#001 城
そういうわけで私は呼び出しに応じて今は城の通路を歩いていた。この無駄に広い空間の真ん中をいつもの通りに歩いている。
行先への道のりはこれで合っているはずなのだが、どれもこれも似たような構造をしているせいで、どことなく眩暈がしてくるような気がする。規則的に並んだ柱、明かり、床の模様。全部昨日までとおんなじだ。見違えるものなんて一つもなく、当たり前のように私は歩くしかない。信じていると言ったら少しおかしいだろうか。でもまあ、気分はそこまでよくもないから、そういう信心的なことを考え出しているのだと思う。
ふと、空間の静けさに思いが至る。ここはいつでも静寂を保っている。城には他にも住人がたくさんいるらしいのだが、誰もいないみたいに何の物音も声もしない。今までも誰かとすれ違ったことはなかった。私がここで出会った人物など数えるほどだ。
足音も一人分。履きなれた黒のショートブーツが、よく磨かれた床で一定のリズムを刻む。堅く軽い音は、通路に良く響くらしい。いつも聞いているはずなのだが、なぜか今になって気がついた。下に目を遣り、交互に繰り出される足を見る。不思議な感覚だと思った。自分の身体と繋がっているはずなのに、遠い誰かの足を眺めているみたいだ。
そして、なんでもない数秒の後に顔を上げると、目の前からやって来る人物がいることに気がついた。よく聞くと足音も二人分に増えている。ついさっき、足を見ているときはひとり分だったような気がしたが、音の遠さからして、顔を上げた時に丁度聞こえ始めたのだろうか。
やって来る人物を見るでもなく見る。橙が混じったような短い黒髪。癖があるのか外に向かって跳ねている。黒を基調とした衣装にこれまた橙の装飾が施され、光の反射のせいなのか揺らめいているように見えた。背は高く、男のようにも見える。けれど、鼻筋や顎周り、身長の割には細い腕から、女性も感じられる。
彼、もしくは彼女は私に気がついていないかのように、まっすぐに前を見据えて歩いている。シュッとして凛々しくも見える立ち振る舞いだが、どこか洗練されすぎているような感じを覚え、なんとなく不気味さが入り混じる。
私は目が合ってしまわないようにと、近づいてくる人物から目を逸らし、同じように前を見据え、背筋を伸ばして歩いた。
すれ違う一瞬、私は空間が静止したような錯覚に陥った。ほんの刹那出来事だったけど、確かに違和感があった。けれど、すぐに振り返ってはいけないような気がして、平静を装いながら歩き続けた。足音がしなくなったような気がしてから、立ち止まって振り返った。
けれど、その空間は先ほどまで誰もいなかったかのように凪いでいた。あの人物はもしかしたら幻だったのかもしれないと思えるほど、そこはいつも通りの静けさを保っていた。
こんな感覚は初めてだ。肌を撫でられたような感触。あの人物のなんとも言えない雰囲気。これは適切な言葉を引くなら、恐怖、或いは興奮だろうか。なんとなく内情がざわめいている。思いがけず胸のあたりを抑えていた。
それから一呼吸、いつもよりもゆっくり吸ったような気がしてから、私は歩き出した。