その後6(ティアラ)(※挿絵あり)
アニエスはある肝心なことを思い出した。
晩餐会に入場する際のパートナーがいない(ドン)。
とっても肝心でとっても重要な話なのだ。
通常晩餐会にはパートナーを伴わないといけない。
パートナーは主に夫や妻、婚約者。兄弟や家族ぐるみの付き合いの古くからの友人など……アニエスも普段なら、父や義弟のエース。
アニエス専属従者だが名門寄宿学校に通い貴族の家門に入るのが将来約束されているアレクサンダーを伴い招待された晩餐会に出席する。
でも今回はいわゆる王太子の公務に付き添うイレギュラーなおまけ。金魚のふんに近く、言うほど表立った立場には立たないだろうとすっかり油断していたのだ。
晩餐会用のドレスは受け取っていたにもかかわらず完全なる凡ミスである。
(どどどどうしよう。私も優しい市長さんから直接お声がけいただいた晩餐会だから今更欠席もできないし、……ノートン様に頼んでみる? いや絶対もうお相手がいるに違いない!)
「お嬢様」
(目立たないように最後にこっそり入場する? でも呼ばれたら行かなきゃならないし。あちらのリストはいったいどうなっているのかしら?)
「お嬢様」
(あ、あれだわ。中までは給仕の女給のふりをするのはどう? でもドレスは? 中で着替える? それともメイド服の下に着て……いやいや、あ、食べ物を運ぶ台車の下に隠れるとかはどう?)
「お嬢様」
「うーんうーん、コーラ少し考えなきゃいけないから後にして……」
「セオドリック王太子殿下がいらしてます」
「うーん。……え、殿下が?」
そこに立っていたのは晩餐用に燕尾服を着たセオドリック王太子殿下だった。
背が高く胸板が厚いのでこれでもかというほど様になって決まっている。
顔は灰色の瞳に亜麻色の髪の精悍なスーパーイケメンで、おまけに心地よく相手を蕩かすような甘さもあり、そのアンバランスさが男の色気を引き立てていた。
で、それでなぜにそんな超イケメン王太子がここにいるのだろうか?
「……殿下、順位的に真っ先に名前を呼ばれるのに急ぎパートナーのところに向かわなくてよいのですか?」
アニエスはポカンと思ったままを口にした。
「だからここに来たんだろう?」
そう言われ、あれここ相部屋でしたっけ? とアニエスは辺りをきょろきょろと見渡す。もちろんそこにはもともと自分たちの他に誰もいない。
「殿下、部屋を間違えております。ここには私と私の侍女たちしかおりません」
「いったい君以外の誰が私のパートナーだと思っているんだ」
「……ええ!?」
「逆にこっちがびっくりだよ」
セオドリックはため息をつきつつも、アニエスの手を取ってその甲にキスをした。
「私の隣りにいるようにちゃんと契約時にも言っていただろう?」
「え、でもそれは……」
「アレはこういった場ももちろん含んでのことだ」
それを言われアニエスは涙目になった。
「う、嬉しいです」
「え」
アニエスにそう言われセオドリックの心臓が跳ねる。だがしかし……。
「ひ、一人で入場しなければならないかと思ってたんで、本気でとても困っていたんです……!」
「阿呆なのかな?」
セオドリックは心底アニエスに呆れている。
「ご慈悲をありがとうございます殿下!」
「拝むな」
思わず嬉しくてアニエスはセオドリックに向かって合掌のポーズをし見上げてしまう。
「せっかくこんなに綺麗で見惚れていたのに、中身があまりに残念すぎるぞ」
「すみません」
反省してしょぼーんとうな垂れるアニエス。
そんなアニエスの顎をセオドリックはぐいっと持ち上げた。
「いいからもっとよく見せてくれ、じっくりその顔を見たい」
(だいぶ見慣れた顔でしょうに……)
そう思いながら、アニエスはセオドリックのされるがままにする。
「アニエス……少し目を瞑ってもらえないか?」
「はい、嫌です」
アニエスはキリっとした態度で応えた。
「……変なことはしないから黙って瞑れ命令だぞ」
「うう、はい」
言われた通り目を瞑ると頭に重みがかかる。まるで何か乗せている様な……。
「開けていいぞ」
「お嬢様、とってもお似合いでございますよ!」
「?」
おそるおそる目を開けると、いつの間にかコーラが鏡を持って横に立っていて嬉しそうにアニエスにその姿を見せた。
「ティアラ?」
「これは、お下がりじゃないぞ。今日に間に合ってよかった。総ダイヤになる」
煌めくダイヤモンドをふんだんに使用したティアラ。ダイヤモンドはいったい何百カラット使えばこんな輝きが出せるのだろうか?
「殿下、これは」
「初日だしインパクトがあった方が良いだろう。紳士側は下手な装飾は下品だと毛嫌いされるし、代わりにパートナーには大いに着飾ってもらう必要がある」
「でも王族でもない私がティアラだなんて」
「別に珍しいだけで、王族以外が身に着けてはいけないなんて決まりはない」
「まあ、確かにそうですよね……だけど、うーん本当にいいのかなあ」
「アニエスよく似合うぞ。徹夜してデザインした甲斐があったな」
「え! 殿下がデザインしたのですか? プロ!?」
「初めてにしてはまあまあかな。百個くらいは没になったけど」
「殿下が過程の努力を始め完璧超人が過ぎて怖い……」
本当に女性関係の乱れとセクハラがなければセオドリックは夢と理想の王子様だ。あんなにキャーキャー言われるのも頷ける。
「それじゃあ行こうか」
アニエスはなぜこの人は私にプロポーズしたんだろうと改めて考えた。
都合がよいから、竜持ちの『ドラゴニスト』だから、話がわかるから、自分の素を出せるから、妹のようだから、利益や機会をもたらすから…………どれもこれも十分な理由に思えるのに、それでも決定打には欠ける気がするのは、はたして気のせいなのだろうか……?
けれど、アニエスはあえてそれ以上考えるのをやめる。
ふいに思い付いて出してきたそれを、頭の引き出しにまた戻す。
なぜならそれ以上考えるのは危険な気がしたからだ。
アニエスは引き出しに鍵をかけると、もう次の瞬間にはそのことをすっかり記憶から消し去っていた。
「はい、殿下」
そして、アニエスはセオドリックの腕に手を添えると、にっこりと微笑むのだった。