第4話 オオカミ少女と指切りげんまん
「火の元の点検、ヨシ!」
キリリとした顔付きで桜が何処ぞのヘルメットを被った馬鹿猫の指差しポーズをビシッと決め、褒めて褒めて構って構ってと瞳をキラキラと輝かせる。
極度の人見知りなのに、俺だけには馬鹿可愛いお茶目な桜を見せるんだよな。
「よしよし。桜、偉いぞ」
何が偉いのか全く良く分からないが、とりあえず頭を優しく撫でてあげると『でしょ!でしょ!』と嬉しそうにはにかむ桜。
成長するにつれ、馬鹿さ以外は咲夜さんに似て来たな……。
「……戸締まりの点検もしたし、そろそろ駅まで行こうか」
「うん!お兄ぃー、デート楽しみだね!」
デートじゃねぇし。
ニコニコと嬉しそうにする桜と一緒に玄関まで向かうと──ぐらりと微かに地面が揺れた。
ん?
地震か?
ピタッと立ち止まる桜。
そしてキラキラとワクワクした眼差しでこちらに振り返る。
あ、マズい……。
「お兄ぃ!お兄ぃ!地震だよ!迷宮だよ!迷宮が近くに発生したよ!」
はぁ……。
やっぱり……。
「……桜。日本は地震大国なんだから年中地震が発生していると何度も言ってるだろ?」
「でも!でも!今日は私の誕生日だよ!こんな偶然ないよ!お兄ぃー、きっと神様が誕生日プレゼントに迷宮をプレゼントしてくれたんだよ!」
んな、偶然があるわけねーだろ。
「桜、ウチは仏教だから神様じゃなくて仏様な?」
「もー!お兄ぃ!話を逸らしてるでしょ!」
チッ、バレたか。
「ねぇねぇ、お兄ぃー。迷宮を探して来ても良い?ねぇ、いいでしょ?」
俺の服を両手でちょこんと掴み、ウルウルと涙目の上目遣いで見上げて来る桜。
こうなると、桜はテコでも動かねー。
というか何処でこんな小悪魔仕草を覚えて来たんだよ。
「……はぁ。これから出掛けるし昼飯もあるし、30分だけな?」
「やったー!お兄ぃー、大好き!ありがとー!」
そう言ってから靴を履いて『ピュー』っと桜は元気良く外に出た。
毎度毎度、地震が発生したらコレだ。
迷宮は、局所的な微震と共に発生する。
桜だけじゃなく世界中の人間が地震が発生したら迷宮を隈無く探している。
そして大半は単なる地震だ。
そりゃそうだ。
計算上、迷宮は地球上で8640個が発生すると考えられている。
たったの8640個だ。
地球の陸地の面積は約1億5300万㎢。
満遍なく平均的に陸地に迷宮が発生したとするなら、約1万7700㎢に1つ迷宮が発生することになる。
んで、日本の陸地の面積は約36万㎢。
つまり日本で発生する迷宮は約20個前後と予測されている。
日本全国でたったの20個前後だ。
都道府県よりも少ない。
そんな希少な迷宮がウチの近場で発生するとか、有り得ない確率だ。
まぁ、迷宮は生まれては消えるらしいから近場に迷宮がいつか発生するかも知れないが、それでもピンポイントでウチの近場で迷宮が発生するとか、どんな確率なんだよ。
迷宮がウチの近場に発生することなんて無い。
確率的に考えるだけ無駄。
よっぽどの幸運じゃないと無理。
無理だけど、そろそろ……。
「お、お、お、お、お兄ぃー!た、た、た、大変だよ!?め、め、めめめ迷宮があったよ!!」
ほら、来た。
毎回毎回、こうやって俺を騙そうとする悪戯っ子の桜。
今回もパターンを変えて、俺を騙そうとしてるな?
「そうかそうか。よかったなー、桜」
「お、お、お、お兄ぃー!本当だよ!?本当に迷宮が!!」
はいはい。
「そっかー、迷宮が近場に発生して、よかったな。んじゃ、そろそろ昼飯の時間にもなるし駅に向かおうか」
「お兄ぃ!お昼ご飯とか駅とか、そんなこといいから!とにかく着いて来て!」
「あのな、桜。お兄ちゃんは可愛い桜に何度も何度も騙されているから色々と学んだぞ?ほら、この間から桜の悪戯にはもう騙されてないだろ?」
「お兄ぃ!本当だから!本当に迷宮が!」
「ははは。桜、最近お兄ちゃんが騙されなくなって来たから、パターンを変えて迫真の演技を覚えたな?」
「だから本当なんだって!」
はいはい。
にしても、今回は粘るなぁ。
最近なら『もう!お兄ぃの意地悪!』とか言って馬鹿可愛らしくプンプンしてる頃なのに。
俺もパターンを変えてみて……そうだなぁ、たまには少し虐めてみるかな?
