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第八幕~青年は絶望を味わった9









「エスタ―――」


 伸ばしていた手でルイスはエスタを掴もうとした。

 が、エスタは拒むように彼の手を振り払った。


「くそっ、くそっ! 惰弱で愚かな思念体風情が…この私に楯突くのか…!」


 エスタは一瞬にして人格が変わり、屈辱に顔を歪めていく。

 豹変したエスタは傍にいたルイスを睨むなり、彼へと手を伸ばす。

 拒絶し、敵対し、憎悪に満ちたその手でルイスを掴まえようとする。

 ―――しかし。


「ッぁ…がッ!!!」


 突如エスタは苦しみ出し、その場に蹲った。

 自分の胸元を鷲掴み、爪を立てるその様子は先刻のエスタが見せていた『苦痛』とよく似ていた。


「……なるほど…疲弊の正体が、これか…」


 蹲りながら、エスタは一人納得し語る。


「惰弱なくせに、愚かな真似をするから…こんな無様なことになる……」 





 元々、天使は負傷を治そうとはしない。

 そうしなくとも不死にも近い自己治癒力で、多少の怪我ならば瞬時に完治するからだ。

 それ故、他者へ力を分け与える治癒や守護といった能力を、天使たちはそもそも得意としない。

 だがしかし、エスタは無意識に敵対する者たちへ攻撃をしつつも、彼らを庇うべく守護の力を同時に使ってしまっていたのだ。

 今まで力を使ったことのない―――力の加減を知らなかったエスタだからこその、まさに矛盾した無茶苦茶な技。

 それが心臓を抉るほどの苦痛と疲弊の正体だった。





「……なあ、もしかして俺たちを助けたから…苦しんでいるのか…?」


 蹲るエスタへおもむろにそう尋ねるルイス。

 確証のない直感的な予想であったがエスタの反応により、それは確信に変わる。


「―――煩い、愚かな人間に…到底理解出来るわけがない…!」


 そう言ってエスタはルイスを睨みつけるが、そこには先ほどまでの覇気は感じられない。

 と言うより、『エスタ』を見た後で見る『この人格』が、先ほどよりも脅威には感じられなくなったようだった。

 それはルイスの中で沸々と込み上がるある感情のせいでもあるかもしれないが。





「……愚かはどっちなんだよ」


 ぽつりと、ルイスは言う。

 よく聞き取れなかった呟きに、エスタは更にルイスを睨む。


「何が言いたい…?」


 蹲り見上げるエスタを、ルイスは見下ろしながら話す。


「お前ら天使を見て来てが今解ったことがある…お前らは確かに冷酷で暴力的で狡猾で傲慢で凶悪だった―――だけどな、どいつもこいつも裏を返せば短絡的で稚拙だ」

「何だと…?」


 ルイスの言葉を聞き、エスタは青筋を立てた。

 



 遠くで静観していたトラストにも『短絡的で稚拙』という言葉が耳に入る。

 と、同時にその言葉が彼の逆鱗に触れると直ぐに解った。

 案の定、エスタはみるみるうちに顔を紅くし、怒りに染まっていく。

 しかし何故、如何にも逆撫でするような言葉を発したのか。

 ルイスに何か策があって敢て煽ったという可能性もあったが、トラストにはもっと単純な―――感情的な理由故の暴言に聞こえた。


「何度だって言ってやる…お前ら天使人格は力に溺れて強いと思い込んでる稚拙なガキと一緒だ。お前は特に幼稚だ。破壊だ絶望だと言って人間を玩具と勘違いしてるガキでしかないんだよ」


 そう話すルイスの口調は至って冷静であった。

 冷静で、低く、そして暴力的だった。

 と、徐々に彼の感情が爆発していく。

 ずっと震わせていた拳を、湧き上がるその怒りを、エスタを奪った人格にぶつける。









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