その後13(台無しの代償)
「ふんふんふーん」
仮宿の貴族の屋敷。
その廊下は予想どおり部屋よりだいぶ涼しかった。
というか寒いくらいなので、コーラは一度上着をとってきたくらいだ。
ところがアニエスはそれでも全然寒くはなくてまだ少しほてっているようだ。
「うーん」
きょろきょろとアニエスは廊下を見渡した。廊下はシンとして人の気配が一切ない。
「えい! 脱いじゃえ」
アニエスは突如着ていたバスローブを脱ぎ全裸になった。正確には足にハイヒールは履いているが……。
「お、お嬢様!?」
それに驚いたのはもちろんコーラだ。
「わー気持ちいい! サウナの後の水風呂みたい」
「お嬢様人が来たらどうします! とんだ変態娘ですよ!」
「ランプがなきゃ何をしているかなんて見えないもんね! そもそも人の気配なんて皆無だから大丈夫大丈夫!」
「うーん、アレクサンダー様を連れてくるべきでした」
「ふふふ、これぞ鬼のいぬ間の洗濯! アレクがいてこんなことをしようものなら部屋にポイ投げされてドアに板を打ち付けられて出られなくされたわねきっと。アレクも今の時間は試験勉強で起きているのかな?」
「そうですね。飛び級の大学試験は大変みたいですよ」
「私も帰ったら仕事片付けなきゃね。お仕事楽しいからいいけど!」
そういいながらアニエスは階段の手すりにバスローブをのせ、飛び乗るとシャーッと滑り出した。
バスローブをソリ代わりにあの子供が手すりを滑り台にするやつである。
「お嬢様! 明かりを」
「平気平気!」
そうして手すりの一番下まできたのを感じアニエスはジャンプした。
ところが、ジャンプした先でアニエスは何か人影にぶつかってしまった。
「いたた……ごめんなさい」
そう言うと、そこにいたのは……。
「えっ、誰ですか!?」
「ノートン様!!」
なんと人がいた。しかも相手は声からしてノートンである。
アニエスは慌ててソリにしていたバスローブをさっと着こむ。幸いにも全裸は見られずに済んだようだ。
アニエスは倒れたランプを拾い上げノートンにそっと渡した。
「え、あ、もしかしてアニエス嬢ですか?」
「ごめんなさい。どこか痛んだりしますか? というか、キャーッ! せっかくの料理がごめんなさい!」
「ああ、本当ですね……身体ならこれくらい何ともありませんよ」
ノートンもアニエスがぶつかったため起こった料理の惨状に愕然とする。
「すみません! 今すぐ代わりのものを」
「ああ、これはもう最後で代わりがないのですよ」
そう聞き、アニエスは青ざめた。
「どどどうしよう。わたしがふざけていたばっかりに」
そこにようやくアニエスに追いついたコーラが合流した。
「お嬢様ー! どうかされましたか」
「ああ、コーラどうしよう! 実は私がぶつかってノートン様の料理を台無しにしてしまったの」
「まあ! それは大変。それならこちらの後片付けは私がいたしますからお嬢様はノートン様と厨房へ代わりのものをとってらしてください」
「コーラ殿ありがとうございます。ですが、こちらが内容をチェックをした最後のものでして」
それを聞いたアニエスはノートンに聞き返した。
「それは、つまり毒や腐敗などのチェックのことですか」
「はい、そうです」
「じゃあ、そうでない手つかずのものなら食材はあるということですね?」
「はい、それなら十分」
「うーん、それならこういうのはどうでしょうか?」
そう言ってアニエスはコショコショとノートンにある提案をした。
そして、その結果。
「殿下、お待たせいたしました。アニエス毒見役として、こちらのお部屋に失礼いたします!」
新たな料理を持ってアニエスはコーラ、ノートンとともにセオドリックの部屋を訪ねることになったのであった。