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その後7(冬の晩餐会・序)

「では、乾杯いたしましょう。乾杯!」


「「「乾杯」」」


 雪の町の冬の晩餐会が始まった。

 メンバーは主にこの周辺の有力者。

 古くからの豪族や貴族、大地主。市長や市議会議員。そしてその妻。と、思いきや……。


「うふふっやだわ旦那様」


 若い。女性陣が圧倒的に若い。

 平均年齢二十歳前後。後妻……? にしては全員がそうなのはあまりにおかしい。

 これはなかなか闇が深い会になりそうだ。


「王太子殿下が連なる晩餐会にこうも堂々と愛人を連れてくるとは……」


 アニエスの隣りに偶然にも着席となったノートンがぼそりと言った。

 アニエスも、もう社交界デビューしているし、貴族の闇の部分も多少は知っている。


 アニエスの母ディアナ公爵夫人が晩餐会を開く際にいつも頭を悩ますのが、名簿で読み上げて入場をするのは夫婦が一緒で、なのはもちろん基本なのだが、…………問題は一度会場に入ってしまえばその席順については密かに恋人関係にある者同士を隣同士に指定しなければならない。という暗黙の了解だ。


 それをしないとこの社交界では、とんだ野暮で空気も読めない、遊び心もわからない愚鈍な田舎者扱いをされてしまう。


「ああ、アン! あの伯爵はこの男爵夫人とまだ付き合っているのだったかしら!?」


「奥様、あの伯爵は今オペラ歌手と付き合っていて、この男爵夫人は今は、あの伯爵の長男のソレ卿とお付き合いしておられます」


「え、じゃあこの男爵夫人は親子二人を……」


「そういうことになりますね」


「なんて汚らわしいの? もう離婚してしまいなさい!! これだから社交界なんて嫌いなのよ〜!?」


 そう母はよく嘆いていたっけ……とアニエスはふっと思い出す。因みにアンはアニエスの母ディアナの侍女の名である。あしからず。


 そしてこんなことを言っている母は実は秘密にしているがハーフエルフでかつ社交界の華だったりするから、努力はきちんと実を結んでいるのが唯一の救いといえるだろうか?


「確かに入場の時も一緒でしたね。本当の奥様達はどうされているのでしょう?」


「王都から離れ交通の便が不便なこの地域は、情報の伝達が遅くいまも古い因習が残っています。一見豊かで繫栄していますが、女性の地位はだいぶ低いようですね」


「こんな雪深く冬が長い地域では、冬のこうした華やいだ催しが心を明るくするというのに、奥様はお屋敷に閉じ込められているのですね」


「二人とも、今は晩餐の席なんだから、そのような話は控えなさい」


 アニエスのもう一方の隣に座るセオドリックが食前酒に口をつけつつ二人をたしなめた。

 こういう会での宗教や政治、悪口は基本タブーである。


 それをわかっているので、アニエスとノートンも口はほとんど動かさず、なるべく小声でほとんどの皆が知らないような外国語で話していたのだが、地獄耳のセオドリックには聞こえていたみたいだ。


「それにノートン、多分このメンバーは私を歓迎してそれなりに考えた上の選考だよ。だいぶ的外れで下品ではあるが」


「というのは、じゃあ彼女たちは彼らの愛人でありつつ殿下へのコンパニオンだと……」


「そういうことだろう。悪いけど彼らと棒兄弟になるのはごめんだ」


 この会話も古ローゼナタリア聖語である。

 古代魔法を使う時くらいしか使わないので、少なくとも超名門エールロードを出るくらいの知識階級層じゃないと理解できない。

 この会で、それがわかる知識階級はここにはまずいないだろう。


「殿下の噂は津々浦々に轟いているのですね」


「いや、アニエスお前はなんでこれを理解しているんだよ」


「でもわからない単語もありましたよ。『棒兄弟』ってなんです?」


「……」


 とはいえ、ここは穏やかに和やかに、友好的に晩餐会を楽しむべきだろう。

 実際おいしそうな食事はどんどん運ばれてくる。

 しかし、食事がおいしそうであればあるほどアニエスは憂鬱になった。


 こういう男尊女卑の考えが強い地域で、脂っこくて精力の付きそうなものを婦女子が喜んで食べることは、好まれないことをアニエスはよく理解していた。


 なるべくあっさりと、薄味で淡白なものをしかもそれも必ず半分以上は残さないといけない。

 普通ならそれをわかった上で着替えなどの時にちょこちょこ摘まんで食べておくのがベストなのだが、今回は晩餐会への準備時間が短いというのもあって水くらいしか口にしていなかった。


(うう、おなかペコペコなのに)


 昼間に行ったアイススケートもこれに拍車をかけていた。

 実はアイススケートは山登りより消費カロリーが高い。


 そんなアイススケートを温かい飲み物を飲んだ後も何時間も滑っていたのでアニエスはすっかり滑れるようになり軽くスピンまで決められるようになっていた。


 だがそれが、まさか空腹をここまでひどくするとは思いもよらないという。


「アニエス、遠慮しないで食べたいだけ食べていいぞ」


「私、顔に出ていましたか?」


「いや大体今日のスケジュールで、まともに何か口にする時間はなかったんじゃないかと思ってな」


「……いえ、大丈夫ですこれくらい何とかします」


「何を意地になって」


「ですが、ここでの私の態度は王太子セオドリックの教育不足とみなされます。悪習だと感じることも郷に入れば郷に従わなければ! 思わぬことで足元をすくわれてしまいますわ。そして、その足枷に私がなるわけにはまいりません!」


 アニエスは普段、自由で卑怯で狡猾で計算高い。なのに自分の立場や役割というものの(わきま)え方は実に誠実でかつ厳格だ。


 それが、あの厳格極まりない王宮宮廷見習いの中で魔力ゼロでありながら、ずば抜けて際立った代表的存在になれた理由だろう。


 また、それを貫くためならば、例え目上相手でも一切引いたりしない。そんな頑固さが彼女にはあった。


「それに明日は下町で油ギットギトにスパイスを効かせた、フライドジャークチキンを食べることを考えればこれくらい屁でもありません」


「それを外でドレス姿で堂々食べている姿もどうなんだ?」


「あと、食べたいものの味覚・視覚・音をよく思い出しながら、口をただモグモグすると空腹はかなり落ち着くんですよ。知っていましたか?」


「そうか、多分一生使うことはないアホ知識だ」


「ええ、すごく効果があって役に立つ知識なのに……」


「阿呆だ」


 セオドリックはアニエスのくだらない話に水のグラスに口をつけながらくっくと喉を鳴らして笑う。

 

 そしてそんな様子をずっと観察していたある女性が上目使いに猫なで声をかけてきた。


 いよいよ晩餐会のハンティングが始まろうとしていたのである。







 ※『フライドジャークチキン』は創作です。モデルとなったジャークチキンはあります。

 ジャマイカ料理で炭焼きなのがとっても美味しそうです。

 

※晩餐会の席順うんぬんや食事を女性は小鳥のようにしか食べない……という話は実話をもとにしています。



~キャラクター紹介~

ディアナ……アニエスのママ。公爵夫人で実はハーフエルフ。

アン……ディアナの侍女。気心が知れたディアナの理解者。



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