「ふーん。それじゃぁさ、桜。もし迷宮が無かったら、どうする?」
「買い物もディナーも無しにしていいよ!」
お?
真実味を増やす為に桜が大きく出た。
最近は本当に桜も駆け引きを覚えてきたなー。
「へぇ、本当にいいのか?お兄ちゃん、本気にするぞ?いいのか?」
「うん!お兄ぃ、ほら、指切り!」
は?
おいおいおい。
「……桜。俺たちにとっての指切りは、冗談では済まされないぞ?それは分かってるよな?」
「お兄ぃ!もちろん分かってるよ!血を超えた大切な家族との約束だもん!」
「本当にいいんだな?」
「もちろんだよ!その代わり本当に迷宮があったら、お兄ぃは可愛らしく三回回ってワンをしてね!」
あれ?
もしかして本当に迷宮が?
いや、これも俺を騙す為の壮大な駆け引きか?
不可解に思いながらも俺はそっと小指を立てて差し出すと、桜も細く小さな小指を立ててお互いの小指を絡ませ合う。
「「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った!」」
こんなことで血を超えた大切な家族との約束が成されてしまった……。
「んじゃ、お兄ぃ!着いて来て!ほら!早く!」
「ん?あ、あぁ……」
桜が俺の手をグイグイと引っ張って、庭先の倉庫というか蔵というか親父の荷物置き場へと向かう。
そして桜と一緒に蔵の中に入ると──。
あるよ。
目の前に迷宮の入り口があるよ。
人ん家の蔵の真ん中にデカデカと『ワタシ、迷宮デスけど何か?』と主張せんばかりに迷宮があるよ。
ネットに蔓延した画像通りに地面には直径2m程のブルーグリーンに輝く幾何学模様の魔法陣が描かれ、その魔法陣の上に奥行き1m、横幅は1,5m、高さは2mの真っ白にピカピカと光る迷宮の入り口──迷宮ゲートがあるよ。
「ほら!お兄ぃ、言った通り迷宮があったでしょ?」
『ふんす!ふんす!』とドヤ顔で迷宮を指差す桜。
馬鹿可愛い。
「あ、あぁ……。本当に迷宮があったな……。桜、疑ってすまん」
「いいよ!私も今までに何回もお兄ぃを騙して悪戯したしね!お互い様だよ!」
「そう言ってくれると助かる。えーと……ちょっと驚き過ぎて頭が働いてねーや。確か……役所に迷宮が発生したと、とりあえず連絡すれば良いんだよな?」
「ダメだよ!お兄ぃ!何言ってるの!連絡したら警察に封鎖されて迷宮に入れなくなるじゃん!」
は?
いやいやいや。
お前が何を言ってるんだ?
「桜、お前まさか迷宮に入るつもりか?」
「モチのロンだよ!」
ビシッと奇妙な姿勢でのポーズを決める桜。
ジョジョ○ポーズかな?
馬鹿可愛い。
「いや、危ないからダメ」
「お兄ぃ!セーフティエリアだけなら危なくないよ!それにお兄ぃ以外に他の人いないし!いたらビックリだよ!」
「まぁ、確かに……」
「スキル!スキルだよ!きっと神様からの誕生日プレゼントだよ!ねぇねぇ、お兄ぃー。迷宮に入っても良い?スキルが欲しいよー。ねぇ、いいでしょ?」
俺の服を両手でちょこんと掴み、ウルウルと涙目の上目遣いで見上げて来る小悪魔な桜。
はぁー。
こうなると、桜はテコでも動かない。
仕方ないか……。
いや、違うな。
賢しらに大人ぶっているが、俺も本心では子供みたいに興味津々で実は迷宮に入りたい。
そりゃそうだ。
迷宮だぞ、迷宮。
それもスキルとか。
巷では3rd Evolution──人類三度目の大進化とか言われてるしな。
ローファンタジー。
こんなの入るしかないでしょ。
「……分かった。迷宮に侵入しようか」
「やった!お兄ぃ、ありがとう!大好き!わーい!」
嬉しさ爆発で抱き着いて来る桜の頭をよしよしと優しく撫でながらも、俺はテカテカと光る迷宮ゲートを睨みつける。
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