第2話 ~え! オレが魔女っ娘になるの!?~
オレは廊下を歩いていた。
部屋の番号を示すプレート。白い色を着た人たち。そして、色褪せたポスター――
味気のない景色ばかりが続いている。
……いや、歩いていたというと少し違うかもしれない。
手錠をかけられた上に、腰に縄を巻かれて引っ張られているんだから。
気分はドナドナ。運ばれている子牛の気分。
子牛には、自分が売られてゆくのがわかるのかもしれない。
でもオレには、何故こんなところに連れてこられたのかはわからなかった。
「病院……だよね、ここ」
「そうだね。市内で一番デカいから、キミも生きてりゃ一度は世話になるんじゃない?」
今それどころじゃないわ! ……と、言いたいところだけど、言えなかった。
逆らったら何されるかわからなくて怖いし、そもそもこんなところで大声を上げたら、さっきからすれ違ってる看護師さんや、病人さんたちに白い目で見られてしまう。
……ただでさえ、変な目で見られているというのに。
「おっと、ここだった」
オレを連れまわしていた警察のお兄さんは、ある病室の前で止まった。
409号室、名前は一人だけ……“花江まり”、と書かれている。
どこかで聞いたような気がする名前だ。どこで聞いたんだったかな?
病室の名札を確認していると、警察のにーちゃんはもうドアを開けていた。
「ちーっす。元気にしてっかー?」
入院してるんだから元気なわけないよな……?
と、そうは思ったけど、口には出さなかった。
それよりも大事なことが、あったから。
ベッドから上半身を起こしていたのは、女の人だった。
歳は多分大学生ぐらい。髪はロングな茶色で、今ドキって感じって感じがする。
糸目が凄く特徴的で、まるで閉じているみたいだ。……というか、閉じてるようにしか見えない。
見覚えのある顔だった。
病衣を着ていたからかなり印象は違ったけど、多分間違いない。
「あら、霞沢君じゃない。もう連れてきてくれたの~?」
「おう。全然ピンピンしてんじゃん」
この間延びしたような喋り方。
壁に立てかけてあるデカい杖。
そして何より、主張の激しい胸――
全部、覚えがある。
「じゃ、俺帰るわ」
「ご苦労様でありま~す。巡査殿~」
「どーも」
霞沢と呼ばれた警官のにーちゃんが、部屋から出てドアを閉める。
その瞬間俺は、叫んだ。
「あ、あ、あ……あああああ、あの時の魔女!?」
「だいせいかーい! ぱちぱち~」
焦って上手く声が出せない。
夢だと思っていたのに、本当は実在していて、わけのわからない方法で引き合わされて、もう何が何だかわからない。
本当にこれは現実なんだろうか? もしそうだとして、一体どうして、オレはこの人の前に連れてこられたんだろう。
「なななななな、なんで!?」
「さて、なんででしょう~? 答えられるかナ~?」
知るか!
……って言いたいけど、全く心当たりないわけじゃないんだよなあ。
多分、『アレ』って秘密なものなんだろうなって、そのぐらいなら想像はつくし。
「えーっと……魔法を見ちゃったから?」
「うーん……まあ、正解かな?」
なんか歯切れ悪いなあ。
他に何か理由でもあるのかな? それとも本当は、俺が見たアレは魔法じゃないとか?
そうでないなら、ただ単純に目撃したのがいけなかったわけでもないのかも。
なんて思ってたら、パチン! という音と、カチャリといった落下音がした。
指パッチンをしたら、手錠のカギが外れて落ちたらしい。やっぱこれ魔法でしょ。
つーかあのにーちゃん、カギ置いてかなかったのか。
「えっとね~、まずは自己紹介でもしておこうかしら~」
誤魔化すように話を進める魔女(仮定)さん。
彼女はベッドの脇に置いてあった、高級そうなハンドバッグの中から何かを取り出して、見せつけてくる。
それは、黒くて平べったいもので、中央には桜のエンブレムが金色に輝いていた。
「わたしは謎の魔法少女、魔女っ娘マリーちゃん! ……とかじゃなくて」
そんなことを言うから、一瞬魔法のアイテムかなんかだと思ったんだけど……
よくみたら手帳じゃん。刑事ドラマでよく見るヤツ。
パカッと中を開くと、青い制服に身を包んだ目の前の彼女の写真と、名前と所属があった。
「こういうものでーす」
「えええ! 警察!?」
「そう~! 花江まり巡査長でありま~す!」
しかも巡査長って……さっきの霞沢とかいうにーちゃんより偉いじゃん!
