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その後9(冬の晩餐会・急)

 アニエスの向かい側のこの彼女はだいたい十九歳から二十一歳くらい。

 髪は濃い紫みのかかったピンク色(でも地毛ではなさそう)。

 出るとこは出て引っ込むべきところは引っ込んでいるがややムチムチよりの中肉中背。

 顔は目元と唇を強調していてだいぶ派手目なメイクをしているが、翠の目が印象深い美人だ。


「うふ、お話し中お邪魔してごめんなさい。どうしてもお話ししたくて声をかけてしまったの」


 それにアニエスはにこやかに答える。


「ごきげんよう。いいえお声をかけていただけて嬉しいですわ」


 アニエスは基本的に女性に嫌われやすいため、女性に優しく声を掛けられると嬉しくなってしまう悲しき習性を持つ。おまけに女の美人にもいたく弱い。


 他の女性が睨んだり無視したり、チラチラとこちらを気にしている様な気配がするのにちっとも声をかけてこない中、明らかに彼女は好意的だった。


「不躾でごめんなさい。貴方すっごい美人ね。ここにいる全員の中で誰よりも綺麗だわ。いったい何を食べたらそんなに美しくなれるのかしら? 地元の方ではないでしょう? どちらの出身」


「そんなとんでもない……でもたとえお世辞であろうと嬉しいことにかわりはありませんわ。出身? 籍自体は北東にございます。でも、家は東部……かしら。住む場所を転々とするので、ここが出身と明確に言うのは難しいですわね」


 濃いピンクの髪の女は食前酒を飲みながらアニエスの話をうんうんと聞く。


 はて、北東なんて基本的に貧しい土地のはずだが有名な貴族はいただろうか? でも、東ならだいたい豊かだし先祖の籍はそのままに、東で成功した一族なのかもしれない……などの様々な憶測が女の頭の中で行き交う。


 女はさっそく核心に迫ることにした。


「私はロドリス。ロドリス・ハードと言います。貴方のお名前を伺ってもよろしいかしら?」


「まあ、ごめんなさい。殿下の周りでお世話をする者は公式で名を出す場合を除いて、防犯上の理由で仮名しか名乗れないお約束になっているのです。ええ、あの、それでもかまいませんこと?」


「えっ! またなんで」


「名前を媒介に呪われて操られるかもしれないからです。もし操られて殿下に危害を加えたら大変ですから、だからむやみに名前は明かせないんです」


「でもこちらのノートン様は自分の名前を明かしてらっしゃるわ」


「ノートン様はあらゆる人心操作系の魔法や、精神魔法、催眠術にかなり強い耐性がありますし、優秀な魔法使いでもありますから操るのなんてほぼ不可能だと思いますわ。無理やり縛りつけて術を掛けようとしても、ノートン様は体術、武芸にも覚えがあるのでたった数十人ではとても相手にもならないでしょう」


 そんなすごい人だったと聞きロドリスは驚いてノートンの方を見た。すると、ノートンは恥ずかしそうに咳払いをする。


 基本的に整った顔立ちだが、地味で穏やかな雰囲気なので、とてもそんな風にはみえない。

 でも確か王太子の最側近と聞いていたから、そう考えるとこの超ハイスペックも頷ける。

 ということは、彼も超名家の出ではないのかとロドリスはノートンへの見る目も変えた。


「では、仮名でいいのでどうぞ教えてください」


「それならどうぞサーシャとお呼びください」


「わかりましたサーシャ様ですね。 サーシャ様、私たちはこれでもうお友達ですよね?」


(お友達!!)


 アニエスはお友達という単語にじーーんと感動した。


 アニエスは基本友達がいな……少ない。特に女友達。


 いろいろとそれには理由があるが、ほとんどはアニエスが努力しても……いやむしろ努力すればするほどそれらは悪化する。


 例えばその一つが、この抜きん出た最たる美貌。


 そんな美貌を有しておきながらそれでいてその自覚にあまりに低く、ぼんやりしたところがあるので男たちはそんな彼女に舌なめずりをし、親切にふるまったりする。

 それが、他の女の子たちにはあざとく、ずるく見えるのだ。


 しかし、アニエスをよく知る者は、アニエスがただぼんやりしているわけではなく、ただ頭がおかしく人知を超えたところがある人物であるということ、そして自信が無い様もわざと演じているのではなく、長年の生育環境がトラウマとなり、骨の髄まで彼女を侵しているからに他ならないことを知っている。


