なこのオマケではないと思うのです。……むしろ私が側にいれば、せっかくの殿下への評判と評価を落とす懸念になりかねませんよ!!」
「もう決まったことにつべこべ言うな。席順は今更、変えられない! もうここが君の定位置だ!!」
「そうですか……では、わかりました。でしたら会場では私との接触は一切無しでお願いします。……私も殿下に何を言われても全てまるで聞こえていないような振る舞いを心掛けます」
「え、え、なんで?」
「妙な勘繰りをされないためにです!! ……お互いのために線引きを致しましょう?」
「いや、そんなのは無視と一緒じゃないか? 無視はいくら何でもやりすぎだろう! お付きと雑談くらい誰だってするぞ!?」
「……ならノートン様や街の代表の方とどうぞ。私は全力で黙ってできるサポートに回ります」
「アニエス、私が悪かった。このことを君に相談もせずに決めてしまって、どうか機嫌を直してくれ」
「………………」
「すでに無視!?」
(傍から見ると何故かイチャついているカップルの痴話げんかにしか見えないんですけどね………)
ノートンはそんな二人の様子を観察しつつ、セオドリックが姿を戻したことが思ったほど重苦しい雰囲気にならなそうでホッとしたのだった。
雪まつりの午前の部のいよいよ開幕である。




