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2、赤い石(※挿絵あり)

 挿絵(By みてみん)

              ジト目アニエス



 『賢者の石』


 どんな金属も黄金に変え、永遠の命を得ることのできる奇跡の物質で、錬金術師が最終的に目指す終着点。

 別名「哲学者の石」「赤きトゥインクトゥラ」「第五実体」などとも呼ばれる。


「これがそうだと?」

 

 アニエスが(うなづ)いた。


「とても信じられないな…………。錬金術師は一族の財産を研究に食いつぶし、三十年、六十年と努力を続けてもその情熱に見合った成果が得られず後ろ指をさされて死んでいく者がほとんどだ。……まれに成功者がいても水銀と金メッキを手品でそう見せて研究費を王侯貴族から(かす)め取るペテン師ばかり、哀れな夢見人のことだとほとんどの者は知っている」


 それにはアニエスも賛同し、さらに頷く。


「もちろん、すべてが無駄になるわけでなく有益な副産物も多い。医療の分野などでな……でも物質の最小単位の元素である金を別のものから作ることは失われた古代魔法ならいざ知らず、今の魔法では不可能だ」


 それを聞きアニエスはセオドリックの手からひょいと『賢者の石』を手に取った。


「わかりました。百聞は一見にしかず……私がご覧に入れます。何か金以外の金属でできたものはございますか?」


 言われて、セオドリックは机の上の(すず)文鎮(ぶんちん)を取った。アニエスは受け取るとごそごそと水をたっぷりと入れた抱えるほどの水槽をすっと取り出した。


「……いったいどこから出したんだよ」


「……ただのお水でございます。なんなら一度お確かめになりますか?」


「そういうことじゃない。というか、すでにこの下りが下手な手品ショーのようでだいぶ胡散臭いんだが……」


「ここにございますは、かの有名な『奇跡の石』!」


「胡散くさっ!」


「『賢者の石』にございます。これを水槽に沈めますとあーら不思議!」


「……」


 賢者の石を入れても水自体は特に何の変化もないように見えた。

 そこにアニエスは先ほどの錫の文鎮を沈める。すると、水槽の水は一瞬にして真っ黒に染まってしまった。だがしばらくすると水はすーっと上から元の無色透明に変化する。

 そして、肝心の錫の文鎮は……。

 

「金色に輝いている」


 アニエスは水槽に腕を入れ文鎮を引き上げた。


「こちらをお返しします」


 セオドリックはそれを受け取ると文鎮はずしりと重くなっている。


 金は(すず)に比べて約三倍の物質密度を有する。

 つまり同じ大きさなら約三倍の重さになるということだ。

 ちなみに錬金術で多用される水銀の重さは錫の約二倍の重さになる。

 どちらも錫に比べてずしりとした重さだ。けれどこのセオドリックには……。


「殿下なら本物だとお分かりいただけるでしょう?」


「ああ、重さだけでいえば」


 セオドリックには『変身』という特異体質がある。

 その体質は体を別なものに作り直すため、わずかな重さも敏感に自身の体内で測量可能という体質的な副産物も得ることになった。

 彼は手に持った物や体に含んだものの重さをコンマ一グラムの差も違えずにわかるのだ。


「……というかアニエス……そのことはノートンにすら言っていないのだが、なぜこの体質のことを君は知っているんだ?」


「まあまあまあまあ、そんなことよりも!」


 アニエスはなかば強引に誤魔化し話題を元に戻す。色々と詰めたいところだがアニエスの視線に(うなが)され、セオドリックはその黄金の文鎮をまじまじと観察した。

 細部のつくりまで先ほどの錫の文鎮と同じだ。

 しかしセオドリックの疑いは払拭(ふっしょく)されない。

 何しろ相手はあのアニエスだ。

 どんなペテンやインチキ、トリックをはたらこうと何らおかしくない。


「重さだけでは疑いが晴れないと思うので、試金石と判定基準にする金の延べ棒、磁石もお持ちいたしております!」


「だから、どこから出したんだ。そもそもこの金の文鎮を君が持ち込んだという可能性もあるだろう」


「ここに元々あるもの以外、許しもなくノートン様の防御壁を通過するのは不可能です」


「確かに……でもこの水槽は?」


「ノートン様にちゃんと申告し、許可を頂きました!」


 ぴらりとアニエスは申請証を複写した控えを出した。

 というか『賢者の石』の申請もまんま記述が『賢者の石』だった。

 判定がずさん過ぎはしないだろうか?


 そして、肝心の調査結果はというと……。

 この黄金の文鎮が紛れもない本物だということが証明されたのである。

~金属密度~

金 19.32[g/㎠]

錫  7.29[g/㎠]

水銀 13.5[g/㎠]


※試金石……『那智黒石』という黒くて硬い石。金の硬度は爪の硬さくらいなので、試金石をこすりつけるだけで金が削れて付着します。試金石に調べたい金と判定基準となる金を同じ力でこすりつけて色と量を比較します。因みに、硝酸を少量垂らすことで真贋を調べる方法(純度の高い金であるほど硝酸では溶けない)もアニエスは試そうとしましたが、さすがに硝酸はノートンからNGが出たため持ち込めませんでした。


~磁石で金を調べる方法~

純金や銀、銅などの金属は磁石に反応しません。金メッキ製品のベースとして使われる金属は、磁石に反応する可能性があります。磁石を近づけた際に引き寄せられた製品は、メッキである可能性が高くなります。因みに水銀は磁石にくっつきませんが近づけると逆に反発して逃げます。

 


 


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