空港の女
具体的な地名は出していないので好きに解釈していただいて結構ですが、イメージは北海道です。
俺は喫煙所を探していた。北国最大の空港に、喫煙所は1ヶ所しかない。法令上已むを得ない事だし、寧ろこのご時世にこのような公共施設でまだ喫煙できるのは感謝すらすべき事なのだろうが……とは言え、空港のほぼ端から端へ移動せねばならないのは億劫だった。せめて、真ん中にあればと恨めしく思ったが、首都圏最大の空港ではすでに喫煙所は撤去されていることを思えば、文句を言うわけにもいかない。
ようやく喫煙所に着くと、そこには変な女の先客がいた。そいつは、飛び切りの美女で、煙管を喫っていた。それだけでも特徴的なのだが、衣服もまた妙な雰囲気だった。どこかの民族の民芸品なのだろうか、カラフルな縞模様の大きな帽子をかぶっており、白いシャツとパンツによく映えていた。足元には大きなまるいバッグを置いており、帽子と同じくらいカラフルだった。
俺は咄嗟に彼女に話しかけた。
「Excuse me?」
「……フフッ、外国人ではないよ。」
「あ、失礼。その、ちょっと詰めていただいてよろしいですか?」
「ん、失敬。」
こうして俺はようやく今日初めての煙草にありついた。幸福が肺を満たしていく。フッとエアロゾルを吐いた。
随分気持ちが落ち着いたが,こうなってくると一つ気になってくる。女の喫む煙管の煙草が……実に旨そうなのだ。
細く白い指で、刻み煙草を軽く丸め、先に喫った残りの火種を移しながら火皿に詰めていく。雁首を下にして吸い口を薄い唇に寄せ息を吸うと、ちりちりと火種が赤く光る。吸い口を離し、ふぅと煙を吐く。そしてまた次の一吸いを始める……実に蠱惑的だ。それに比べれば自分の加熱式煙草なんぞ、実に味気ないものだ。
不意に彼女と目線が合う。しかし俺は落ち着き払って彼女に話しかけた。
「煙管なんて珍しいですね。」
「でしょうね……興味ある?」
「まあ、多少は。」
「……私は葉子。葉っぱの葉に、子供の子。動画共有サイトで煙管についての動画を公開してる。よければ『葉子 煙管』で検索して欲しい。」
私は数世代前の型のスマホを懐から取り出し、動画共有サイトのアプリを開き、その2単語を検索した。煙管の良さや部位の説明、手入れの方法など様々な動画が出てきた。俺はその画面で、タン、タン、とタップした。
「チャンネル登録させていただきました。」
「そいつはどうも。」
「さて、ところで……貴方はどうして煙管を始めたんですか?」
「うーん……私の生業は兵器のデザイナーなんだ。」
「ほう、それは珍しいご職業で。」
「デザイナーとしての美的な部分と、死の商人の片棒を担ぐ者として自分を死に近い立ち位置に置きたいという無意識の望みが、伝統工芸品で毒性物質を摂取する行動に結びついている……と、インチキ心理学者なら言うだろうか。正直、なぜ私が煙管に惹かれるのか、自分でもわからない。」
「まあ、何だってそういうものでしょうね。喫煙だって、単なるニコチン摂取だけの行為じゃない。」
くだらぬ雑談を打ち切り、俺は加熱式煙草をスーツの内ポケットに仕舞った。彼女も丁度喫い終えたようだ。
喫煙所の扉を開けた。涼しい風が入ってくる。
「涼しい。」
「……この空港と近くの半導体工場群の冷房は、冬に集められた雪の冷熱を利用しているそうですよ。だから自然な涼しさなのかもしれません。」
「詳しいな。」
「こっちが地元なもので……これから西の方に出張です。」
「私は夏休みの休暇を終えて首都圏に帰るところだ。」
「じゃあ、夏休み最後の思い出に、この北国の住民を代表して……北国はどうでしたか?」
「素晴らしい景色を色々観た、美味いものを鱈腹食った。だが、そんなことよりも……面白い人と沢山会えた。いい国だな、ここは。」
「……私も面白いと判定されてると考えていいのかな?」
「無論。」
「つまらない男ですよ。」
「女が煙草を喫うのに興奮するのは特殊性癖だと思うが?」
俺は思わず咽込み、自分のズボンに目をやった。
「あはは、何、只の冗談よ。じゃあ、さようなら。新規登録者さん。」
「あ……」
葉子は行ってしまった。面白い女だった。あとで機内で葉子のチャンネルの煙管の動画を見よう。そう思った。
滑走路と逆側の窓には、何処かへ行くジャンボジェット機が小さく映る。真夏の日差しは狭い花壇に強烈に照り付けている。発着のアナウンスが人混みの上に響く。
出張の前に、あんな風か雲のような美女に出会えたことは、何か得をした気分だった。
俺はフューと口笛を吹き、軽く背を伸ばし、独り呟いた。
「まだ時間があるな。珈琲でも飲むか。」
【了】
お読みいただきありがとうございました。
葉子さんのモデルはアニメ「雲のように風のように」の江葉です。外見の一部をオマージュさせていただきました。
空港のモデルは新千歳空港です。
加熱式煙草のモデルはiQOSです。
☆☆☆☆
今年の夏は、5作掌編小説を書こうと決めていたので、達成できて本当に嬉しい!
葉子さんにも2032年か33年の夏休みを堪能させることができました。
作中には書いてありませんが、これ以外にも葉子さんは色々北国を遊び倒しています。
チョコレート工場では美味しいホワイトチョコレートを食べましたし、祭の前には市場にも行きましたし、全く書いてない日にはパラグライダーも楽しみましたし、雨上がりの夜の街では名物の味噌ラーメンを食べてます。
そして、折にふれて煙管を喫ってます。それはもう本当にカッコよく。
首都圏に戻った葉子さんはこれからバリバリ軍事デザイナーとして働くのでしょう。
この厳しい夏を終え、私も彼女に負けないよう、頑張っていきたいものです。
☆☆☆☆
さて、改めて。
この物語を読んでいただき、本当にありがとうございました。
一つだけ、型通りのご注意。
「たばこの煙は、あなただけでなく、周りの人が肺がん、心筋梗塞など虚血性心疾患、脳卒中になる危険性も高めます。」
またいつか、どこかでお会いしましょう。
それでは。
―― 2023年8月30日、札幌にて




