その後10(依存症を治そう)
実は晩餐会でセオドリックは何人かの女性からお誘いがあった。
最初アニエスの艶姿に怯み戦意喪失した者がほとんどだった。
とはいえ、良く言えばガッツのある人間というものはいるもので、彼女たちはたとえ二番手でもいいからとか、顔以外なら私の方が勝てるはず。或いは、今世紀最大のチャンスなんだから当たって砕けろとばかりにセオドリックへの誘惑を試みた。
それこそお酒を使ったり、さりげなく体でアピールしたり、給仕の人間に頼んだり……だがどれもセオドリックにのらりくらりとかわされてしまった。
中には議員や地元の豪族、貴族が自ら自身の愛人を推薦したりもあった。
だがそれも冗談を言っているんだろうなと思って反応している人間のようなふりをして、のらりくらりとセオドリックは上手くかわす。
結局、この絶好の機会を生かせた者は、唯一アニエスの利用価値に気付いたロドリスだけだ。
そして、晩餐会が終わりセオドリックは早々に現在、仮宿としている街が用意したさる貴族の屋敷に戻っていた。
「お疲れさまでございました殿下。何か軽くお召し上がりになりますか?」
「ああ、頼む」
セオドリックは晩餐会で申し訳ないが、旅疲れで食欲がないなどと言ってほとんど食事をとらなかった。
一応毒見役は連れて行ったし、厨房にも見張りを入れたが、あんな下品な会を開く彼らだ。
毒までとはいかずとも催淫薬か睡眠薬を入れていてもおかしくはない。
そして、今のセオドリックに催淫薬は猛毒より身体がきついのだ。
「はあ、しんどい」
「殿下、ご気分がすぐれませんか?」
「ああ、晩餐会中ずっとアニエスにムラムラして、……いやあのドレスは確かに私が贈ったもので、実際とても似合っていた。似合いすぎるくらいに……!! でも今にもこぼれそうな胸や、ほの暗い晩餐会場で浮き立つような白い肌…………つい油断して脇の下を見せたり、息をするときわずかに上下するか細い肩。笑っておちゃめに指を噛んだり、口元をちょっとだけ舐める仕草。真っ白な小さな歯。紅く染まる頬や潤んだ無防備なまなざし。…………それらを目にするたび、もう、もう……!」
「でんか、殿下落ち着いて! 深呼吸です!」
セオドリックは座りながら頭を抱えて、イライラしたように貧乏ゆすりを始めた。
「ノートン……早くタブレットを……!」
「はい、抗淫薬ですね! こちらです」
セオドリックは受け取るとそれを乱暴に口に放り込み、ノートンが次に水を渡すとそれもがぶがぶと飲み干す。
「いい飲みっぷりです殿下」
「ああ、今日、周りに誘われるのはやばかった。つい手を出してしまいそうで」
ノートンはセオドリックのそんな姿にそっと涙する。
「十一歳から一日と女性とベッドを共にしない日のほとんどなかった殿下が……なんといじらしい」
「こんなことで泣くのはやめてくれ。頼むから」
「いえ、実際殿下の今の様子はヘビースモーカーが禁煙するのと同じです。依存していたものにこんな真っ向から立ち向かう姿は、大変ご立派だと思います」
「本当だよ辛いよ」
「アニエス嬢にプロポーズしてからなので、かれこれだいたい六ヶ月ほどですか」
「そうだな」
「この間、王宮でアニエス嬢と二人きりになった際は、もう無理だろうと思っていました」
「私も思ったよ。恰好なんかつけないで襲えばよかった」
「……でもなさらなかった! タニア王女殿下もそれはいたく感動しておりました。実にご立派だと!!」
「なんか恥ずかしくなってきたから、もう止めてくれないか?」
セオドリックはふらふらと立ち上がりそのままベッドに突っ伏した。
「殿下、お召し替えを」
「……ほんの五分だけこのままにしてくれ」
常時欲求不満を抱える中、セオドリックはアニエスの隣に立つだけで、自分の中の獣が奮い立ち、飢えた狼が獲物だけを凝視するように、アニエスを舐め回すように見てしまう。
これでは、アニエスに近付こうとして逆に怖がらせるのではないかとも思うが、セオドリックはアニエスにプロポーズする際にけじめをつけることを前々から決めていた。
でなければ、アニエスに自分がどれほど本気か伝わらないことがわかっていたからだ。
しかしそのことは本人には伝えていない。
それは、改めてプロポーズするための難所がまだクリアできていないからだ。
アニエスに前回プロポーズしたときにアニエスには、父の許可なく結婚は出来ないから父に話を通してくださいと断られた。これは至極まっとうな答えだった。
貴族同士の結婚は家の当主である娘の父親が決めるものと決まっている。
それは貴族の結婚が単に当人同士の問題ではなく、家同士の繋がり、財産や領地のあれこれ、政治や宗教のバランスなどの多くのことが関わってくるためだ。
セオドリックもそれは百も承知している。というか、しているからこその行動だった。
なぜなら、アニエスの父親からの許しはまず得られない。
それはアニエスが『ロナ』家の娘で、『魔力無し』だからだ。
まずは他国が猛反発するだろう。
ロナ家本家がずっとローゼナタリアに籍を置いていることが他国の連中は気に食わない。
いつローゼナタリアの王家がロナ家本家を取り込まんとするんじゃないかと常に警戒している。
ロナ家は現在も国家を離れあらゆる特権や秘技をもっており、独立した権限を持つ。それをどの国も喉から手が出るほど欲している。
そして国内からの反発。
アニエスが『魔力無し』ということが、魔力が無いゆえの国の運営に関わる影響力の大きさや子孫への影響。単純に差別と蔑視。
また、ロナ家ばかり特別扱いなことに内心業を煮やしているローゼナタリア貴族の古参連中など……。
ロナ家、現当主イライアスはこのことを誰よりも理解しており、また中立を貫いている。
だからこそ、パワーバランスが崩れ王家との軋轢を生まないため、自分の子供たちが竜持ち……『ドラゴニスト』になった際に、人質として国の管轄下で教育することを自ら望んだのだ。
でも、セオドリックはアニエスとの結婚の可能性はゼロだとは考えていない。
そのために今は準備し、策を練り、あらゆる手段に打って出ている段階だ。
「早く公爵閣下を口説き落とさねばな」
セオドリックは突っ伏したまま、ぼそりとつぶやいた。
「でも、その前にキスくらいしないと干からびそうだ……!」
セオドリックは瞼の下に今日のアニエスの姿を思い出した。
「アニエスは今頃どうしているのだろうか」
そして現在の彼女の姿に思いを馳せた。
で、今アニエスは何をしているかというと……。
「見てみて! 大きなシャボン玉」
無邪気にお風呂に入っているのだった。
~キャラクター紹介~
イライアス……アニエスのパパ。ロナ公爵家現当主。飾り気のない性格の持ち主だが非常に強い。でもいろいろいろいろいろいろあって実母にしてロリババア様こと大魔女ガブリエラや妻ディアナには頭が上がらなかいことも多々。アニエスの性格はディアナよりイライアス似である。犬好き。ロナ家の歴史的の責任を誰よりも感じている。