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朱紅をむすぶ  作者: 十七二
第一章 少女が死んだ日
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#008 合意と合致

「ああ、そうしたら、時間を取り払うということについても説明しておこう。これも茜の認識に大きな間違いはない。つまりは不老不死になってもらうというわけだ。寝食はまず必要なくなる上に、怪我なども瞬時に組織が再生を始めて元通りになるだろう。もちろん腹が空かなくなったからと言って、習慣化された食事という行為ができなくなるわけではない。睡眠も同様だ。もっともそれらは行為それ自体が一種の娯楽程度になるんだが」


「ずいぶん都合がいいけど、何か危ないことはないわけ? すぐには何も起こらないとしても、長期的な精神面のこととか、正直想像がつかないんだけど」


「まあ、きっと大丈夫だろう。肉体の変化に伴う副作用はないだろうし、長期的な部分で見ても俺としては問題がないと認識している」


「その根拠が聞きたいんだけど……」


 言葉を続けようとしてやめた。きっと何を言っても無駄だ。これまでもそうだった。この男は私が理解できるようにと最大限の言葉を使っているんだ。今日は特別気にかけてはいるようだが、それでも根本は変わらない。だから私にとっての完璧を求めたところで、返される言葉はきっと似たようなものばかりだ。


 思考の網を潜り抜けてもう一度目の焦点を男に合わせた。急激にピントが合い、男の瞳の奥を通って頭の中まで見透かせそうだと思った。でも覗いたところで私が理解できるものなんて入っていないだろう。


 そう考えると目を逸らしたくなった。


 目線を石造りの壁に向け、その濃淡と模様に何らかの見知ったシルエットを描き出そうとした。複雑に絡み合う糸屑みたいな紋様は何かを象ろうとするたびに横やりを入れてくるように邪魔をする。まるで私の今の頭の中みたいじゃないか。答えが出そうもない疑問を生み出しては漂わせ、さらなる疑問が湧いてくる。ぐちゃぐちゃになって掠れたり、ほつれたりして、もう何が何だかわからなくなる。


 これはカオスというより散らかったがらくた入れだと思った。


 男はしばらく黙っていたようだった。何やら考え込んでいる私を慮ってのことかもしれない。それかそんな様子が面白おかしくて、ただ眺めているだけかもしれない。どちらかと言えば後者の方がありそうだ。この男には不必要なユーモアが備わっているようだったから。


 しかし、静寂は意外な言葉で破られた。


「いや、根拠らしいものはあるんだ。ただその詳細については明かせない。まあ、なんだ、察してほしいってやつだ」


「慰め? それとも励まし? どっちにしても珍しいじゃん」


 率直な感想が口を突いて出た。心を読み取ってのことだろうが、こんなにも焦点の合った気遣いの言葉が出てくるとは夢にも思わなかった。


「茜にとって大きな転換点になることは間違いない。それを問答無用で押し付けているんだ。いつもより気に掛けるさ」


 意外な優しさもあるものだ。いつもの見透かしたような言いぐさとは違う気がした。

 とはいえこれは私が望んですることでもない上に、拒否することもできないものだ。これまでの十五年とは比べ物にならないほどの時間を過ごすのだから、真剣になりすぎても過剰ということにはならないだろう。これからの私にとって歩み続けるしかない道であるのだから当然のことだ。


 そこまで考えて私は、自分自身がこの強制の宿命を受け入れ始めていることに気が付いた。望んでいないというのはもはや過去の事実になり始めており、すでにこれからの道筋に対して自分がどのように足を踏み出すべきかを考え始めている。先ほどまでぶつくさと文句のような言葉を反芻し、疑問という形で不満にしていたものも、いつしか自分を納得させるための補強材料として使い始めている。


 ゆらぎの中にあった心はもうとっくに決心を固めていたらしい。どうにもこの順応する心というものが私の最も優れた点であると言えるだろう。だからこんな異質なものだらけの城で生きてくることができた。そしてきっとこれからもそうであるに違いない。生まれてくる場所も育てられる者も選べないのなら、少なくともそこでできること、もしくは辿るべき道に納得を重ね続けるしかないのだ。


「いいよ、とにかく納得はしたから。受け入れる」


「さっきよりも前向きだな」


「こういうのは気の持ちようでしょ? どうせ選べないんだからさ」


 そうだな、と言うように男は息をした。男も多少はいつもより繊細になっていたらしく、溜飲が下がったように少し張っていた胸を沈めた。肩から力が抜かれ、手指が僅かに動いた。そして一歩下がり、「これより任命式を始める」と言った。

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