表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱紅をむすぶ  作者: 十七二
第一章 少女が死んだ日
73/177

#069 疑問

 部屋に戻ったころ、辺りは夜に包まれていた。ガラス窓から街のぽつぽつとした光が見える。


 私は電気もつけずにソファに座り込んだ。しかし次第に焦燥感が巻き起こり、私を立ち上がらせた。


 やっぱり確かめるべきだ。ここで一人悩んでいても仕方がない。

 端末を取り出し、用件を送った。すぐに了承の返答が返ってくる。まるでこうなることを待っているみたいだと思った。胸がざわついたが、振り払って部屋を出た。


 夜の城は一段と暗い。散りばめられた照明のどれもが心もとなく、少し先の空間ですら曖昧に見える。通路の両脇から漏れる白色の電灯を追いながら、何も考えずにあの男の部屋を目指した。


 いつものように部屋の前に着くと、頭の中に声が聞こえる。ほとんど無意識のうちにこなして、中へと体を滑り込ませた。


 男の部屋は淡い暖色の光に包まれていた。

 中央の長いソファに陣取っている男の背中があった。私へ振り向くことも、声をかけることもしない。その態度に近寄りがたいものを感じたが、ここへ来た目的を思い出して足を踏み入れた。


 男の前のガラステーブルには液体と氷が入ったグラスが置かれていた。照明のせいで琥珀色に染まっていたが、近づくとそれはただの水のように見えた。量からしてほとんど飲んでいないだろう。


 私は一人掛けのソファの横に立つと、座らずに話しかけた。


「聞きたいことがあるんだけど」


 夜景の方を見ていた視線をこちらに向けられる。思わずどきりとし、心臓が高鳴っていくのを感じた。どうにか見つめたまま立っていると「座れ」と言われた。不純物のない声だった。


 恐る恐るソファに腰を降ろした。妙に深く沈みこむように感じられた座面が気になった。ひじ掛けを掴み、それ以上体重を預けることをどうにか抗おうとした。


 男はテーブルに触れ、新たなグラスを取り出した。こちらへ差し出しながら、同じ透明の液体と氷が満たされていく。


「俺が茜に頼んだ仕事のことで聞きたいことがあるんだろう?」


 男が声を発するたびに私の中で何かが削られていく感覚に襲われた。自分からここへ来たはずなのに、一刻も早く出ていきたかった。


「うん。彗さんから言われたことで確かめたいことが幾つかあったから」


「そうか、それで?」


 唾を飲み込む。急いているはずなのに、次に言いたいことが出てくるのが遅かった。

 喉が渇き、目の前のグラスに手が伸びる。一口だけを口に含むと、味のしないそれをゆっくりと暖めてから喉を潤した。


「彗さんが言うには、彼女と一緒にいた女性が二人の人間を、その、殺したんだって。それで、その中に頼まれてた失踪者もいたみたい」


「なるほど。それは確かか?」


「そうだと思う。そう言ってたから」


「言ってただけか? ほかに何かその証拠となるようなものを見たりはしなかったか?」


「それは、確かめてない……」


 言いながらに声が小さくなった。言われてみれば確かに彼女がそう話していたというだけで、それ以外の証拠はない。けれど、確かに彼女が嘘を言っているとも思えなかったから、そのことも伝えた。しかし、男からは辛辣な一言が返ってきた。


「茜は言われたことを確かめもせずに真に受けたってことか」


「いや、だって」


「まあ言いたいことはわかる。だがどうしたって嘘をついているように見えないってのは主観に過ぎない。俺だってあいつが嘘をつくとは思えない。だがそれは事実とは別だ。事実は確固たる証拠があって初めて成立する。確かめなければ意味がない」


 思わず縮こまってしまった。膝をすり合わせ、ほんのり赤みがかった色を見つめた。手指が落ち着かない。言われた通りもっとよく確かめておくべきだった。


 それでもまだ聞きたいことがあり、それは消えてはいなかった。ある意味では私にとってこちらの方が問題だった。だから沈黙の間合いを見計らってまた話しかけた。


「もうひとついいかな」


「なんだ」


 また喉が渇く。同じようにグラスの液体を口に含む。やはりこれはただの水だ。


「これも彗さんから言われたことなんだけど、その、全部知っててやってるんだろうって。正直信じられないし、本当にそうだとしたら理解できないんだけど、どうなのかなって」


「それを知ってどうする?」


「どうって別に……気になってるだけっていうか。とにかく教えてよ」


「なら、違うと答えておこう」


「え?」


「知ったところで意味がないからだ」


「でもその言い草じゃ」


「肯定してるのと同じだろうって? そうかもな。だがどちらにせよ茜が知ったところでやっぱり意味はない」


「馬鹿にしてるの?」


「ああ、そうとってもいい。それに知ったところでお前はどうする? 俺が知ってることを全部聞き出すまで尋問でもするのか?」


「そんなこと、するつもりは――」


 きっとない。確かに知ったところでどうするんだろう。この男が全部知ったうえで私にさせているとして、私がそれを完璧に把握することはできるのだろうか。もし、本当にありとあらゆるすべての成り行きを知っていて、それが私に話されたところで変わる結末なんてあるのだろうか。


 ああ、だとすれば考えるだけ無駄だ。知る意味がないというのも頷けるかもしれない。そうだとしてもこんなことをさせる意味が理解できないことは変わらないけれど。でも、別に私が知ってても知らなくても、結局知らないことが出来上がるだけな気がする。カードの表と裏を同時に見ることができないのと同じだ。


「わかった。じゃあ聞かないことにする」


「腑に落ちたか? 理解が早くて何よりだよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