こんなにふざけてるのに! あの人もふざけてたけど!
「まあ、こんな肩書あんまり意味無いんだけどね。わたし普通の警官じゃないから」
「そ、そうなんだ……」
ノリノリで敬礼してたくせに、急に冷めて手帳をその辺の床に投げ捨てた。
雑だなぁ。そんな扱いでいいのか、警察手帳……
「カナタくんも知ってるように、わたしは魔法が使えます。世間一般で言う魔法使いというやつですね」
「は、はぁ……」
この人、なんか語り始めたぞ……
メガネでもあったら「クイッ」とかやってそうな、理知的っぽい感じを出してる。
結局、この前のアレは魔法であってたのね。
というか、さっきの霞沢巡査もそうだけど、なんで当然のようにオレの名前知ってるんだよ……
せめて自己紹介ぐらいさせてほしかったわ。
「しかしですね。魔法使いにも、いろいろな種族があるのです」
「種族?」
「そう。例えば、カナタくんが見たあの翼の生えた男――アレもまた、魔法使いなのです」
ああ、あの射殺された人(?)ね……
そういえば、あの後どうなったんだろう?
普通に火葬でもされたのかな? まあ、どうでもいいか。
「あの怪物みたいな見た目をしているのは、『暗黒魔族』と言います」
「へえ、そうなんだ。ところで、その話し方やめない?」
「あ、やっぱ堅苦しかったかナ~? 普通に話すわね~」
いや、堅苦しいとかじゃなくて、なんかムカつくからなんだけど。
まあ、やめてくれるならいいや。
「『暗黒魔族』はね~。人間を生贄にして、とっても強い魔法の力を手に入れた種族なの。だから人を傷つけることに罪悪感がないし、見た目ももう人間じゃなくなってるわ~」
「つまり、悪いヤツってこと?」
「そんな感じね~。元はわたしなんかと同じで、普通の見た目をしてたはずなんだけど~」
人間を生贄にかー。そんなのが街に出没してたなんて、怖いなあ。
普段から街の中に潜んでるのかな?
確か、このまりさんという人は五十人ぐらい殺してるって、あの暗黒魔族とかいうヤツが言ってたし――
オレたち一般市民が知らないだけで、きっとたくさんいるんだろうなぁ……
「で、私みたいな人間の魔法使いは『黒魔族』なの~」
「説明薄っ! ってか、『白魔族』とかじゃないんだ……」
「普通の人間みたいに見える魔法使いは、大体『黒魔族』よ~」
『黒魔族』と『暗黒魔族』って……
字面が似ててわっかりづらいなあ。
「で、黒魔族と暗黒魔族は昔から対立してるの~。でも、あんまり大っぴらには戦えないのよ~」
「それはどうして?」
「だってぇ、暗黒魔族は力が強くなるまでコソコソ隠れるし~。黒魔族は黒魔族で、大昔に普通の人間に怖がられちゃってぇ、いーっぱい殺されちゃった歴史があるからね~」
「うわぁ……」
漫画やゲームなんかの題材でもたまに使われてる、いわゆる魔女狩りって奴なのかな。
まさか本当に魔女を狩れてたなんて……
ドン引きだなぁ。
「だからぁ、わたしたち黒魔族は警察組織の中に潜り込んで、国家権力の名のもとに暗黒魔族を『駆除っ!』してるわけ」
やたらと『駆除』という言葉を強調してるのはなんでだろう……
「駆除って……そんな、動物じゃないんだから」
「うふふ~。駆除で間違ってないのよ~」
化け物みたいな見た目をしているとはいえ、話を聞いてる限り元は人間だから、きっと彼らも一応は法律で保護されているはず。
たとえ悪人だったとしても、むやみやたらと殺されていいはずがない!
きっとこの人は、感覚がマヒしてるんだ。
正義のために戦っているのだろうけど、やむを得ず敵を殺めてしまうことだってあると思う。
そんな体験を何回もしてきたから、人として大事なものが抜け落ちてしまったんだ。本当は、人並みには優しい人だと信じたい!
