第6章 別れ
一人じゃないせいか、やすと夕という信頼できる大人が傍にいるおかげか、尚は気づけば寝ていた。
静寂に包まれていた中、突然民宿いやしの扉がドンッドンッ、と叩かれた。
その音で尚は即座に目を覚まし、周りを見渡す。
みんなも同じようだ。
やすさんは口元に人差し指をおき静かにするように指示をする。
ドアのノックは止まず、勢いを増していく。
どうやら一人ではないようだ。
できる限り音をたてないように気を付ける。
だんだんと音が止んでいったころ突然夕さんが腕を抑えて苦しみだした。
「やす、なんか腕が痛い…」
小声で抑えているようだが、だいぶ苦しそうだった。
それと同時にドアを叩く音もまた次第に激しくなる。
わずかではあるが唸るような声も聞こえる。
やすは急いで夕を落ち着かせる。
「夕、大丈夫だ。俺がついてるから…大丈夫。尚、美桜ちゃんと夕を連れて二階の奥の部屋にいくんだ」
「やすさんはどうするんですか?」
「俺は扉が破られないように椅子とテーブルでバリケードを作る…」
「それなら俺も手伝います!」
「尚、気持ちは嬉しいが二人を守るんだ。お前だから頼むんだ。出来るだろ?」
「はい…わかりました」
尚は夕に肩をかし、少しずつ二階に上がる。
そのあとを美桜は追っていく。
「夕さん大丈夫ですか? あとすこしです! がんばって!」
「尚、ありがとう…なんか変なものでも食べたかな…」
夕は具合悪い中、尚達に心配かけないように笑っている。
やすさんが言ってた奥の部屋に入る。
部屋のライトは着けず、夕さんをベッドに横たわらせた。
尚は洗面所からタオルを持ってきて夕の顔の汗をふいてあげる。
「尚…ありがとうね…でも大丈夫だから安心して。美桜ちゃんを気遣ってあげて」
夕さんは苦しいだろうに、他人の心配をする。
俺には夕さんの優しさを無下にすることが出来なかった。
「わかりました…あとすこしでやすさんもくるはずなのでもうすこし我慢してください…」
俺は起きてから一言も話してない美桜ちゃんに声をかける。
「美桜ちゃん大丈夫?」
「尚ちゃん私たちここで殺されちゃうのかな?」
「そんなことないよ! 大丈夫! 俺ばぁちゃんと約束したんだ。 美桜ちゃんを守るって、だから俺が必ず守るから大丈夫…」
「尚ちゃん…ありがとう…」
美桜ちゃんはやっぱり怖いのか震えてるがさっきよりはすこし落ち着いたようであった。
すると扉のドアがコンコンとノックが聞こえた。
「おい! 俺だ…開けてくれ!」
やすさんの声に安堵し、ドアをあける。
「やすさん良かった…バリケードは出来たんですね!」
「あぁでもあれもいつまでもつのかわからないな…」
「そうですか…夕さんはまだ体調が悪そうでベッドに寝かしています…」
「そうか…尚ありがとうな…」
やすさんは俺の頭に手を起きお礼をいってくれた。
「いいえ、今は夕さんの近くにいてください」
「あぁそうだな…」
さすがのやすさんもすこし疲れているようだった。
緊張感のなかいつも守ってくれたのだから無理もない。
俺は窓から外の様子を見てみる。
ここからだと表玄関が見えるがなにやら人が数人ふらふらと歩いている。
暗くて良くわからないが身体は怪我をしてるかの様だ。
「なんか人が増えてますね…なにが起こってるんでしょうか…」
「さぁな…わかんないが捕まったらただじゃすまない様な雰囲気だな…そのうち消えてくれたらいいんだけどな…」
「そうですね…」
俺は物音をたてないように窓から離れた。
「尚ちゃん私たちどうなるんだろ?」
「どうもならないよ…大丈夫だから…」
俺は美桜ちゃんの手を握り、思い付く限りの言葉で励ました。
「なぁ尚、もしあいつらが入ってきたらそこの窓に非常用の梯子がある…もしもの時はそこから逃げろよ」
「はい! その時はみんなで逃げましょ」
「いやそれは出来ないかも知れない…だからちゃんと覚えとけ! わかったな?」
「でも…」
「でもじゃない! 頼むから言うことを聞いてくれ。…わかったな?」
「はい…」
やすの気迫に頷くしかない。
