69・シェイプシフターの弟 2
七歳でリブが僕の傍を離れて三年。
残された僕は八歳から王都にある裕福な家庭の子供ばかりの学校に通っている。
今は十歳。
リブが年に一度の学校のダンスパーティーに顔を出してくれた。
婚約者であるヴィーのためなんだけど、あまり領地から出ないリブに会えるのは嬉しい。
なのに、僕は何だか比べられるのが嫌で、ついリブを避けてしまう。
だって相変わらずリブは大人で、ダンスも完璧で、お似合いの二人を見ていたら何だか胸が痛かった。
やっぱり、リブにはもう僕は必要ないんじゃないかって。
もしかしたら、リブさえいれば僕なんて誰にも必要とされないのかも知れない。
そんな考えが頭から離れなくて、落ち込んだ。
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僕は学校には馬車で通っている。
「到着いたしました」
「ありがとう」
御者と護衛に声を掛ける。
公爵家は王家に次ぐ家柄で、僕は順調にいけば次期公爵らしい。
リブが居なくても従者か護衛が常に傍にいる環境だ。
「では、また夕刻にお迎えに上がります」
「うん」
馬車から降りる。
「お嬢様方もお気を付けて」
「ありがとうございます」
僕の馬車には護衛騎士と女の子が二人、いつも同乗している。
うちの隣に住むロジヴィ伯爵家の双子令嬢ヴィオラとリリアンだ。
リブが王都を出る前にリリーの姉のヴィーと婚約したのは、公爵家が必ず彼女たちを護衛するようにしていったんだと思う。
ただの幼馴染みでお隣りだというだけじゃ、リリーは守れない。
本邸で僕の勉強を見てくれてる文官のカートさんにも、リブはヴィーたちのことを頼んでいったらしい。
ヴィーは定期的に公爵邸に来るけど、リリーは試験が近くなると顔を出すようになっている。
学校の校舎は男子用と女子用に分かれていた。
「じゃあまたね、アーリー」
「うん」
僕は、離れて行く二人に手を振る。
男子用校舎に入ると、身体の大きな同級生が近寄って来た。
「おはようございます、アーリー様」
「おはよう」
彼は家族で公爵邸に住んでいる僕の従者で、先に登校していた。
他にも文官の息子と、小柄だけど騎士の息子というのがいる。
この三人が学校でも常に僕を守っている。
取り巻きというやつだ。
「僕の我が儘に付き合うことないのに」
本来なら、高貴な家の子供は屋敷内に教師を呼ぶ。
僕はお祖父様に頼んで外の学校に行かせてもらうので、入学時、三人には付き合ってくれなくていいと言ったことがある。
「いえ、父が世話になっておりますから」
メガネで黒髪のオーヴェンは、公爵家文官である子爵の息子で頭が良く、身体付きは僕とほぼ同じ。
「私はずっと前からアーリー様は良い子だって知っていますから」
大柄で茶髪のエイダンは、父親が公爵家の使用人で、ずっと前から僕の従者をしている。
「どけっ、エイダン。 俺はいつかお前を抜いて一番背が高くなってやるんだ!」
小柄で金髪碧眼、見かけは女の子みたいに可愛いのに口が悪いのはワイアットで、父親は公爵家騎士団精鋭の一人である。
「はいはい。 皆、静かにね。 ここは学ぶところだから」
はあ、なんで僕はこいつらの相手をしなきゃならないんだろう。
授業の合間、教室の窓から校庭を挟んだ向こうにある女子用の校舎を見る。
あそこにリリーがいると思うだけで僕の顔は緩む。
リリーたちとは毎日朝夕の通学と昼食も一緒だ。
そうじゃなかったら僕は学校なんて来なかった。
学校の昼食は無料で、全員が学生用の食堂で取る決まりだ。
「ごめんなさい、アーリー。 今日、リリーは他の友人と一緒だから」
「うん、大丈夫だよ、ヴィー」
リリーは時々、僕たちから離れ、他の女の子たちと食べることがある。
チラリと見るとその取り巻きの中に今日は男子生徒の姿もあった。
僕はしっかりとそいつらの顔を確認する。
日頃から、あまり良い噂のない伯爵家子息と仲間たちだ。
