#003 神という存在
「神」という呼称はただの笑い話や誇張した表現ではない。人間によるところの、全てを超越した存在。万象に紐付けられた、ありとあらゆるものを司る、超常の体現だ。
例えば、 彼らは姿形を変えることなく悠久の時を生きている。私が見てきた十五年という長くはない時間の中でも、彼らに対してそういった歳を重ねるという変化を見出すことはなかった。いわゆる不老不死というものだ。
また、食事や睡眠と言った、生物が生きていくうえで避けることのできない事柄を無視している。そうしたことができないのではない。単純に必要のないこと、ある種の娯楽程度にしかとらえられていないため、彼らの中で食事や睡眠を行うものは多くないと聞いている。
さらに、身体能力は完全に人間から逸脱している。
私を育てていたルアは、時折、運動と称して、スポーツに始まり、通常、人間としてはほとんど不要とも言える戦闘技術までもが教えられた。これは私の身体能力に合わせられたものだったが、それでもほとんど私の限界値に近いことをさせていたと思う。
けれど、そのときまれに、二対の非対称な角を生やし、薄紫の長髪を靡かせたネフという女性が混ざるときがあった。その時は苛烈を極めた。彼女はその異様な力でとにかく私を圧倒した。手加減をしていると言ってはいたものの、最初のうちは何度も死にかけるような経験をした。骨が折れることなどは当たり前で、人体の一部が欠損するようなことも何度もあった。
けど、ルアはネフのことを止めるようなこともせず、ただ眺めるばかりだった。私もいつしか傷つくということに慣れ始め、彼女が現れたときはなかば諦めていた。
加えてただの人間であれば生涯にわたって付き合うことになるようなそんな大怪我も、城に住まう二人の医者によってすぐに元通りにされてしまう。今もこうして五体満足に動き、立っていられるのもそのためだ。
また、そんな環境に身を置いたためなのかは定かではないが、私自身もいつしか、ネフが行う暴力的なやり方にも小さな擦り傷程度で済むようになっていった。
結局私はそんな異質な環境に身を置き、異形のものたちに育てられ、まともに人間として生きていくことは不可能だと自覚していた。しかしかといって私はこの神と自称するものたちと対等であるかと言えばそういうわけでもない。環境に慣れているだけで、彼らもまた私からは遠い存在である。
私はグレーゾーンに立つ中途半端な存在だ。だから仕事という言葉の意味も、それが何を指しているのかいまひとつ飲み込むことができなかった。
「黙ってばかりだが、なにか聞きたいことはないのか?」
「別に」
それもそうかという顔を男はしている。腕を組んで右足を半歩下げると、明後日の方向に顔を向けた。かと思えば今度は対角線上に顔を左下に向け、組んでいた腕をすぐにほどくと視線だけをこちらに向けた。いかにも悩んでいる風だ。
それからこちらにきちんと向き直り、口を開いた。
「茜には、俺の騎士になって欲しい」