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その後14(裸と毒見)

「え、なんだこれ」


 セオドリックがそういうのも無理もない。

 食欲も性欲も限界で部屋で待っていると、なんとバスローブ一枚身に着けたアニエスが夜食を持ってやってきたのだから。たぶんこれは普通に考えて夢だろう。

 しかしアニエスは、おずおずとセオドリックの前に進み出るとことの顛末を説明しだした。


「殿下、実はかくかくしかじかで……」


「まるまるうまうまと……アニエス、君はとってもお馬鹿なのかな?」


「うう、まったくその通りでございます。本当にごめんなさい、いつもと違う場所と雰囲気でテンション上がってはしゃいでしまいました」


「で、毒見係はもう休んでいるからアニエスがいま目の前で毒見役を買って出ると」


「はい、私は毒に耐性があります。その上、毒に詳しく。味、痺れ、匂いである程度の毒の分析も可能なためお役に立てるかと」


「なるほどね」


 というか、セオドリックにとってもはや食事などどうでもよかった。目の前にたよりない布一枚まとった下に生まれた姿のままのアニエスがいる。


 そのことに今は全神経が向いていた。


 しかも、風呂上がりで先ほどとはまた違う甘い良い匂いと、化粧をしていないすっぴんがやたら新鮮だ。


 というかすっぴんもどんだけ可愛いければ気が済むんだ殺す気か。とセオドリックの胸中は今とても大変なことになっている……。


「えーと、それでは私の食器を」

「あー大変だわ! 食器を一組しか持ってこなかった」


 するとなぜかコーラがわざとらしく大声で叫んだ。


「そうなの、じゃあ取ってきて……」

「いやー! アニエス嬢すみません。実は他の食器は全て念のため超強力漂白中ですぐには使用できないんですよ」


 これまた、ノートンが何やらわかりやすく大声で叫んだ。


「……銀製品って漂白して良いのかしら? まあ薬品にもよるのかな? うーんそれじゃあどうやって毒見をしよう」


 それにセオドリックはなんでもない顔でたった一組の食器を差し出した。


「別にアニエスが先に使って、私が後から使えばいいだけだろう」

 

