#002 王と茜
広間に着くと、その奥、私が立っている場所よりも三段ほど上がった半円状の舞台の上に、男は立っていた。後ろにいつも身のまわりの世話をしている一人が控えている。軽く下を向いて目を伏せ、誰にも目を合わせないようにと努めている。それが彼女のポリシーのようだ。対して男はこちらが目を合わせると、待ちわびていたことを示すかのようにしっかりと見つめなおしてきた。
「なに? こんなところに呼び出して」
この広間は存在を知ってはいたもののきちんと訪れたのは初めてだった。自分の発した声が思ったよりも響くことに驚いている。
「今日は茜の誕生日だろう?」
「……ああ、そっか」
コイツに言われて思い出した。一応、今日は暦の上では私の誕生日だ。おそらく十五歳になる。
いまのいままで忘れていたのは。私にとって誕生日というものがそこまで大層なものに感じていなかったからだ。
普通ならばなにか祝い事をするらしい。少なくともそう聞いている。なぜ人間たちが生まれた日をそこまで大切にしているのかは、まあ言葉上は理解しているつもりだが、私にはたぶん関係ない。
なぜなら、そもそもの私の出自が曖昧だからだ。
男によれば私に親はいない。男が城の中で私を見つけて拾い上げ、育てた、と聞いている。「東西茜」という名もその時に付けられた。突拍子もないが、私はそれ以外に知らないからとりあえずはそう信じている。つまりコイツは育ての親ということになる。と言っても世話をしていたのはほとんどがルアで、コイツは親らしいことは何一つしていない。
「あっさりしているな、相変わらず」
男はため息をついている。ただ、いら立っているわけではない。コイツは《《優しいから》》、私のこうした無気力な態度にもなんなく応じる。そういうところも嫌いだとわかっているくせに。
「俺の認識として、茜はもう一人前の人間として扱っていいと思っている」
私はその言葉に何も示さない。
「そこで茜にはこれからのために仕事を与えるつもりだ」
――仕事。
人は生きていくために仕事をするものだと知っている。
少なくとも私はそう教えられていたし、城の外で生きている人々は確かにあくせくと何らかの職に就いているらしい。だから私も一人の人間として生きていくのであれば、仕事は必要になるはずだ。
しかし、城の中に住まう者たちは違っていた。例えば今あの男の横で控えているメイドのような女性。彼女以外にもそうした家政婦的役割を担っている者たちはほかにもいるらしく、彼女たちは仕事をしていると言えるかもしれない。けれど、目の前に立って話をしているアイツは、なにか従事すべき職があるようには思えない。王という呼称は城の主としてのもので、それ以外の役割を私は知らない。故にこの男が指す仕事とはいったい何なのか見当がつかなかった。
とはいえ、彼らに対する解を私は持ち合わせている。それはある人物から聞いただけのものだが、信頼に値する根拠も私は知っている。
彼らはこう自称しているらしい。
私たちは「神」であると。