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その後8(冬の晩餐会・破)

 これは晩餐会の別視点。


 彼女たちは愛人に呼ばれた急な晩餐会に、ほとんどは不満を抱いていた。

 事前に知らせていたならまだしも、準備には時間もお金もかかるからだ。


 この中にはダンサーや女優、歌手など他に仕事を持つ者や、他の贔屓にしてもらっているパトロンと予定が元々あった高級娼婦。

 うだつが上がらない貧乏貴族の新妻などは夫の目をどうにか、かいくぐらないといけない。

 

 それでも自分の若さと可愛さや美しさに支援をしてくれるお得意様には愛想を振りまかなければいけないのだ。人生がここで終了にしないために……。


 彼女たちはその野心を叶えるチャンスがとても限定的なものだということ、だがそれでも若さと美しさがあるのはかなり恵まれている方だということをよく理解していた。

 

「はあ、また衣装代や美容代で借金が増えるのね」


 お腹の出た手の甲まで毛の生えた中年のスケベ親父じゃなく、どこかに若い美男で背が高く、良い匂いのお金持ち……それこそ王子様でも落ちてたらいいのにと彼女たちの誰もが夢想した。


 だがこれが、よく聞く引き寄せの効果というやつなのだろうか? 


 晩餐会場に着くと彼女たちがどうして急に呼ばれたのかの理由をパトロンたちが話すと、彼女たちの目は輝きだした。


 この晩餐会はあの並外れた美男子でしかも女好きと有名なセオドリック王太子殿下のために開かれたもの。


 本来なら三日後に行われる予定だったのを、一刻も早く殿下とお近づきになりたいという有力者たちの欲が張った結果、このように早まることに相成ったのだ。


 まさにこれは千載一遇のチャンス。

 予定通りであればこの会に呼ばれたのは本物の奥方達だったろう。


 それが権力のあるおじ様方の勝手な暴走と決めつけにより、奥方には予定がなくなったと言い放ち会場も変更。自分たちの愛人を「どうぞお好きにお味見ください。でも、おわかりですよね?」と恩着せがましく彼にあてがう為に呼ばれたのだ。


 物扱いは気に食わないが、それでも彼女たちは嬉々として化粧直しにいそしんだ。まさに小説に出てくるような玉の輿に乗れるかもしれない!



 だが、そこで彼女たちは思い知ることになる。

 


「王太子殿下、ご入場!」



 彼が晩餐会にパートナーと現れるのは容易に予想できた。

 だが磨きに磨いた美貌を誇る彼女たちは、自分たちのよく知る育ちはいいがセンスが古臭く、野暮ったい貴族令嬢などハナから敵ではないとほくそ笑んだ。侮っていたのだ。

 しかしそこに現れたのは野暮ったい貴族令嬢などではなかった。




 彼女が一歩、王太子とともに晩餐会場に入るなり場の空気が一新した。




 まるでそこだけ区切って別世界でもあるかのように、彼女は清らかな光を放っていた。


 もちろん人間が光を発したりはしないのでこれはきっと目の錯覚だろう。きっとあの煌びやかなダイヤのティアラのせいに違いない。

 でも、誰もがわかっていた。それだけじゃないことを……。



 手入れの行き届いたまばゆい白金髪は生まれた時からの天然もの。

 その髪を一糸乱れず編み上げ、後ろにそっと縦ロールを流す。

 縦ロールはむりやり(のり)で固めてはおらず、丁寧に腕の確かな者が施したものだった。


 卵型の手の平サイズの顔には、形の良い柳眉(りゅうび)が偏りなく配置され、蜂蜜色の長いまつ毛に覆われた大きな瞳は、本物の宝石のように七色に輝いている。

 

 存在を忘れるほど癖がなく形の良い鼻に、小さな唇は咲いたばかりの薔薇のように瑞々しく赤く。


 肌は滑らかに白く輝き、そばかすやほくろどころか、産毛すらその存在が一切許されていない。


 背は高く手足は初夏の若木のように、真っすぐにすらりと伸び、正に異次元のスタイルの良さ。


 胸は上に張り瑞々しく豊かで、胴は短く腰は手で触れたら折れそうなほど細く、なのに見た者の一生の記念になるほどその身体のバランスは整っているから実に摩訶不思議だ。


 ドレスの質とセンスは特級品。


 料理を邪魔することのない良い香りは、だけど控えめで柔らかく、とても心地が良い。

 高すぎず静かな声は可憐でありながら優雅。


 その仕草は憂いと夢みる優しさを持ち、爪先(つまさき)まで端正でありつつ、うっとりするような華があった。


 艶やかで色っぽいその視線を流せば見る者の心を狂わせずにはいられない。


 彼女の身に着けるダイヤモンドが脇役に徹するほど、その姿形(すがたかたち)はお月様でさえ思わず(うなづ)くほどの素晴らしさだ。

 


 まさに完全敗北。



 この世がどれほど不公平なのかを彼女たちの誰もが痛烈に感じずにはいられなかった。

 

 そんな彼女が隣の若い男性と言葉を交わせば、それは聞いたこともない異国の言葉。

 なら彼女は外国人なのかと思えば、次に口にするのは完璧なポッシュアクセント。いわゆる上流階級の話す本物の言葉だ。

 顔が小さいのにどうやら脳みそはいっぱいに詰まっているらしい。

 

 一体この娘は何者なのか!?


 誰もが絶望する中、その中にアニエスを別の意味で観察する者があった。

 アニエスを見た瞬間にこれは王太子は無理だと白旗を上げ、すぐにその戦線は離脱。


 けれど、(さと)くも彼女はすぐにこの娘は使えるかもしれないと考えだした。


 これほどの超高級品を身につけておきながら、それが浮くこともなく、その身に馴染んでいる……。

 これは長年当たり前に身に着けてきた人間の慣れがそうさせるのだろう。

 それはつまりこの娘が相当の金持ちであることの証だ。


 多分ここにいるお偉いさんでは足元にも及ばない大富豪か大貴族の娘で間違いない。

 

(これは、縁をつないでおいて損はなさそうね……)


 彼女は、プンプンと嗅ぎつけたお金の匂いに笑みをこぼしつつ猫なで声で声をかけた。


 晩餐会のハンティングがいよいよ始まるのだった。

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