「お友達……お友達……お友達……!(じーん)」


「あのサーシャ様? 大丈夫ですか」


「ご、ごめんなさい感極まってしまって!」


「え、もしかして泣いているのですか!?」

 

「ああ、西洋わさびが利いたのかしら」


「いま口にしているのコンソメスープですが……」


 ロドリスはアニエスの反応に困惑しつつも、これは付け入るチャンスだとニヤリとする。

 しかしその様子をしっかり見ていた者たちがいた。


 セオドリックとノートンだ。


「もしよければこの後私のお友達とカードをすることになっているんです。よろしかったら一緒にいかがでしょう?」


「わあ! 私なんかがよろしいのですか?」


「ええ、カードは人数が多ければ多いほど盛り上がりますから」


「ええ、それではぜ……」

「申し訳ない。彼女は先約済みなんだ」


 そこで、セオドリックが二人に割って入った。


「サーシャはこのあと私と過ごすことになっている。そうだろう? サーシャ」


「え?」


 それにロドリスは気分を害した様子を見せずにこやかに応える。


「ごきげんよう殿下。まあ、そうでしたのね。けどそれほど時間は取らせないと思います。せっかくできたお友達ですもの、ここでお別れするのはお名残惜しいですわ」


「ごきげんようお美しい方。それもそうですねじゃあこうしよう。明日開催される雪まつりの特別席にご招待するというのは? どう思うサーシャ」


 アニエスはその提案に嬉しくて思わず席から立ち上がってしまいそうになる気持ちを抑え、コクコクと(うなづ)く。

 それにはロドリスも願ったり叶ったりだった。


「まあ、素敵だわ! ええ是非ご一緒させてください。……では今夜はお譲りいたしますわ」


「ありがとう、お美しい方は実に賢い方だ」


 ロドリスはにこにこと満足しながらも結局サーシャ……アニエスの正体はわからずじまいかと水を飲んだ。

 その時ふとアニエスの右手に目が留まった。

 素晴らしいティアラやネックレスやイヤリングが輝く中、彼女が一つだけしている指輪の比較して地味さが逆に目立ったのだ。


 ロドリスはアニエスに言った。


「ねえ、せっかくなら握手をしませんか? 友情の握手です」


「まあ『友情の握手』? こちらの風習かしらぜひ喜んで!」


 そう言ってアニエスは右手を差し出した。

 その瞬間ロドリスは見逃さなかった。


(あれはもしかして妖精銀ミスリル? 平然と身に着けているけど彼女にはじゃあ魔力は無いのかしら? そしてあの家紋もどこかで……、そう銀行。街の中央の大きな銀行のエントランスで見たことがあるわ。あの銀行は確かロナの……)


 そこでロドリスははっと気付いた。


 魔力が無い……ロナ……それはつまり……。


 あらゆる国の王家はある一つの家門から発する。

 魔法の始祖ともいわれる家系。

 大昔、大国家の元首の地位を放棄し分家にそれらを全てゆだね、本家はあらゆる秘技と特権を持ちながら、さる国の公爵にとどまることを望んだ。

 もっとも古き偉大なる血『大公爵ロナ家』

 だが、不運にもその直系である現公爵の一人娘には一滴の魔力も無い。

 その娘の名は『アニエス・ロナ・チャイルズ・アルティミスティア』

 

 ロドリスは遂に気付いてしまった。


「んふ、まさか大海の主を釣り上げるとわね……」


 この千載一遇のチャンスにーー。





※アニエスは公式の場ではお嬢様言葉に拍車がかかっています。本人も意識してます。





~キャラクター紹介~

サーシャ……アニエスの偽名。防犯のため。


ロドリス・ハード……地方豪族をパトロンに持つ。濃い紫みのかかった髪色(ただし地毛ではない)。翠の目の美人。アニエスを利用したい。


ノートン……セオドリックの最側近にして侍従頭。王宮内では最も今後エリートコースを歩むであろう人物。護衛や結界系統、情報操作の魔法が得意。武術にも優れる。セオドリックとは子供の時からの付き合いで親友と言っていい間柄。そのため二人きりの時はセオドリックに歯に衣着せぬ物言いで鋭いツッコみをするが、そのあたりもセオドリックにはとても気に入られている。

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