学校という小さな世界で粋がっても仕方ないだろうにと思うが、確か彼は三男で跡継ぎではない。
どこかの家に養子か婿に入るつもりで、その相手を探しているんだろう。
女子でも同じだが、高学年になるほど異性を意識し始める。
卒業までに良い相手を見つけて婚約に漕ぎつけようと必死になっているようだ。
だけど、リリーに目を付けるのは良くないと思うよ。
僕からリリーまで取り上げないで。
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不穏な目をするアーリーを見て、ため息を吐く取り巻き三人。
「またやるのか」
「やりますね、あの顔は」
「まあ、仕方ないよ。 アーリー様だもの」
この学校では、アーリーとリリアンは知らない者がいない公然の仲である。
毎日の送り迎えに、年に一度のダンスパーティーでは必ず組んでいるのだから。
帰りの馬車の時間。
そこにアーリーはいなかった。
「お嬢様方を先にお送りするように承っております」
「分かりました、お願いします」
ヴィオラは護衛騎士に言われて素直に乗り込んだが、リリアンは「先に帰って」と校舎に戻って行った。
本来なら女子生徒は男子校舎には入れないが、下校時間は迎えの者の都合もあり、異性でも入れる。
そして、リリアンは校庭の隅でアーリーを見つけた。
予想通り、例の伯爵子息と話し合い中だった。
リリアンは物陰に隠れて様子を窺う。
(何を話しているのかしら?)
少し遠いため声までは聞こえない。
身を乗り出しそうになったリリアンを誰かの手が止めた。
「シッ、俺たちです。 アーリー様には内緒ですから」
取り巻きの三人だった。
リリアンはホッとして、三人と一緒に移動する。
「あれは何をしているの?」
少し離れてからリリアンは声を出す。
三人は顔を見合わせ、代表して従者のエイダンが答える。
「アーリー様はリリアン様に近寄ろうとする男子生徒には必ず声を掛けます。
本気でリリアン様と付き合いたいのか、とか。
その、えーっと、公爵家と張り合う覚悟があるのか、とか」
「なにそれっ」
リリアンは今まで男子の友達がいなかったわけではない。
しかし、仲良くなると、たいてい途中でアーリーの名前が出てくるのだ。
「皆、アーリーに何か言われたのは知ってたけど、そんなこと言ってたの」
だから誰とも友達以上に親しくなることなどなかった。
「明らかにやり過ぎよ」
リリーの言葉に三人はチラリと視線をアーリーに向け、少し呆れたようにため息を吐く。
これさえなければ完璧な公爵令息なのに、と誰かが呟いた。
話し合い中の伯爵子息の顔が真っ赤になっていく。
「まずい、そろそろ止めよう」
小柄で女の子に見えるが身のこなしは完璧な騎士であるワイアットが動く。
「アーリーさまあ、探しましたよー」
わざと大声で叫びながら、ワイアットがアーリーと相手の間に入り込む。
身体の大きなエイダンはリリアンの傍に残り、アーリーたちから見えないように遮っている。
どうやらアーリーは離れようとしているが、相手が興奮していて収まらないようである。
「ここは学校だ!。 公爵の孫なんて関係ない」
「では、キミも『伯爵家は伯爵家同士で』なんて言うのはおかしいよね」
「うぐぐっ」と答えに詰まる伯爵子息にアーリーは冷やかな目を向けていた。
「リリーに近付くなって言ってるわけじゃない。
僕だって彼女を諦めないからねって、恋敵に宣戦布告しに来ただけだよ」
アーリーは伯爵家三男に、その整った顔をぐっと近付ける。
「くっ、くそおお」
捨て台詞を残して恋敵は逃げて行った。
アーリーはエイダンの影から顔を出すリリアンの姿に気付き、笑顔で駆け寄る。
「先に帰って良かったのに」
「なによっ、私があんな男と付き合うとでも思ったの?。 失礼ね」
リリアンはプリプリと怒りながら歩き出す。
「ご、ごめんよ。 リリー、待って」
後を追いかけるアーリーの『リリアン依存症』ともいえる恋の病は年々酷くなっていた。