第八幕~青年は絶望を味わった1
一人の青年の悲痛な叫びに、いつの間にか周囲には沈黙が広がっていた。
兵たちも町の者たちも、天使に与した者の死にようやく冷静さを取り戻し、何とも言い難い困惑を覚えた。
ようやく追いついたトラストも、ルイスを目撃し思わず閉口してしまっていた。
そこにいた彼らの姿は、天使も人も関係の無い―――ただただ親友を失い、悲しむ人の姿にしか見えなかったからだ。
と、そんな中で、この状態を破壊する、打破するようなその声が聞こえてきた。
「はあ~あ……ったく、柄にもなく喚きやがって…」
ルイスは地面へ八つ当たりしていた手を止めた。
振り返らなくとも、背後に誰が来たのか直ぐに解った。
「―――今まで何人も天使を灰にしておきながら、よく泣けたもんだな…」
悍ましいほどに低い声。
振り返る暇も無く、次の瞬間。
ルイスの顔面に激痛が走る。
と、同時に彼の身体が宙に浮いた。
ルイスは顔側面を思い切りイグバーンに蹴られた。
その勢いはルイスを横転させるほどのもので。
ルイスが抱え上げていたエスタも、彼が吹き飛ばされた拍子に地面を転がった。
頬に帯びるとてつもない熱と痛み、口内には鉄のような味が広がっていく。
だがそんな屈辱より、ルイスは未だ絶望感に襲われ立ち直れそうにない。
「俺はな、正直天使で未来がどうなろうと知ったこっちゃねえんだ。ただな…それが本当に起こっちまったら……面目ねえんだよ…」
イグバーンはそんな独り言を洩らし、次いで部下へと命令を下す。
合図を受けた兵たちは即座に、半ば放心状態であるルイスを拘束した。
しかし、流石のルイスも今度ばかりは抵抗する精神さえも残ってはいなかった。
「ちっ……このまま腑抜けにならなきゃ良いが………おい、直ぐに灰化作業に取り掛かれ」
灰化。
それは天使―――養製天使であっても必ず行わなければならない作業。
その亡骸を灰になるまで燃やし尽くす、文字通りの作業だ。
再生能力の高い天使と言えど限界はあり、そこを越えれば命を落とす。
ただし、それはあくまで『人間であった肉体が』なのだ。
それ故に、この作業を必要とする。
「…肉体の命が尽きたとて、天使はまた新たな灰という呪いを生み撒き散らす。封じない限り、奴らはまた新たな災いを生む……人々を破滅させてしまう……」
兵士たちに拘束されているルイスの目の前へと、トラストが立つ。
彼の法衣はルイスの鮮血だろうか、所々紅く染まっていた。
と、そんな彼がルイスの前に立つことで、その幅広い法衣がエスタとミラースの姿を隠してしまう。
イグバーンとしてはトラストの行動は鬱陶しく、邪魔でしかない。
だが灰化作業は時間との戦いだった。
そのため、イグバーンは忠告している暇もなく渋々目を瞑ることにする。
トラストはそれを全て知っていた上で、ルイスが見てしまうだろうこの後の光景を隠したのだ。
それが、先ほどのやり取りを目の当たりにした、トラストなりの配慮だった。
「彼らを―――親友をそんな恐ろしき亡霊にさせるわけにはいかんだろう…?」
精気が抜けたルイスの双眸に光が灯る。
彼はゆっくりと、トラストを僅かに見上げた。
優しく語り掛けるその姿はまさに神父そのものだった。
「…彼らのことは悔やまれるが……こうなってしまった以上、灰にしてやった方が、彼らのためである…そうだろう?」
まさに賢者らしい言葉。
そして正論だと、ルイスは思う。
だが、それでも納得出来ない心が、再び込み上げる悔しさと憤りが、涙となって流れ落ちる。
兵士に押さえつけられていることも忘れ、ルイスはそのまま顔を俯かせ、震えた声を漏らした。
「もっと…もっと信じてやれば良かった…あんなに笑ったり迷ったり謝ったりしてたのに、天使かもしれないから…って……もっと早く、解り合えてれば……親友を…信じられてたら!」
天使は絶望の象徴。
人を憎しみ、怒り、襲い、騙し、奪い、陥れようとする呪い。
そう云われ、信じてきた者たちからすれば、それに手を差し伸べることは先ず考えられない。
恐ろしくて、手を出そうとも思わない。
だが―――もしも、助けてくれと懇願してきた養製天使たちにもう少し耳を傾けることが出来ていたら。
親友と早くに打ち解けていたら。
こんな結末は来なかったかもしれない。
後悔の自問自答が、ルイスの脳内で何度も繰り返されていく。
「間違っていたんだ……天使は呪いなんかじゃない…ちゃんと話し合える人なんだ……俺にもっと早く覚悟が出来てれば…こんな終わり方にならなかったかもしれないのに―――」
ルイスがそう呟いた、その時だった。