「あとはここからだとお前らが通ってた学校があるからそこに向かうといい…ここの道をまっすぐいけばあるから美桜ちゃんを連れて全力で逃げるんだ…これを使え!」
やすはそういって車の鍵を投げて渡した。
下の階からはドンドンと扉を叩く音が強くなり、そのうち大きな音をたててなにかが崩れる音がした。
「どうやらバリケードも破られたみたいだな…尚わかってるな?」
「はい。わかってます…」
「よし、いい子だな! 本当に仁の子供か?」
やすさんは冗談めかして笑いながら言ってくる。
「まごうことなき仁の子供ですよ!」
俺もやすさんの冗談にのる。
家のなかでは複数の足音が聞こえてくる。
すると少し落ち着いていた夕さんがまた苦しみだした。
やすさんは夕さんの手を握り落ち着かせる。
「夕! 大丈夫だ俺がいるから安心しろ…」
とうとう呻くばかりで返事がなくなった。
「尚! 窓の外にはまだやつらはいるか?」
尚は窓に近寄り周りを見渡すがさっきふらふらと歩いていた人の姿は見当たらなかった。
「いないみたいです…きっと民宿の中にみんな入ってきてるみたいです…」
「今がチャンスだろうな…早く梯子から車にいけ…ここまできたらここのドアもすぐ壊されるだろう…俺は大丈夫だ! 強いからな」
「…はい。わかりました…」
尚は窓をあけて梯子の場所を確認する。
美桜の手を引く。
「やすさん、夕さん。必ず無事でいてくださいね」
美桜はそういって梯子を降りていく。
目には涙が流れていた。
「学校にいるので後から必ずきてください…」
「あぁまたな…美桜ちゃんを守ってやるんだぞ」
「はい…必ず守ります…」
そういって尚は梯子を降りていく。
「よし、行ったな…本当に仁に似たやつだな…なっ、夕?」
夕は最後の力を振り絞って、やすに微笑みかける。
「そうね…優子ちゃんは本当にいい子を産んだね…。ねぇ、やす」
「ん? なんだ?」
「私はもうダメみたい…ただのかすり傷だったのに傷口が熱くて、意識を失いそうなの…」
「そんなことない! ただのかすり傷だから良くなる!」
夕は微笑む。
「やす…ちゃんと聞いて。私はあなたと会えて良かった…あなたと一緒になれて本当に良かったと思っている…」
「あぁ俺もそう思ってるよ…俺も夕と一緒になれて何より幸せだ…」
やすは夕を抱き締める。
だんだんと夕の身体に力が入ってないように感じて、さらに力をこめる。
部屋のドアがドンドンと叩かれる。
「あぁ来ちまったな…夕、大丈夫か?」
「眠いの…すこし休ませて…」
「夕! ダメだ…寝るな…このまま話してよう…まだ俺は言ってないことがあるんだ…」
やすは夕を抱き締めながら声をかけるが、返事は返ってこなかった。
やすの目には涙がたまり声にならないような声で話を続ける。
「夕…喧嘩に明け暮れていた俺に光をくれたのはお前だった…これからも一緒にいるから寂しくないぞ…」
扉がギシギシと音をたてる。
今にも壊れそうなのが音でもわかる。
夕の身体がピクピクと痙攣し始め、やがてうめき声が聞こえる。
「やっぱりその展開になるのか…」
やすは今までの出来事からなんとなく気がついていた。
さんざん映画でみた死者の復活。
ゾンビと呼んでいる空想の存在。
そんな映画みたいな展開がないと思ってたが、ここまでくると信じるしかなかった。
「くそっ。なんでこんなことに…」
やすは夕の首に力をいれる。
「夕…ごめんな…すこし痛いかもな。俺もすぐにいくから我慢してくれ…」
やすはだんだんと力をいれる。
夕は暴れるが、やすの力で抑えられる。
「夕…今まで一回も言ったことなかったけど…誰よりも愛してるぞ…」
その瞬間夕の首は音をたてて、暴れていた夕の力が抜けた。
「…今まで本当に幸せだった…」
扉も限界に近づいていた。
やすはタバコに火をつけて最後の一服をする。
吸い終わらないまま、片手でジッポライターでベッドのシーツに火をつけた。
瞬く間に火は部屋を包んでいく。
やすは台所から持ってきた包丁を自分の心臓にもっていく。
「糞野郎どもが。お前らに食わせてたまるか…」
やすは自分の心臓に包丁を突き立てた。
やすが最後に聞いたのは扉があく音だった。