第七幕~青年は天使を失った5
そうと気付けば迷っている暇などなかった。
ルイスは渾身の力を振り絞り、担架の上で暴れた。
怪我人ということもあり大した拘束はされていなかったのが幸いだった。
突然の行動に油断していた兵たちは驚く事しか出来ず、担架から脱走するルイスを逃してしまう。
「しまっ―――」
転がり落ちたルイスは受け身を取り、素早く立ち上がる。
応急処置をされたとはいえ、痛む右脚。
それでも一気に地を蹴ったルイスは勢いに任せ、駆け出した。
「将軍ッ!」
兵の一人が警告の声を上げる。
同時にルイスへと向けられる銃口。
だが、それでも構わず彼は対立していた二人の傍へと駆ける。
射線上を考えれば撃たれないことは解っていた。
後は最も瞬時に動けないだろう老人であるトラスト目掛け、素早く羽交い締めにすればいい。
「―――おいおい、じいさん…何人質になってんだよ……」
トラストの首を絞めるように羽交い締めするルイス。
それを見つめ、イグバーンは呆れた様子でため息をついた。
「動くな…動けば将軍の首を捻ることくらいは、出来る……」
そう脅迫するルイスであるが、息は切れ切れで。
一瞬の隙も許されない状況だった。
彼にとって唯一の救いはトラストが想像以上に抵抗しないでいること。
兵士たちは一斉に硬直し、緊迫した空気は尚も続く。
「ルイスもこれ以上惨めな抵抗はよせ。お年寄りを人質に取るなんて軍人失格だぞ」
ため息交じりでそんな説得をするイグバーン。
だが彼の言葉など、ルイスは聞きたくもなかった。
少しでも耳を貸してしまえば、彼のペースに乗ってしまっては、また全てが狂ってしまう気がしたからだ。
そもそも自分の脚の痛みも、誰を人質にしているか等とは、もうどうでも良くなっていた。
ルイスにとって、今最も案じていることは。
「……付いて来て下さい、件の彼に会いに行きます」
エスタたちが無事であるかどうか。
それだけであった。
トラストを羽交い締めにしたまま、ルイスはゆっくりと歩き始める。
一瞬の隙も見せないよう周囲にも細心の注意を払い、工場の外へと向かう。
イグバーンを含めた軍の者たちは不用意な手出しも出来ず。
二人が去って行く様を静観するしかない。
「このまま見逃して良いのですか…?」
「気にするな、どうせ最後の悪あがきだろう。それより罷り間違ってじいさんに何かあった方が後々面倒だ」
天使対策特別部隊、総指揮を担うイグバーン将軍と指南役であるトラスト。
地位は対等であり、軍としてはイグバーンの方が上。
と、いうのは表向きの顔で。
実際に部隊の主導権を握っているのはトラストの方であった。
「使い捨ての駒である俺らと違ってじいさんは軍にとっちゃ大事な下僕だからな」
深いため息と共にそう言うとイグバーンは懐から煙草を取り出し、慣れた手付きで火を灯す。
一服し、吐き出された煙と共に彼は呟いた。
「…どの道、この先は袋小路だ。俺らが何をしなくとも終わってるだろう」