「だーって、暗黒魔族には人権が認められてないから!」
「えぇ……」
そもそも人間として扱われてなかった……
「人里に降りてきた熊みたいなものね~」
確かに。人間じゃないなら、猪とか熊とかと変わらないよなぁ……
とはいえ、一応言葉の通じるものに対して、そんな扱いをするのはいかがなものだろうか。
イルカやクジラを保護しようとしてる人たちは、きっとこんな気持ちなんだろうな。
「それで結局、何の用事でオレを呼んだのさ?」
「ちょっとお願いしたいことがあるのよ~。ほら、わたしって今入院してるじゃない?」
「うん」
「ちょっとこっち来てもらえるかしら~」
手招きするまりさん。
オレはその誘いに疑問を抱くこともなく、近づいた。
「耳貸してもらえる?」
「こう?」
まりさんの口元に、耳を向けるオレ。
こんなにも近いと、彼女の息づかいが聞こえるような気がする。
落ち着かない気持ちで、何を聞かされるのか待っていたその時……温かくて、柔らかい感触がした。
――耳ではなく、ほっぺに。
「う、うわあぁぁぁ! 何するんだよ!」
「あははははは! あわててるぅ~!」
慌てて後ずさる俺に向かって、指をさして嘲笑うまりさん。
でも仕方ないだろ! ほっぺにチューされて、何も反応しない男なんかいるわけないんだから!
……でも、コレ何の意味があったんだ? まさか、からかうためだけにやったわけじゃないだろうし。
「いま、貴方にわたしの魔力を分け与えたわ」
「え!?」
急に神妙な顔つきになった。
やっぱり、コレは意味のあることだったんだ!
きっとこの人は、俺に何かを託そうとしているんだ!
「感じるでしょう? 貴方の胸の奥から湧き上がる、温かい力を……!」
「た、確かに!」
ま、まさかこれは……?
「わたしの代わりに、街を脅かす暗黒魔族と戦って!」とか、そんな感じの展開なのか!?
実はオレには凄い魔法の才能があって、それを見抜いたまりさんが、自分の後任にオレを選んだとか!
「す、すごい力を感じる……! ただの小学生じゃ得られないような、超常的なパワーを!」
「そう、それこそが魔力。普通なら黒魔族や暗黒魔族にしか操れない、奇跡の源よ」
「これでオレは何をすればいい! 一体オレに、何させたいんだ!」
「『変身』――まずは、そう叫んで」
『変身』だなんて、そんな言葉を聞かされてワクワクしない男はいない!
普段なら馬鹿馬鹿しいと一蹴するところだけど、魔法の存在を知った今は違う。
オレには、確信があった。
今このあふれ出るエネルギーを制御するには、何らかの形で放出するしかない。
その手段こそがまりさんの言う『変身』なのだと、オレの身体は理解し始めていた。
「うおおおおぉぉぉぉっ! 変・身っ!」
身体は力の発露を求めて、全力で叫ぶ。
ここが病院であることなんか、もう忘れていた。
オレの内でうごめいていた力が、熱く暴れ出す。
全身が光り、眩い輝きが皮膚を埋め尽くす。
生まれ変わっていくのがわかる。この春川カナタの肉体が、進化して次のステージに進んでいるんだ。
「凄い……! まるで、サナギから羽化した蝶のような気分……だ?」
光が消えた。
身体を包んでいた熱気が収まり、冷める。
その時俺は気が付いた。
なんだかスースーする。
短パンをはいているときに近い感じだけど、それよりも股が涼しい。
下半身を見た。何故かオレは、スカートをはいていた。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」
「わあ、いい反応するわね~」
「なんで女物の服着てるんだよおおおぉぉ!」
「はいコレ」
……ん? なんだこれ?
まりさんが差し出したのは手鏡みたいだけど、そこに映っていたのはオレじゃなかった。
髪が長いし、日本人とは思えない青い髪をしてるし、何より可愛い女の子だった。
「これ、誰?」
オレが口を動かすと、鏡の中の女の子も口を動かして、オレが指を差すと、女の子もオレに指を向けた。
「……まさか」
何か他に鏡の代わりになるものを探して、辺りを見渡した。
後ろ髪が揺れる感触がする。あと声も、心なしか高くなってる。
もうこの時点で薄々わかってはいたけど、それでもちゃんと確かめておきたい。
オレはおそるおそる窓ガラスに近づいて、映り込む自分を見つめて、ピースもしてみた。
「女の子になってるううぅ!?」
窓の中で驚いているのは、手鏡に映っていた女の子だった。




