第3話 優助と桜
「おーい、桜ー。出掛ける準備は出来たかー?」
「お兄ぃー、もう少しだけ待ってー」
「りょうかーい」
今日は桜の誕生日。
毎年俺は可愛い妹のおねだりを一つだけ叶えてあげている。
んで、今年14歳になる妹からの誕生日プレゼントのおねだりは、第一案が迷宮探検とスキルの入手、第二案がショッピングモールでの買い物、第三案が高級料理店でのディナーだった。
第一案の迷宮探検とスキルの入手は、無理。
なんせ迷宮発生から約4ヶ月も経っているのに、未だに日本は迷宮に関する法案が整備されずに迷宮内での出来事は全て自己責任で放置。
自己責任ってのは、迷宮内は日本の法律が適用できるのか?という意味での自己責任。
つまり無法地帯。
迷宮の24時間ルールを使えば証拠も死体も迷宮に沈み完全犯罪が出来るんだから、そりゃ無法地帯にもなる。
実際に海外では迷宮内での犯罪が多発しているらしいしな。
そんな無法地帯に可愛い妹を連れて行けるのか?
もちろん兄である俺の答えはNOに決まっている。
愛する可愛い妹を、そんな危ない場所に連れて行くわけがないだろ。
妹の桜も、それは分かっているハズだ。
では、なぜ桜は第一案に迷宮探検とスキルの入手という無理なおねだりをしたのか?
そりゃ第一案を即座に否定した俺に、第二案と第三案の両方を呑ませる為だ。
毎年誕生日プレゼントのおねだりは一つだけなのに『お兄ぃー、迷宮探検は駄目なの?話題沸騰のスキルが欲しいよー!ねぇねぇ、お兄ぃー、本当に駄目?じゃあ、ショッピングモールでの買い物とディナーの両方を叶えて欲しいな……』とウルウル涙目の上目遣いで可愛くおねだりする桜……。
どこでそんな小悪魔の技術を覚えたんだ?
昔はもっと純粋で可愛かったのに、女の子の成長は本当に早いよな……。
「お兄ぃ、お待たせー!待たせて、ごめんね?」
「いや、特に待ってないから大丈夫だ。それより今日の桜の私服も可愛いな。ツインテールも似合ってるぞ」
「でしょ!でしょ!お兄ぃもカッコいいよ!」
「ありがと。ところで桜、親父と咲夜さんに挨拶してきたか?」
「あっ!お兄ぃ、ごめん。お兄ぃとのデートに浮かれてて忘れてた!」
デートじゃねぇし。
というか、忘れるのは善くないが、忘れるほど良くなったか……。
「桜、いくらでも待ってるから、落ち着いてきちんと親父と咲夜さんに挨拶してきな」
「うん!パパとママに挨拶してくるから仏壇に行ってくるね!お兄ぃ、少しだけ待ってて!」
そう言ってから、桜は仏壇のある部屋へと『ピュー』っと向かった。
……親父と桜の母親である咲夜さんはこの世にはいない。
俺と桜は血が繋がっていない、いわゆる義理の兄妹だ。
今から9年前、当時俺が15歳の時に親父とクソ女は離婚した。
離婚した原因は、クソ女の不倫だ。
俺の親父は不動産会社を経営し、一代で不動産投資で財を築いていた。
だから俺の家は一般的には社会的名声もあれば、経済的にも豊かだった。
何が不満でクソ女が不倫したのか全く分からないが、俺の親権問題で親父とクソ女は争い、俺も親父とクソ女の離婚問題に巻き込まれた。
とりあえず当時の俺は両者の言い分を聞いた。
聞いた上で、クソ女はクソ女とだけは分かった。
『不倫したのは……寂しかったから……』とか、今の俺にも意味不明過ぎる。
まぁ、そんなこんなで親父とクソ女は離婚し『クソガキが!産んでやった恩を忘れやがって!』と親父から高額な養育費を狙っていたのかクソ女の有り難いお言葉と共に俺は親父側に付いた。
離婚した当初の親父は、まぁ、男としての自尊心を傷つけられたのか、見る見る心が弱っていった。
普段は全く飲まない酒を家で飲んだりとかな。
酒に逃げた的な。
俺も男だから親父の気持ちも分かるし、酒に逃げた親父に俺は何も言わなかった。
心の傷なんて、時間だけが解決すると思ってたしな。
で、クソ女と離婚してから半年ほど経ってからだろうか?
親父が酒に逃げなくなった。
それどころか日に日に気力が充実し、何て言うか……男の顔っていうのかな?やる気に満ちた顔付きになっていった。
『いくら何でも立ち直るの、早くね?』と思っていたが、更に半年ほど経ってからだろうか?
親父が『優助、明日の日曜日の昼にお前に紹介したい人がいる。○○ホテルに出掛けるから正装、あー、学生服を着ておけ』と言って来た。
俺は昔から親父と話し合って、親父の不動産会社と不動産投資を受け継ぐつもりで投資関係を勉強していたから『業界の人でも紹介してくれるのかな?』と思ってウキウキしていたら、翌日にはまさかの咲夜さんと桜の紹介だ。
黒曜石のような美しく大きな瞳、知性と意志の強さを感じさせる整った眉、スッと通った鼻筋に瑞々しい桜色の唇、スラリとした細身の体付きなのに胸は大きいし、優しく柔らかくて透き通るほど声が綺麗で、キューティクルがキラキラと輝く黒髪ロングの清楚感漂う極上美人。
『は?親父、いつの間にこんな美人と知り合ったの?つか、顔小っさ!何処かの有名モデルか?』って見惚れながら思ったな。
というか、クソ女のお陰で女性不信に陥っていた俺の初恋相手は咲夜さんで、初めて会ったその日から一目惚れ。
まぁ、初日から初恋はビリッビリに破れてたけどな!