 それにアニエスは少し驚く。


「そんな、よろしいのですか?」

「ああ、別に私なら構わない」

「殿下がそのようにおっしゃるのでしたら、わかりました。では失礼して」


 用意されていたのはカブのスープと骨付き羊のワイン煮込みとテリーヌ、そしてパンといった簡素なものだがこの時間の夜食としては十分だろう。


 アニエスはまずスープを頂く。容器に異変は無いし匂いも普通。口にしばらく含んでから咀嚼する。うん、問題はなさそうだ。


「では、殿下食器を……」

「悪いがそのまま食べさせてくれないか? いちいち食器を移動するのも手間だし」


 それを聞き驚いたが確かにそれは一理ある気がする。アニエスが頷くと、何故かコーラとノートンが小さくガッツポーズをしているのが目の端に映った。

 一体何をしているのだろう。


「では、殿下お口を開けてください。あーん」

「ちょっと熱そうだな」

「え、そうですか? では、少しお待ちを、ふーふー、はいあーん」


 控えめに言って天国だろうか? セオドリックはこの一匙で今日のあらゆる疲れが吹き飛ぶ気がした。

 おまけに下に何もつけていないアニエスの豊かな胸は、ちょっとした動作でぷるんっと跳ねるのだ。


「ぐっ……」

「え、もしかしてまだ熱かったでしょうか!?」

「いや違う……満たされると同時にどうしようもない飢えが」

「ああ、確かに一口くちにすると逆に食欲が増すことってありますものね?」


 アニエスが無邪気に答えるがだがそうじゃない。セオドリックはアニエスの無防備さに抗淫薬では抑えきれない欲望の高まりを感じていた。


「殿下、大丈夫ですよ。まだいっぱいございますからちゃんと満たして差し上げます」


 なんでだろう。何故だかエロいセリフに聞こえるのは気のせいだろうか。


「殿下、パンもいかがですか?」

「ああ、いただくよ」


 そう言うとアニエスはおもむろにパンを取るとまずは自分が毒見をしてから、さらに一口サイズにちぎりセオドリックの口に運んだ。


「殿下、はいあーん」


 アニエスはどうやら気づいていない。

 食器の必要のないパンはわざわざ食べさせる必要などないことを……だがそんな余計な野暮をはたらく人間はこの空間には存在しない。

 なぜならみんな大人だから。


「あ、やん、殿下! 指は食べないでください」

「仕方ないだろう。食べにくいんだからどうしてもこうなってしまう」

「うーん、そうかなあ。私の食べさせ方が下手なのかも」


 アニエスがいろいろと工夫してもおそらく無駄である。

 こういうことに関してセオドリックの方はアニエスよりはるかに頭が回り自分が有利な方向へもっていくことに長けている。案の定。


「きゃあっ、殿下くすぐっ……たい」


 アニエスが考えてパンを運んでも、その指はかぷっと咥えられた。

 そして、そんなちょっとしたわちゃわちゃしたやり取りでアニエスの太ももあたりはだいぶはだけ気味になる。

 肩口は少し下がると気にして直すが、その分下半身が少々おろそかになっていた。


「ヤバい。これは本気でヤバい」

「殿下、何かおっしゃいましたか?」

「ノートンちょっといいか」

「御意に」


 セオドリックはアニエスに背を向けノートンに小声で話す。


「ノートン、アニエスの侍女と一緒に一度外に出てはくれないか?」


 それに、ノートンは目を閉じうーんと難しい顔になる。


「そうして差し上げたいのは山々ですが、アニエス嬢のお目付け役もございますし。殿下どうかお食事だけで満足してください」


「私だって、これだけで十分ラッキーだとわかっている。だがもう私のこれが限界だ! ノートンだって同じ状況だったら男としてわかるだろう!?」


「はい、わかります。ですが事と次第によっては明日以降の日程に関わりますし……」


「この堅物(かたぶつ)! いいじゃないか真冬の世の夢だと思って目をつぶってくれても」


「でもこんななし崩しに関係を持てば、それこそ殿下の今までの努力が水泡に帰すかもしれませんよ。いくらアニエス嬢だって傷つくに違いありません」


「それは……確かにそうだ、私もアニエスを大切にしたい。でも、私は同時に痛いほどわかっているんだ。こんなチャンスがめったにないことを……ここには邪魔者もいないから」


「うっ、た、確かに」


「だからノートンそこをどうか……」


「できた!」


 セオドリックとノートンが話し込んでいると、急にアニエスのノー天気な声が頭から降ってきた。

 二人が思わず振り返るとそこには先ほどのバスローブを脱ぎ、女給服いわゆるメイド服を着こんだアニエスがはいた。


「お話はもう終えられましたか?」


「アニエスなんだその服は」


「はい、先ほど厨房から拝借してきたものです。いつまでもあのような格好で殿下の御前に立つのは無礼ですから着替えるタイミングを見計らっておりました、そしたらちょうど話し込まれているようなので、その間にササッと着替えさせていただきました」


「え、じゃあ今さっきここで生着替えをしていたと?」


「生着替え? ああ早着替えのことですか? ふふふ公爵家に生まれてこのかた十六年。早着替えに関してはもはやプロの域です!」


 ちなみに、着替えの時はちゃんとコーラがもとのバスローブを壁に間に立って着替えたし、その間は一分もない。


「何てことだ! いやこれはこれでもちろん悪くないんだがそれでも何とも言えない喪失感がぁ!」


「あ、あとそれからお食事は食器の要らないサンドイッチにしてみました! 最初からこうすればよかったですね。うっかりしていました」


「……うわあ」


 セオドリックは絶好の機会を逃したことにショックが隠せない。

 そんなセオドリックの心境を知ってか知らずかアニエスは機嫌よさそうににまにまと笑っている。


「そしてそして……ジャーン! こちらスコッチと氷、あとゲーム用のカードのご登場!」


「どうしたんだそれは?」


「確かこちらの屋敷で貯蔵されているものは何を飲み食いしてもいいとのもともとの説明でしたよね? 実は私はこのスコッチと氷を事前にチェックしていて寝酒にいただくために厨房に向かっていたんです」


「アニエスは寝酒を嗜むのか?」


「いいえ、初挑戦です。普段はアレクサンダーがいくら成人したとはいえ体に良いとは言えないから二十歳まで我慢しなさいってうるさいので鬼の居ぬ間に……というやつですね」


「いや、飲みなれていないのに、よりにもよってそんな度数の高い酒を……」


「でも、どうせなら皆さんでいただこうかと思うんです。カードでもしながら」


「そんなに行きたかったんだなロドリスとかいう女性の集まりに」


「うっえあっと、でももう遅いしやっぱりだめですか?」


「いや、私もこのままじゃ眠れないと思っていたんだ。一、二ゲームくらい構わないだろう」


「え! ほ、本当によろしいのですか」


「ああ、ただし」


 セオドリックはそこで何かいいこと……いや悪いことを思いついた。


「どうせなら何かを賭けるとしようか?」


 そしてゲームの火蓋は切られた。




※ノートンさんの怪我はないのかをまずちゃんとチェックし手当もしました。

※メイド服は後でクリーニングし、割った食器類はアニエスがきちんと弁償しました。

※銀食器は漂白ダメ絶対!

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