その後12(高体温)
「お嬢様いつまで裸でいるんですか?」
お風呂から出たが湯冷めするどころか部屋の中は寒くなく、むしろ暑いくらい。
窓は二重だし、キッチンやランドリーからの熱せられた排気が部屋の床下を通る仕組みで床暖房のようになっている。
なので、アニエスはお風呂上りにも裸でうろついていた。
というのもアニエスは基礎体温が異様に高い。
新陳代謝が高く、病気でもないのにがん細胞が全滅するといわれる体温四十二・五度になるのも珍しくない。
これは四分の一とはいえ不老長寿といわれるエルフの血統が少なからず関係するようだ。
アニエスは軽い擦り傷なら一瞬で治るし、骨折も三日もあればくっつく。毒も幼い時に慣らされたこともあり耐性があるし、シミやあざ、ソバカス等も気付いたらなくなっていたり、髪やまつ毛の毛量も人よりずっと多い。
とはいえ良いことばかりでなく、幼い頃はあらゆる見たこともない奇病や疾病やアレルギーが暴発した。
これはあらゆる抗体を作るためと思われるがおかげで頭からキノコが生えたり、顔色が緑の水玉になったり、全身ビビットな色の毛に覆われた謎の生物状態になったり、角が生えて鹿のような角がカーテンにひっかかり危うく首を吊りかけたり色々大変だったのだ。不老長寿も楽ではないらしい。
「アイスが食べたいなー」
すっ裸で、日課のストレッチをしつつアニエスは言った。実にあられもない格好である。
男性諸氏の願望として、女の子が裸でいろんなポーズをするところを見たいというものがあるがそれを実際叶えるのは難しい。
何故ならたとえ彼女がいても、そこは恥じらいやら彼氏にキレイなところや可愛いところしか見せたくないといういじらしさゆえに、裸で変な格好をしたがらないからだ。いわゆるそういう時にしか基本は裸にならないというのもある。
だけど今のアニエスは誰に強要されたわけでもなく、涼しいし赤子のようにただ楽だから裸でゴロゴロうろうろしていて、その姿に法則性はなく男性がいたらその夢を今まさに叶えていた。
「アイス……」
「お屋敷じゃないのでアイスクリームはご用意できませんよお嬢様」
アニエスはじっと窓の外を見る。真っ白な雪がチラついている。
「……コンデンスミルクとジャムならいける?」
「雪はかき氷じゃありません。変なものを口にするとお腹を壊しますよ」
アニエスは何事か唸りながらクッションに顔を押し当て、足をばたつかせた。
「でも、こんなに体が熱いと逆に上手く寝られないんだもん。人って眠るときに体温を下げるものなんだよ? なのに、むしろどんどん熱が上がっている気がする!」
「さっきのお風呂も保温効果の高いものでしたしね」
「私たちにもこの部屋は暑いですよコーラさん」
メイとハナもそんなアニエスの肩を持った。
「とはいえ、そんなわがままは……」
「もちろん我が儘だってわかってるけど、うーん……あ、そうだいいこと思いついたバスローブを取ってくれる?」
「お嬢様の『いいこと』は一般的に非常に厄介事なんですが」
だが、アニエスは気にせずバスローブに腕を通して帯のように紐を前で縛る。
「ちょっと厨房に行ってくるわ」
「お嬢様! その格好でですか!?」
「大丈夫よ。ホテルじゃないし他の人の部屋はかなり遠いし、何より零時を回っているんだもの、誰ももう部屋から出ないでしょう」
「それなら私たちが参ります」
「いいのいいの、ついでに廊下で涼むわ。それに私の取ってこようとしてるものの検討は私が勝手につけているだけで見つかる保証はないのよ。何にもなければ水でも飲んでくるわ。三人はもう遅いし休んで大丈夫だからね」
「いいえ! 私も参ります」
「えー寝てていいのに」
「万が一もございますから」
「その場合、私一人の方がなんとかできると思うよ。コーラは細腕だし」
「腕の太さ自体は変わりませんよ」
「もうわかったよ! じゃあメイ、ハナは先に休んでてね。どうか良い夢をおやすみなさい」
「「行ってらっしゃいませお嬢様。そしてお先に失礼します」」
アニエスは手を振って、意気揚々と部屋を出たのであった。
~バスローブ~
バスローブは日本の浴衣がヨーロッパに伝わって、それがやがてバスローブになった説と18世紀頃ローマで蒸し風呂に入浴する際に熱気から体を保護し、裸を隠すために来ていたローブが起源とする説がある。