当時の桜?
6歳の可愛らしい幼女だったけど、人見知りが激しい初印象だったかな?
まぁ、今も桜の人見知りは全然直ってないし、より悪化しているけど。
親父と咲夜さんの話を聞くと、咲夜さんは親父の不動産会社で秘書として3年ほど働いてて、クソ女との離婚親権問題で荒れている時に親父が咲夜さんの前で弱音をポロリと吐いたことをきっかけに、咲夜さんは咲夜さんで度重なる旦那の浮気・不倫問題を親父に話したらしい。
咲夜さんの話では、離婚しようとは考えていたが女手一つで娘の桜を育てられるのか?を一番不安に考えていたらしく、親父が『娘さんが成人するまで雇い続けるから、浮気・不倫する様な屑とは離れた方が良い。娘さんの教育に悪い』の一言で、親父の親友の弁護士を伴って今まで貯めていた浮気・不倫の証拠を旦那に突き付けて離婚したらしい。
で、お互い不倫され離婚した者同士でお互いの悩みを相談したり、お互いの生き方や価値観を話し合っている内に……まぁ、傷の舐め合いというか男女の関係になったようだ。
親父の飲酒を止めたのは、咲夜さんらしい。
俺への教育に悪い、と。
その一言がきっかけなのか、親父は咲夜さんを女性、いや生涯の伴侶として意識し始めたと、クソどうでも良いことを言ってたな。
嬉しそうに話す親父と咲夜さんの馴れ初めの惚気話が終わると、二人ともが立ち上がり申し訳なさそうな顔で、俺が反対しない限り再婚したいと深く頭を下げてきた。
まぁ、何の為にこの場をセッティングしているのか分かりきった話なので、俺は立ち上がって咲夜さんに深く頭を下げた。
『咲夜さん、あれ程まで荒れていた親父を助けてくださり、心から感謝を申し上げます。どうか末永く親父のことを宜しくお願いします』と。
俺たちのやり取りを見て何かを感じたのか、幼い桜が立ち上がり『おじちゃんとお兄ちゃんは、ママを虐めない?』とジッと涙目で見つめてきた。
俺と親父は直ぐに理解した。
離婚問題は幼い子供の心にとても深い傷跡を残していると。
俺は幼い桜の目線に合わせる様に膝を折り『もちろんだよ』と小指を立てて、涙目の桜と指切りをした。
俺たち2人のやり取りを見て安心したのか親父と咲夜さんは再婚をし、4人で色々と話し合って俺が生まれ育った忙しない都会から、親父が生まれ育った海が見える長閑な田舎へと俺たちは引っ越した。
まるで何かから逃げるように……。
心に何かを抱えた4人だったけど、それでも新しい家族はお互いを気遣い合いながらも和気藹々と苦楽を共にした。
美しい思い出だ。
瞳を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。
親父と咲夜さんと桜と俺が、心から笑い合って生きていたあの輝かしい6年間を……。
そして悪夢の日。
親父と咲夜さんは、2年前に他界した。
高齢者ドライバーの不注意による交通事故が原因だ。
2人とも死んでいるのが嘘の様な綺麗で安らかな顔だった。
延々と泣き続け、親父と咲夜さんを呼び続ける桜。
そんな桜を優しく抱き締めるしかない俺。
喪主として、2人の葬式を終えると更なる悪夢が待っていた。
死者を弔うことすら知らぬ親父の遺産を狙う魑魅魍魎ども。
俺と血の繋がった恥知らずな女。
桜と血の繋がった恥知らずな男。
人間が、これ程まで醜くなるなんて知らなかった。
12歳の桜の親権と後見人問題でクズどもと家庭裁判所で争い、親父の親友の弁護士のお陰で事無きを得たが……桜は学校すら登校出来ないほどの極度の人間不信に陥った。
まぁ、俺も人間不信に若干なりかけたが、クズどものせいで俺が傍にいないと桜は外出すら出来ない引き篭もりの……。
「お兄ぃー!パパとママに挨拶してきたよ!」
「よしよし、偉いな桜は」
「でしょ!でしょ!お兄ぃー、そろそろデートに行くよ!」
デートじゃねぇし。
というか、極度の人間不信から俺に依存──いや、どっからどー見ても極度のブラコンだよな……。
引き篭もりのブラコン……。
何でこうなったのか……。
はぁ……。
親父はともかく、天国にいる咲夜さんに合わせる顔がないよ……トホホ。
離婚
優大 42歳
咲夜 29歳
優助 15歳
桜 5歳
再婚
優大 43歳
咲夜 30歳
優助 16歳
桜 6歳
死別
優大 49歳
咲夜 36歳
優助 22歳
桜 12歳
現在
優助 24歳
桜 14歳
シーン時の年齢はこんな感じです。